その目線は、どこを見ていますか……?
ここは、田園が広がるのどかな世界……。
そんなのどかな田園風景のある所に、ぽつんと木製の家が一軒建っていました。
そこには母親と若い息子が二人、仲良く住んでいました。
「じゃあ、母さん仕事に行ってくる」
息子は日の出とともに、鍬を持って玄関に向かいます。
「気をつけてね、あまり無理しないのよ」
母親は息子に声をかけると息子はゆっくりと頷き、畑に出掛けました。
息子は畑に着くと、早速農作業に取りかかります。
「亡くなった親父の分まで、俺が頑張らないとな!!」
息子は鍬を振り下ろし、畑を耕し、作物の種を植え、日が沈むまで農作業に性を出しました。
「ふぅー……今日はここまでしとこうかな……」
息子は腰に手を当て身体を仰け反ると、近くの水場で鍬についた土を落とし、農作業を切り上げます。
「……明日は、新しい作物でも挑戦してみようかなあ? でも、自信ないなあ……」
鍬を肩にかけながらそんな事を口にし、息子は帰路に着きます。
「……おや? 何だろう? お客さんかな?」
息子が家に着くと、黒いスーツを来た人が三人玄関の前に立ち、何か話していました。
「息子はここには居ません! 早く帰って下さい!!」
「そうは言われましても……これは上からの命令なので……」
何を話しているのか聞き取れない息子は、うっかり黒いスーツ姿の三人に近づき、母親に話しかけてしまいます。
「……母さん、どうしたの?」
「……!! 駄目よ!! 今こっちに来ちゃ駄目!!」
母親は息子の姿を見た途端、顔色を変えお家に近づかない様に声をかけます。
それと同時に、黒いスーツ姿の三人はゆっくりと息子の方へ振り向くと、三人の内のひとり、息子に向かって左側に立っていた黒いスーツ姿の人が声をかけてきます。
「……あなたが、この家の息子ですか……?」
「……は、はい、そうですが……?」
黒いスーツ姿の質問に、息子は訳も分からず素直に答えてしまいます。
「お願いです!! 息子はまだ若いんです!! 許して下さい!!」
母親は、息子を庇おうと玄関を飛び出しますが、残った黒いスーツ姿のふたりに余りにも簡単に取り抑えられてしまいます。
「……私の名はベルフェゴール。こちらのふたりはアスタロトとモレクです。……おめでとうございます。貴方は魔王の命により、立派な兵士として選ばれました」
左側の黒いスーツ姿の人はベルフェゴールと名乗ると、真紅の血で染められた紙を、息子の前に突き付けます。
……息子は、その紙の意味を瞬時で理解しました……
「……あなたの父は、立派なトロールでした。貴方も、父に恥じぬ、立派な戦士になって下さい」
ベルフェゴールはそういうと、半ば強引に息子の腕を掴み、母親から引き離そうとします。
「何が魔王の命よ!! 産まれて一歳にもならないお飾り魔王に、今の魔界の何が解るっていうの!! 実際に権力を振り回して息子を連れて行こうとしているのは、あなた達でしょ!?」
母親がその言葉を発した瞬間、母親を取り抑えていたひとり、モレクが母親の胸ぐらを掴み、片手で軽々と持ち上げてしまいます。
「待……待ってくれ! 母は身体が弱いんだ!! それに畑の仕事もあるし、ここで俺がいなくなってしまったら、誰が母の面倒を見てくれるんだ!?」
息子は、ベルフェゴールに言葉を返しますが、ベルフェゴールは聞く耳を持ちません。
「そんな事は私達の知ったことではありません。……恨むなら、この魔界を侵略しに来た、人間どもを恨んで下さい」
ベルフェゴールはそう言うと、抵抗する息子を力任せにずるずると、母親から引き剥がしてしまいました。
「お願い!! 息子を返してええぇぇーーーー!!!!」
悲痛の叫び声をあげる母親……。その母親を、アスタロトとモレクは、息子が見えなくなった頃合いを見計らい、その身体を家の中に投げ入れます。
「きゃあああああーーーー!!!!」
今度は激痛の悲鳴……。アスタロトとモレクはそんな母親に見向きもせず、家の扉を乱暴に閉めると、母親は急いで立ち上がり、扉を開けようとしますが、なぜか開きません。モレクが外で扉を押さえているのです。
「どうして、息子が連れていかれなゃならないのよーー!? 息子は、戦いの道具じゃないのよーー!? 返して! 返してよぉーー!!」
母親は扉を叩き続けあらん限りの声で叫びます。そして、必死に取ってを回し続けると、ふっと扉が開きます。
母親は急いで息子を追いかけましたが、もう時は既に遅く……母親は、道の真ん中で大声で泣き崩れてしまいました。
三日後……母親の元にある手紙が届きました。
それは、戦地に行った息子が天に召されたという内容でした。
その手紙を読んだ母親は大いに哀しむと、家を飛び出し、崖の上に向かうと、そのまま海に向かって身を投げ出します……
最後に残されたのは、手入れされずに荒れはて、草がぼうぼうに伸びた畑だけでした……
あなたのその目に映し出されたものは、何処を向いていましたか……?