135:会談
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「これは……間違いなく大襲来を引き起こしたアビスウォーカー! まさか、王都に存在しただと!」
「レドリック王太子様、これは大襲来の時のアビスウォーカーとは比べ物にならないほど、凶悪な怪物です。たった二体で我が騎士団を翻弄いたしました」
「二体で辺境伯の騎士団を翻弄だと? その話はまことか!?」
「レドリック王太子様に嘘を吐いたことがありましたかな?」
「ないな……。ロイドがそのように言うのであれば、以前よりも強化されたというのは嘘ではないのだろう。そんな個体が王都に居たと……」
顔色を蒼くしたレドリック王太子様の視線が、台車の上に乗せられたアビスウォーカーの死骸に向けられた。
「このアビスウォーカーを率いていたのが、近衛騎士団長のジャイル殿であり、その家臣として執事をしていたヴィーゴという男なのです。そして、そのヴィーゴがジャイル殿、フレデリック王、ダントン様、フィーリア様を討ち、殺害しました。あの場にいた近衛騎士たちからの証言もこちらにまとめてあります」
懐に忍ばせていた近衛騎士たちから集めた証言の紙を、ノエリアが差し出していた。
受け取ったレドリック王太子様は、証言を書いた紙に視線を落として読み込んでいく。
「証言によると、暴走したのはジャイルで、父上に剣を突きつけ喚き散らしていたら、ライナス師が怪物に殺され、急に現れたヴィーゴによって射ち殺されたと書かれておるな。だが、剣聖アルフィーネの姿が見えたと意味不明な証言が多い。彼女はすでに近衛騎士団長暗殺未遂犯として処刑されたはずだが? 近衛騎士たちは亡霊をみたとでも? そんなことが書かれた証言を信じるわけには――」
「それはボクの方からご説明をさせてもらいたく」
証言に不審な点を感じたレドリック王太子様の前に進み出たのは、俺の隣で一緒に控えていたアルだった。
「何者だ? 見たところ年若い冒険者のようだが? この重大な会談の場にいるということは、父上の死に関係した者と見るが」
「今のボクの名はアル。ただの冒険者です。ですが、以前の名は剣聖アルフィーネを名乗っておりました」
アルの発した告白に、レドリック王太子様の眼が点になる。
そして、次の瞬間には彼の剣がアルの首筋に突き付けられていた。
「戯言を申すな。私が遠い西の果てにいたとはいえ、剣聖アルフィーネの顔を知らんとでも思ったか!」
「レドリック王太子様、辺境伯ロイドの名に賭けて、その者が剣聖アルフィーネ殿『だった』ことを認めます」
「『だった』だと?」
「ボクには事情があり、その名を捨てました。だから、今はただのアルです」
「では、近衛騎士たちの報告書にあるように、アル殿の姿を見て、ジャイルが父上に剣を向けおかしくなったということかね? そして、君があの場にいなければ、ジャイルが父を人質にとることもなく、王の殺害も起きなかったということか?」
アルの首に剣を突きつけたままだったレドリック王太子様の視線が更に厳しくなる。
あの視線……このままだと、アルのせいでフレデリック王が亡くなったことにされるかも。
あの場でアルフィーネの姿を使ったのは俺だし、ちゃんと言わないと。
「あ、あの違うんです。近衛騎士たちが見たのは、俺がアルフィーネの姿を模した分身を使ったんで――」
アルとノエリアからは、ややこしくなるから喋らなくていいと言われていたが、近衛騎士たちが見たアルフィーネは俺が創り出した分身体だった。
「フリック! わしはお前に発言を許した覚えはないぞ! 控えよ!」
「ほぅ、その者が話題の真紅の魔剣士フリックか! その発言に嘘はないか!」
「はい! 嘘はないです! 俺がアルフィーネの幻影に怯えるジャイルに魔法で作り出したアルフィーネをけしかけました!」
次の瞬間、アルの首筋に突きつけられていたレドリック王太子様の剣が、俺の眼前ギリギリを通過していく。
俺は身体が反射的に動きそうになるのを抑え、瞬きも身じろぎもせず直立不動のままでいた。
「黙っていれば、自分の責任にはならなかったのにな」
剣先が首筋に当てられ、冷たい感触が伝わってきた。
「レドリック王太子様! あの場にいたわたくしも同罪であります! フリック様をお手打ちにされるなら、わたくしからお斬りください!」
「フリックさんは関係ないです。ジャイルが狂った原因はあたしに――」
アルとノエリアが、レドリック王太子様の剣を突きつけられた俺の前に立っていた。
「辺境伯令嬢と剣聖が、その身を差し出しても守りたい男というわけか……。魔剣士フリック、年若い冒険者ではあるものの、剣を手にすれば剣聖アルフィーネを凌ぐ腕を持ち、魔法を使えば大賢者ライナス師を超える技量を持つ男」
「馬鹿者たちが! わきまえよ!」
「よい、ロイド。魔剣士フリックに問う。お前は、その巨大すぎる力を何に対し使うつもりだ?」
俺に剣を突きつけたレドリック王太子様は、目を細めると圧倒的な殺意を向けてきた。
俺の力を何に対し使うかだって……。
アルフィーネといた時は、彼女を守るためにって思ってたし、食い扶持を稼ぐためだって思ってきたけど。
旅をしてきた中で、俺が与えられている力を何に使えばいいのか、答えが出た気がする。
きっとダントン院長やフィーリア先生たちに聞かれても同じ答えを返してたはず。
「ハートフォード王国に住む人たちの普通の暮らしを守るために、俺の力はあると思ってます!」
肌がひりつく殺意を向け続けるレドリック王太子様だったが、俺の答えを聞くと首筋に突き付けた剣を下ろした。
そして、殺意は消え、レドリック王太子様の頬が緩んだ。