第6話 ペット宣言
すみません、遅れました
「そんな怒んなくてもいいじゃんか!」
真っ赤に顔を染めた陽彩になぜかオレはしこたま怒られた。釈然としない。昔からよくやってるじゃれあい程度で何をそんなに怒る必要があるんだよ。
「それにカワイイっていった陽彩も悪いんだからな!!」
まくらを陽彩に見立ててポスポス殴る。
陽彩とは長い付き合いが。それこそ小学校のときからいっしょにいる。高校では別々になったけど、それでもオレが「カワイイ」が禁句だと知っているはずだ。わざと言ったのなら、それは万死に値する。
ちなみにこんな風に荒ぶっているが、その対象である陽彩はいない。怒るだけ怒って学校に行きやがった。まだ8時前だというのに、だ。部活の朝練があるらしい。
陽彩がいなくなった部屋は静かだった。
「……暇だ」
ベッドにごろんと横になって天井のシミを見つめる。陽彩からはマンガやゲームは勝手に使っていいとのお達しがあったが、それらを使う気にもなれない。脳裏にはあの母親の声が響いている。
――気持ち悪い
どれだけ頭から振り払おうとしても、どこまでもついてくる。陽彩といっしょにいるときは何かとバタバタしていたから考える暇もなかった。でも今は違う。このワンルームのアパートにいるのは、オレ独りだ。
独りでいると思考がマイナスの方に進んでしまう。もしかしたら陽彩もオレのことを気持ち悪いと心の中では思っているかもしれない。今朝がた言った「カワイイ」というのは、もしかしたら皮肉で言っていたのかもしれない。
急いで洗面所へと駆け込み、鏡で自分の顔を確認する。自己評価ではかなりカワイイ顔だと、美少女と言ってしまっても過言ではないと思っていた。でもそれはあくまでも主観での話だ。客観では違うのかもしれない。
事実かどうかは置いておいて、最悪のたらればが次から次へと沸き上がってくる。
「そもそもオレは……本当にオレなのか?」
オレには星宮宙としての記憶がある。でも体は別物だ。記憶があるだけで本当に星宮宙だと言えるのだろうか。
星宮宙はそもそも男である。女顔であったとは言っても、胸にこんな脂肪の塊を蓄えてはいなかった。身長も男子の中では低い方ではあったけれど、今の身長と比べれば10cmは高かった。現在はどれほど希望的観測で上乗せしたとしても150には届いていないだろう。
記憶以外、星宮宙とは違う点ばかりだ。 一度始まってしまったアイデンティティの崩壊はもう止まらない。
もしオレが星宮宙ではないとするならば、陽彩の家に居候する根拠がなくなってしまう。まだ陽彩はこのことに気付いてはいないだろうけど、いずれは勘づくはずだ。だって陽彩のオレなんかより頭いいし。
勘づかれたが最後、追い出されてしまうだろう。何せ陽彩は、星宮宙の父親に星宮宙を預かってくれって頼まれただけであるからだ。
なら気づかれても捨てられないように、星宮宙のまがい物という以外に価値を付与しなければならない。容姿は醜いだろうけど、オレにはこのHカップにも迫るであろうおっぱいがある。だから、大丈夫……ダイジョウブ……
時計の長針が1回転を終えるころ、ドアのカギが開けられる音が聞こえた。陽彩が帰ってきた。
「お、おかえり」
「ああ、ただい……まッ!?」
陽彩がどういう性癖をしているかは、長い付き合いの中で把握済みだ。だからこそ陽彩の好みドンピシャに寄せることができる。
「お前なんて格好してんだ!?」
「ん? なんのこと?」
驚いてる驚いてる。だって陽彩こういうのが好きだもんね。白髪美少女の裸Ýシャツ。ちゃんと陽彩が学校に行っている間に好みが変わっていないか、秘密のオカズを確認したから間違っていないはず。
間違っていないはずなのに……なぜか陽彩は眉をひそめて、不機嫌そうにカバンを下ろした。やっぱり美少女じゃないオレがしているからダメなのかな。目も合わせてくれないよ。
恥ずかしいのを我慢してこんな格好をしたというのに、陽彩とはそれ以降なにも話すこともなく、陽彩が買ってきてくれたコンビニ弁当で夜ご飯をすませた。
ダメだ。このままじゃ捨てられちゃう。もっと頑張らないと。
「もう電気消すぞ?」
「うん、わかった」
そして就寝。陽彩はさも当たり前のようにフローリングの床に簡易的な寝床を作って横になった。そしてオレは、そこにもぐりこむ。
「ッ!? 何やってんだよ!」
「何って……これから寝るんでしょ?」
「そうだけど……お前はベッドを使ってくれていいから!!」
オレは陽彩に馬乗りになる。その際に乗る位置がお臍より少しに来るよう調整する。深く深呼吸してざわつく心を整えてから、あらかじめ決めていたセリフを口で再生する。
「オレ……わたしは陽彩くんの愛玩動物なんだよ。だから好きなようにかわいがってくれて……いい、よ」
声が震える。いや声だけじゃない。体も小刻みに震えている。やっぱり怖い。誰かから性的な対象として見られるのが、怖い。でも捨てられないためにも頑張らないと……。さあ、覚悟を決めろ。最後の工程だ。
あえてÝシャツのボタンをいくつか外して、体を前のめりにする。そして唇と唇が触れ合った。ただ唇同士を触れ合わせるフレンチキッスだったけれど、これでオレのことを、そういった対象と……見て、くれるはずだから。
陽彩と視線が重なり合う。オレはちゃんと笑えていただろうか。常夜灯の光だけしか高原がないから陽彩がどんな表情をしているのか分からない。でも、満足してくれたよね。陽彩が好きなシチュエーションそのものだから。
「ご主人様、わたしを可愛がって♪」
ああ、イヤダ……やっぱり怖いよぉ……。
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