139:救援依頼
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急いで中庭にまで降りてくると、伝令の報告を聞いていた騎士たちは騒然としていた。
詳細が書かれたマイスからの書簡に目を落としていたロイドの表情は、これまで見たこともないほど曇っている。
「父上、さきほどの話ですが、本当なのですか?」
「ノエリアか……。それにフリックとアルも。伝令の声が聞えたようだな。わしが騎士団を率いて出立する前に、アビスフォールの警備を冒険者たちに委託したのだが、その冒険者たちからの定期連絡が途絶えたらしい」
「冒険者たちをアビスフォールに向かわせたのですか? 騎士団の管轄に戻してたはずじゃあ?」
「ジャイルの暴走で王都がきな臭くなってた影響で、わし自身が引き連れる手勢以外、ユグハノーツの警備強化に就かせたので、アビスフォールの警備まで手が足らず、冒険者ギルドを通じて他の都市からも腕利き冒険者たちを集めてもらい、警備依頼をしていたのだが……」
ノエリアとアルの質問に対する辺境伯の答えは歯切れが悪かった。
警備依頼を受けてた腕利き冒険者たちは、きっと各冒険者ギルドの中でも白金等級なはず。
ユグハノーツだけじゃなく、他の都市からも応援に駆けつけてたとなると、辺境伯の騎士たちと同等の腕前くらいはあったはずか。
冒険者である以上、依頼放棄は等級査定に関わるし、何より自分たちへの信頼度に関わるから、勝手に放棄するなんてことはないはずだ。
そんな腕利きの冒険者からの報告が途絶えたとなると、連絡できずに倒されたとみるべきか――
「依頼を受けている冒険者全員が、依頼を同時に放棄することはありえませんし、アビスフォールからの連絡が途絶したとなると、魔獣か強化されたアビスウォーカーのどちらかが襲ってきたとしか」
「マイスも冒険者ギルドから上がってきた報告で、同じ考えに至ったようで、騎士団からも捜索隊を出したらしいが、そのアビスフォールに向かわせた捜索隊も帰ってこなかったそうだ」
「騎士たちも……」
手練れの精鋭である辺境伯の騎士たちが、相手の技量を見誤って全員倒されるというなんて考えられない。
そうなると、捜索隊ごと一気に片付けられた可能性が高いな。
警備していた腕利きの白金等級冒険者たちを葬り、精鋭ぞろいの騎士たちで編成された捜索隊すら逃げる時間を与えず殲滅したとなると、知性の低い魔獣とは考えにくい。
やっぱ、アビスウォーカー……。
それも使役者として、指示を出す者とともに行動していた可能性が高いはず。
そこから導き出される答えは、ヴィーゴの組織の襲撃くらいか。
「辺境伯様、今回の件は、アビスウォーカーを率いたヴィーゴの組織の奇襲と考えた方がいいかと思います」
「で、あろうな。姿を消したヴィーゴが組織の者たちを率いて、アビスフォールを乗っ取ったと見るのが一番自然であろう。ただ、どうやって奇襲をしたのか。魔物退治を進めたとはいえ、魔境の森で大人数が行動すれば、寄ってくる魔物との戦闘が発生していたはずなのだが」
「ヴィーゴが俺の故郷の村を襲ってきた時、姿を隠す外套みたいな物を使ってました。おそらく、そういったもので奇襲をしかけたのかと」
「なるほど、フリックたちの報告にあった姿を隠す外套か。姿を隠すことで魔物も匂いに敏感なやつしか寄ってこなくなり、奇襲がしやすかったと」
厳しい警備を敷いてても、姿が見えないのでは発見は遅れたはず。
そこを強化されたアビスウォーカーたちが襲えば、腕利きの冒険者や騎士たちもひとたまりもなかったと思う。
「姿が見えないアビスウォーカー……。気配だけで対応するのは至難の技だね。ボクも対応できるか怪しいし」
「アルでも怪しいとなると、他の者は抵抗する間もなかったと見るべきだな。それにしても、警備が手薄になったのを見透かしたようにアビスフォールを奪還されたな。もしかしたら、ヴィーゴがジャイルを焚きつけて暴発させたのは、アビスフォールの警備を薄くするために計画した陽動だったかもしれんぞ」
「陽動ですか……俺たちは見事に釣られたということですか?」
「たぶんな。その計画がボリス主導だったのか、ヴィーゴの独断だったのかは判断しかねるが、状況としてはこちらが動かされたと見るしかない」
ヴィーゴが、主人だったジャイルを裏切ってまでアビスフォールを奪還したい理由はただ一つ。
門と呼ばれるものを開く施設があそこにあるからだ。
