第一章:堕ちる前のひと時
朝食を食べ終わり、着替えもせずぼんやりとテレビをつけた。
まるであの日を再現してるかの様に――――。
ニュースは、『今を乗り切る節約術!』という特集が放映されていて、あまり興味を引かれるものでもなかった。
けれど他にやることもないし、しばらくはソファに深く腰掛けてテレビを見ていた。
長い時間特集をやり終えると、政治の特集に入っていって。泥沼と化した政治の世界が映し出されていた。
―――大人もちゃんと夢見なきゃ。
そんな、雛霧の声が私の脳に響き渡った。
そして、気付く。私はまだあの出来事を事実として飲み込めていないのかもしれない。
雛霧に限って家出なんてないと思う。お小遣い制じゃなかったらしいし最も家出する理由が見つからない。
小学校を卒業したっきり会ってはいけないけれど、中学に入ってすぐに何か劇的な変化があるなんて到底思えないし。
結局私にはわからないってことなのか。
視線がいつのまにか足元にいっていたので、テレビへと戻す。
時間が変わったからなのか、もう違う番組だった。司会者たちのトークが弾んでいる。
ああ、もうなんだかどうでもいい。
もやもやが止まらない。
Trrrrrr....
「お母さんー?」
何度か名前を呼んだけど返答がない。そうか、もう出かけてしまったのか。
もともと、人と喋るのは好きじゃない。寧ろ嫌いに属してもいいほど。
「はい、山梨です」
「れな!? ほら、覚えてる、小学校のあんたがよく話してた雛霧ちゃん! あの子のいる病院がわかったの。今からいうからいってあげるのよ!」
ひな、む?
まるで、示し合わせたかのように雛霧の名前を出すものだから受話器を落としそうになる。しかも病院? 意味がわからない。
なんで雛霧が病院に入院なんてしてるんだろうか。
手がだんだん汗ばんで受話器が本当に床に落ちそうになる。
いってあげるのよ、絶対。
その言葉を残し母親は一方的に電話を切った。何かものすごく焦っていたけどなぜだろ?
◇
雛霧のいるという病院は真新しい病院で広くて結構迷いそうになる。
母親から教えてもらった病室へ足を進める。廊下を歩いているときに、叫び声や雄たけびが聞こえて少々怖気づく。
てっきり、内科か外科かと思ったのに精神外科なんて。
まるで雛霧が中学生になって精神異常者になったかのような。
いや、小学生の頃からあの思考回路は私にとっては精神異常者同然だったけれど。
618号室。
一番奥の部屋だった。物音ひとつしない部屋。
どうやら、一人部屋らしい。さすが金持ち。
軽くノックをして部屋に入った。カーテンが閉められていてなんだか暗い。
「雛霧?」
呼びなれたはずの名前なのに、どうしてだかぎこちなくなってしまうのは月日が流れすぎたからという理由をつけておく。
部屋の隅に置かれているブーケの中の花のひとつが枯れかけていた。
あんまりお見舞いに来ないのかな? そんなことないよね、雛霧友達多そうだし。
ベッドに近づいてみて小さく驚いた。
髪の毛がものすごく長い。
小学生の頃もとても長かったのだが、今はそれの倍近くある。
目を覚ます気配さえない。
すやすやと眠っていて、微塵も動かない。そんな雛霧の様子を見ているとこっちまで眠気に誘われうとうとしだしてしまう。
仕方ない。
もう睡魔に勝てないし、いつか雛霧が起きるかもしれない。そしたら直で話せるし…。
よし、そうしよう。
意識に別れを告げて私はゆっくり夢の中へ引き込まれていった