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第24話 地獄の幕開け

 瞼を開くと同時に、俺は跳ね起きた。

 心臓は激しく脈打っている。窓から差し込む陽光に、一瞬寝坊したのではという焦りが胸を支配していた。


「……全然セーフだな」


 慌てて手に取ったスマホで時刻を確認する。

 八時前。なぜアラームが正しく働かなかったのかは気になるが、起きれたので結果オーライだ。


 朝の身支度を済ませて食事を取る。兄貴だけならいいが、どうせあの人も一緒だ。くたびれた部屋着姿のままでいるのは気が引けた。

 かといって、過度に洒落込むでもなく。白シャツにジーンズと、無難にまとめた。


 その後は、洗濯機を回し、簡単に掃除をしておく。

 一応、出迎える準備はできた。


 コーヒーを飲むついでに、二人用のカップも準備する。そして、今全く関係ないのに、華宮のことをろくすっぽもてなしてないことに気がついた。

 茶の一つすら出してない。風邪の日はもとより、掃除の日もすぐに作業を始め、なだれ込むように夕飯となった。


 まあ、今さら気にしたところで、後の祭りだが。

 兄やその彼女にはちゃんと対応しようとしている自分に、やや苦笑してしまう。本来なら、あいつの方こそ気遣うべきなのに。とてもチグハグだ。


 ガチャリ——玄関の扉が開く音が聞こえてきた。ガサゴソという物音と、高い声が混じった話し声。


 微かに身を固くして、闖入者を待つ。足音が新たに混じった騒音が、やがて大きくなっていく。


「久しぶりだね、正宗」


 リビングのドアが開くと、薄めの顔立ちをした眼鏡の男が顔を覗かせた。社会人らしい髪型、綺麗な身なり、とても清潔感に溢れている。そして、爽やかな笑顔。

 この男こそ、鹿久保晴純。市内の製薬企業で営業の仕事をしている。しばらくぶりに顔を見た。


「昨日ぶりね、鹿()()()()

「もう一緒だったんっすか、()()()()


 続いて、やや小柄な女性が姿を見せた。つり目でやや勝ち気そうな顔立ちに、普段との違いはないように見える。

 もっともそれは俺の目が節穴なだけだが。女性の化粧の具合など、はっきり言ってよくわからない。服装も、多少は煌びやかに見えた。


「泊まりだったから」

「聞きたくない情報、ありがとうございます」

「ははっ、相変わらず元気そうだねぇ、正宗は」


 なにが面白いのか。愉快そうに兄貴は笑った。この人は基本的には穏やかで、いつもにこやか。優しくていい人だと、評されがち。


 そのままソファに腰を下ろしてくる二人に弾き出されるようにして、俺は立ち上がった。空になったカップを持って。


「二人もなんか飲む? お湯、沸いてるけど」

「あの鹿久保君が人に気遣いできるなんて……今日一の驚きだわ」

「兄貴、この人追い出していいか?」

「ははは、夕ちゃん、それは違うさ。正宗は元々優しい子だから」

「なに言ってんだか……」


 呆れたままキッチンに入ろうとする。かなり小奇麗で、俺は未だに違和感を覚えている。

 だが、その前に小さな人影に先を越された。躊躇いなく、奥へと進んでいく。


「私がやりましょうとも」

「いやでも……」

「今さら気にしない。まあ、はるくんや私の好みを知っているなら別だけど」


 いたずらっぽい笑みを浮かべて、夕さんはインスタントコーヒーの容器を振った。挑発しているのがはっきり伝わってくる。


 答えられずにいると、彼女はもう一方の手をこちらに伸ばしてきた。何かを促すように顎をしゃくる。


「じゃあお願いします」

「任せなさい」


 カップを手渡して、俺はソファへと戻った。

 兄貴の隣には座る気はなれず、カーペットの適当なところに座り込む。


「……正宗君、こんなのいつ買ったの?」

「おっ、CMでたまに見るやつだね。台所のこびりついた汚れにって」

「まあたまには気合入れて掃除でも、と」


 自分でも苦しい言い訳だと思う。夕さんは全く納得のいっていない表情のまま。

 けれど、真実を話すつもりもなかった。どうなるか分かったもんじゃない。


「ふうん。正直、入った瞬間からおかしいと思ってたのよね。すっごい部屋が片付いていて。てっきり、前からかなり時間があいたから盛大に汚くなってるものとばかり。はりきって損したわ」

「そうそう。これだったら、昼過ぎでもよかったなぁ」

「朝から掃除するつもりだったのかよ」


 抗議の声を上げると、盆に三つカップを載せた夕さんが戻ってきた。素早い手つきでテーブルの上に、カップを置いていく。


 座ることなく、彼女はこちらに厳しい視線を向けてきた。射抜くような鋭い目つきには、よく見覚えがある。


 俺は反射的に背筋を伸ばした。


「当たり前よ。あなたのだらしなさはよく知ってるもの。散々遅刻するわ、くだらない理由で欠席するわ」

「兄として、ほんと面目ない」

「そう思っているなら、もう少しきつく叱ってくださるかしら、お兄様?」

「ええと、その、まあ留年しない程度にほどほどに」

「違う、そうじゃないわよ、まったく!」


 これは優しさ、ではなく、甘さだ。兄貴は俺を甘やかしている。

 わかっていながら、俺はそれに甘んじている。兄との距離は、今が一番ちょうどいい。そう思っている。


 始まった小競り合いを遠巻きに眺めながら、コーヒーを啜る。この苦さが、瞬間とてもよく身体に染み渡る。そして、すごく落ち着く。


「何関係ない顔してるのよ、あなたは!」

「……いや、兄貴と夕さんの問題だろ」

「始まりは、鹿久保君の学校での態度の話しよ」

「へいへい、すみませんでした、濱川先生」

「まあまあ二人とも。せっかくのお休みなんだし、今日はいいじゃないそういうの。夕ちゃん、ダメだよ?」

「……そ、そうよね。ごめんなさい、はるくん」


 いちゃつき始めたバカップルに、盛大なため息をつきたくなる。

 だから来て欲しくないのだ。一人暮らしをしている弟が心配なのはわかるが、だったら一人で来いって話だ。

 いくら長い付き合いとはいえ、自分の彼女を連れてくるんじゃない。たとえそろそろ、結婚ゴールが近いとしても。


 ピンポーン。


 その時、インターホンが鳴った。途端、リビングの中の時間が止まる。


 来客の予定はこれ以上ない。直近でネット通販を利用した覚えはないし、俺を尋ねてくるような奴は――

 いや……ないない。一瞬、忌々しい顔を浮かべて即座に首を振った。

 いくらあいつでも、そこまでじゃ……いや、そこまでか?


 思考が堂々巡りしてきた。

 迷っている内に、先んじたのはなぜか夕さんだった。

 位置的に、先回りは不可能。なんとなく、身を固くする。


「はーい、鹿久保です」


 普通に応答したところを見て、俺の予想は外れたらしいと安堵した。相手があの女なら、夕さんは流石に躊躇うはず。


「……あれ、ユウちゃん先生?」

「へ? はなみや、さん?」


 それもつかの間。俺は一気に奈落の底へと叩き落された。

遅れてすみません。

毎日更新だけは死守するつもりなので、ご容赦を……m(__)m

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