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第4話 いっしょに暮らそう

陽彩視点です

「おい観上! なにを惚けている!!」

「すいません」


 部活の先輩から叱責が飛ぶ。慌てて竹刀を握り直し正面を見据えるが、それも遅く先輩からフェイントもなしに正面から面を打ち込まれてしまった。


「どうした? らしくないぞ」

「……すいません」

「何があったのか知らんが、気になることがあるなら早めに解決しておけ。試合までもう1か月をきってるからな」


 練習中に集中を欠くなんて、本当に俺らしくないな。部活中だけじゃない、今日は1日何も身が入らなかった。


「お疲れさまでした……」


 結局、部活中もずっと宙のことが気になって集中できず、試合前でピリピリしている先輩や同級生に迷惑をかけてしまった。顧問にもお小言をもらう嵌めにもなった。


 原因は分かり切っている。宙のことだ。ずっとあいつのことが、より正確にはあいつの胸が大きくて柔らかかったことが、頭から離れない。こう、なんというか、俺の語彙力じゃあの天使のような柔らかさを表現できるような言葉が思いつかない。それに見た目もかなり可愛かったし、好みど真ん中で付き合いた……


「何考えてんだろ」


 妄想がどんどん捗っていくなか、ふと宙の泣き顔が頭をかすめた。

 冷静になれ、俺。あいつは宙だ。年はいっしょだけど弟のような存在だったろ。そんな相手に何を欲情しているんだ。あいつはそういうのはダメなんだ。


「あいつ大丈夫かな」


 頭が冷えたら気になりだしたのが、宙がちゃんと説明できたのかということだ。出過ぎた真似だとは思ったのだが、一応おばさんには俺からそれとなく伝えておいた。だから大丈夫だろうとは思うけど。


「様子見てから帰るか」


 部活を終えてからの帰宅だからもう空も真っ暗になってしまっている。だが独り暮らしをしているため遅くなっても、うるさく説教してくる親はいない。だから途中で宙の家へと進路を変更した。


 こうして自転車を走らせていたのだが、交差点で赤信号で止まっていると、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。つい最近聞いたチョコレートのように甘いアニメ声である。


「え!?」


 その声が外で、それもこんな家から遠い場所で聞こえるはずがない。しかしあの特徴的な声を聞き間違えるはずがない。急いで声の発生源を探す。

 今朝の状態を考えれば、宙がまともな理由で外に出るはずがない。そもそも外出することができなくなったから、引きこもりになっていっるんだ。


 どうやら宙の声は交差点近くの交番から聞こえてきている。自転車をその場に放置して、急いで交番に駆け出す。

 また何か事件に巻き込まれたのでは、と不安が募る。


 俺が交番に飛び込むと同時に目にしたのは、ひどく取り乱し泣き叫ぶ宙の姿だった。


「ひぐっ……えっぐ……ひいろぉ」


 涙で赤くはれた目をした宙が、俺の姿を見た途端飛び込んできた。状況が全く分からないが、宙が相当弱っていることだけは分かった。


 とりあえず突然の闖入者に困惑しているお巡りさんに、俺と宙の関係を説明する。すると交番に詰めていたお巡りさんはみんな一様にホッとしたような表情を浮かべた。


「君が来てくれて助かったよ。この様子だからどうしようもなくてね」


 お巡りさんからことのあらましを聞くことができた。どうやら一連の騒動を見ていた近隣の人が通報してくれたようだ。そして警察はおばさんにも話を聞いたようだが、無関係を主張したとのこと。そう強固に主張している以上、警察にはそれ以上の深入りはできなかった。


 つまり宙は母親に捨てられたということらしい。


 宙を連れて帰る許可は簡単にとることができた。別に犯罪を犯したわけでもないため、拘束しておく必要もないとのこと。


 とりあえずどうしたもんかな。俺の腕にしがみついて隠れるようにして歩く宙を横目に見ながら独り言ちる。一度こいつの母親に詳しく話を聞きたいが、果たしてその場に宙を連れて行ってもいいものか。


 それにしても歩きづらいな。自転車を押す俺の片腕を、宙は抱き着くようにホールドしている。恐らくこいつは無自覚なのだろうが、胸ががっつり腕に押し当てられている。煩悩を捨て去るには念仏を唱えればいいんだっけ?


 方針が決まらないまま宙の家に向かってゆっくりと進んでいると前方から眼鏡をかけた中年の男性が慌てたように走っていた。あのおっさん、なんか見覚えあるような……。


「陽彩くんじゃないか!」


 おっさんの方から声をかけられた。間近で見てようやく思い出せた。この人は宙の親父さんだ。


「宙を……宙を知らないか? 家内が追い出したと聞いて探しているんだ!」

「宙なら俺の陰に隠れてますよ」


 俺は腕にしがみついている女の子を宙の親父さんに示した。当初親父さんは困惑したような表情をしていたが、やがて安心したように破顔した。


「陽彩くんが言うのだからこの子が宙なんだね。……家内の言う通り本当に女の子になってる」


 ゆっくりと宙に手を差し伸べる。しかし宙の握る手は一向に俺の腕から外れない。それどころか握る力が強まってきていて、少し痛いくらいである。


「陽彩くんは確か独り暮らしだったね?」

「そうっすけど?」

「無茶なお願いかもしれないが、宙の面倒を見てくれないだろうか

「はあ!?」


 親父さんは土下座をしそうな勢いで、未だ高校生である俺に90度以上の角度に頭を下げる。


「お金のことは心配しなくてもいい。生活費はこちらで出させてもらう。それから君の御両親への説明も私が行う。だから……お願いします」

「……宙がそれでいいというなら」


 と俺は言うしかなかった。自分の子供と同い年の子に頭を下げることが、どれほど難しいことか。それにこれで宙を守ることができるのなら、俺は断れない。だって俺は宙を守らなくてはならない。


「宙、俺と来るか?」


 宙は肯定するように小さく頷いた。

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