門を開く。
その目的のため、どんな犠牲も厭わず突き進んでいるとしか思えない。
「仮にも主人だったジャイルを囮にしてまで、アビスフォールを奪還したヴィーゴの目的は一つ。門を再び開くことだと」
「第二の大襲来か……悪夢でしかないな」
王国を壊滅の危機にまで追い込んだ災害が、再び繰り返されるとか最悪だろ。
絶対にそれだけは阻止しないと。
「ということは、ヴィーゴはアビスフォールの奪還に成功し、第二の大襲来を成功させるため、邪魔になるユグハノーツの壊滅を狙っているということでしょうか?」
「ユグハノーツの存在は邪魔だろうしな。わしがヴィーゴなら、最強の戦闘力を持つ集団を一番最初に潰す。それこそ、分散させずに一か所に集めてな」
「一か所に?」
「ああ、そうだ。ノエリア、アビスウォーカーを目撃した近隣の村人たちが逃げ込む先はどこだ?」
「防備の整ったユグハノーツの街かと。高く強固な城壁がありますし」
「では、村人を街に収容した騎士団はどうする? 外に打って出るか?」
「いえ、住民を守るため、外には打って出ず街の防衛にまわるかと。守り切れば王国軍の援軍が来るはずですし」
ノエリアが答えたように、マイスも同じ判断をして籠城を選択し、辺境伯に援軍を求めてきてた。
高く堅牢な城壁は守る側に有利に働くため、判断として間違っていないと思う。
「動かず、一か所に王国最強の戦闘力が集まっててくれる。この状況はヴィーゴにとっては非常にありがたいはずだ。なぜなら、彼らには一か所に集まった者を消し飛ばす威力を持った武器を持っておる」
「あっ! ジェノサイダー! あれがユグハノーツの街の中で爆発したら住民だけでなく、街ごと消し飛んで――」
くっそ、そういうことか。
ジェノサイダーが数体いれば、最強の戦闘力を持つ騎士団が防衛し、堅牢な城壁で守られているユグハノーツでも瓦礫の山にできるって算段か。
「ああ、そういうことだ。マイスからの書簡では、アビスウォーカーが姿を見せても無差別に襲ってこなかったという報告も上がってきている。郊外に散らばっていた村人たちは、騎士団を籠城させるため、ユグハノーツへ追い立てられたと見るべきだな」
「そんな!? そのようなことが起きるとは……」
「マイスからの報告ではアビスウォーカーの目撃情報しか書かれていないので、ジェノサイダーがいないことを願いたいが……楽観視はできないはずだ」
辺境伯様の言った通り、楽観視はできない。
相手はあのヴィーゴだからだ。
今のヴィーゴは目標を達成するためになら、どんな手でも使うはずだ。
「辺境伯様! 俺はディモルでユグハノーツに向かいすぐに飛びます! ジェノサイダーさえ近づけさせなければ街の防衛は達成できるはず! そのあと、必ずアビスフォールを奪還し、ヴィーゴの計画を阻止してきます!」
事態は一刻も争うほど緊迫している。
到着が遅れれば遅れるほど、相手の術中にはまり、こちらが不利になっていく気がしていた。
「…………よかろう。魔剣士フリックに命ずる。ユグハノーツ防衛及びアビスフォールを不法に占拠したヴィーゴの計画を阻止してまいれ。ただし、死ぬことは許さん」
「承知しました! すぐに立ちます」
「待て、まだわしの話は終わっておらん。ノエリア、そなたには領主代行を命じる。ここにいる騎士団員たちを率いて魔剣士フリックの依頼達成を補佐せよ」
「は、はい! 承知しました! フリック様の補佐を必ずやり遂げてみせます!」
「うむ、ただし、護衛として剣士アルを連れていけ」
「アル様を!?」
「承知しました。必ずノエリア様をお守りします」
「すまんな、アル。依頼料というわけでもないが、ユグハノーツに置いてあるわしの剣のコレクションから何を使ってもよい。お主の腕ならどれも使いこなせるはずだ」
辺境伯は騎士から受け取った紙と筆でサラサラと一文を書き上げると、その紙をアルに手渡した。
「ご配慮ありがとうございます」
「本来なら、わしが騎士たちを率いて救援に向かうべきだが、新体制が発足したばかりのレドリック王を放り出していくと、それこそ息を潜めたボリスが反撃してくるやもしれん。動くに動けぬわしの代わりにヴィーゴの野望を阻止してくれ。頼んだぞ」
「必ず阻止します!」
「騎士たちは翼竜に騎乗してください! すぐにユグハノーツに出立します!」
ノエリアの号令を聞いた騎士たちが、慌ただしく出立の準備を始めた。







