ここはドイツじゃありませんしヒンデンブルグもこんな人じゃないと思いますがとにかく大統領がいろいろ暴れます
1920年代ドイツがモデルですが、いろいろと異世界です。
「元帥! 元帥!」
「むにゃむにゃ、もう食えぬぞ……」
「元帥!」
元帥副官のオスカー・フォン・ヒンデンブルク中佐は、父親で上司であるパウル・フォン・ヒンデンブルク元帥をいつものように起こした。大統領官邸にいるときは、人目もあるので「父さん」などと呼ぶのは避けている。
前大戦の英雄であるフォン・ヒンデンブルク元帥は、景気のいい話が全くない大戦後のノイツ共和国で、ガチガチの保守派から穏健派までがかろうじて妥協できる大統領候補として担ぎ出され、当選していた。国家元首としてそれなりに日程は立て込んでいたが、本音としては政治などしたくなかった。オスカーはメモボードを取り上げると予定を早口で読み上げた。
「今日は大使の信任状奉呈が3件、ノイツ特許許可局特許許可強化委員会の表敬訪問、マレーネ・ディートリヒちゃんを守る会の陳情が予定されております」
「ううむ」
「元帥、また抜け出そうなどと思っておられるのではないでしょうね。お願いしますよ」
オスカーは訴えるような顔で、起き抜けの大統領をのぞき込んだ。
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高級車デューセンバーグのシャーシに乗ったボディにしては、その車の外装に高級感はなかった。だが非力なエンジンで安い車を作ろうと、ドアも屋根もない危険な車が普通に生産されていた当時、箱型の車体できちんと覆われた車はそれだけで安い車ではなかったし、エンジン出力はノイツ国防軍が後に作った4輪装甲車と同等の90馬力だった。1930年代に登場したデューセンバーグの最終型はIV号戦車より高馬力のエンジンを積むようになるが、それは後のことである。
路肩に止まったその車の後部座席に、せっかちなノックとともに乗り込んできた男がいた。灰色の作業服を着たその男は、車に入るなりペリペリと顔にかぶった変装用のマスクをはがした。ヒンデンブルク元帥だった。
「出していいですか」
運転席の若いサングラス男が言った。
「出したまえ、トレスコウ」
ヘニング・フォン・トレスコウ。ヒンデンブルクの前の参謀総長は、もう亡くなってしまったファルケンハイン元帥だったが、トレスコウ退役少尉はその娘婿である。親の農場を継ぐために軍を抜け、しかし父親はまだ健在だから風来坊のようなご身分である。大戦に負けて、ノギリスやノランスの圧力で結ばされたヴェルサイユ条約でノイツは予備役軍人を持つことができないため、有事に召集されることすらないのである。だからヒンデンブルクがお忍びで外出するときは、護衛兼雑用係を務めていた。
「今日はどちらへ」
「ダンチヒ回廊を見たい」
トレスコウは口をつぐんで車を走らせた。大戦に負けてノーランド領になってしまったダンチヒ回廊の向こうにはノイツ領東プロイセンがあり、そこにはむかしヒンデンブルク家の農場があったことを、トレスコウは当然知っていた。
バックミラーに黒い人影が何人も映っているのにトレスコウは気づいた。近づいてくる。とっさに横道にそれたトレスコウは、車を止めて外に首を出した。
「あれはノッポンのニンジャだ。国境警備隊だろう。心配ない」
ヒンデンブルグの言うとおり、10人ほどの黒服の男たちがトレスコウたちをまったく無視して走り去った。陸軍の規模を厳しく制限されたノイツは、何度も武力衝突が起きた東部国境を守るため、東洋の戦勝国である野本からこっそりニンジャを雇っていて、その服装から「黒い国防軍」と呼ばれていた。
欧州でニンジャと言えば、野本との交流が長いノランダのオレンジ忍群、連合王国時代にそれを学んだノルギーのフラマン忍群、歴史から消えたウィリアムズ・アダムスの息子ジョゼフがひそかに伝えたノギリスのアダムス忍群が三大勢力だが、前大戦の関係でどれも雇いにくいのであった。すでに短時間なら馬より速い軽歩兵として表の戦力ともなっており、前大戦のカンブレーの戦いでは600人の随伴ニンジャが戦車に従い、手裏剣でノイツ歩兵の接近を許さなかった。二度とそのような苦杯をなめまいと、すでに数百人のノイツ兵がひそかにノヴィエトに送られ、カザンの里で修業を積んでいた。
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ダンチヒ回廊との国境には制服警官の見張り台があちこちにあった。兵の不足を埋めるために、警察官という名目も最大限に活用されていた。ノイツ軍は航空部隊を持てなかったが、警察は非武装の偵察機を持っているほどだった。
「感傷に浸ることもできんな」
「高いところに上がって、ギターでも弾きますか」
「要らん」
「あの」
車を止めて軽口を叩き合う二人に、声をかけてきた少女がいた。仕立ての良い、古い服を着ている。今のノイツでは、よくあることだった。生活が急変した家が多いのだ。
「なにかお手伝いできることはありませんか、旦那方。掃除でも、靴磨きでも致します」
ヒンデンブルクはいつも使っているから忘れていたが、トレスコウの愛車はやはり見る人が見れば高級車だし、だいたい自家用車などめったに通らないところに来れば、金持ちに見えるのである。そして……ちょっと最近金欠な貴族農場主一家とか、その子弟で失業した元軍人一家とか、とにかくプライドを傷つけてはいけない相手だろうから、いきなり5マルク札などを差し出してはいけないのである。
「ではお嬢さん、このあたりを案内してはもらえまいか」
ヒンデンブルクの言葉に、トレスコウはにやりと笑った。さすがにいい口実を考えつく。
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前日の夜に話はさかのぼる。
薄暗い地下室の壁には、ウサギが描かれた月面図が掲げられていた。そのウサギの目が赤く明滅すると、覆面に身を包んだ人々が一斉に頭を下げた。
「南極月面党の同志たちよ。ノイツに我らを導くお方が現れる、その日が近づいている。世界征服を目指す我らの拠点をこの地に建設するため、とりあえずこの辺の地上げを進めるのだ」
「お任せください。ちょうどよい農場の弱みを握ったところでございます」
「期待しているぞ、フランゲ男爵」
ひとりだけフードを外した男は、目を輝かせて笑い、ふたたび頭を下げた。
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少女を助手席に乗せたデューセンバーグは、ゆっくりと村を巡った。
豊かとはいえないが平穏な農村であるようだった。平坦な道の中にちょっとした丘があると、細長く飾り気のない大きな建物が遠くの集落で目立った。農繁期にノーランドからの出稼ぎ労働者が寝泊まりする宿舎で、東部ノイツの大農場にはつきものである。
もちろんこの村にもそれはあったし、その脇にある大きな屋敷が地主の邸宅に違いなかった。明らかに彼女はそこを最後の案内地に残しているようだった。茶でも出そうというのであろう。
だがトレスコウは、少女が息をのんだことに気づいた。デューセンバーグに比べればずっとチープな、垂直の板を座席周囲に張り巡らせた簡素な車体の乗用車が、地主宅の門を入ったところに止まっている。
「お願いです、それだけは、それだけはっ」
玄関の厚い扉が開いた途端、女性の叫び声が外に漏れてきた。山高帽の男がふたりで、高さ1メートルほどの石像を持ち出そうとしていた。トレスコウは少女の口をふさぎ、頭も押さえた。すぐ少女は気が付き、自分の姿が男たちから見えないようにした。ヒンデンブルグはゴソゴソとポケットの何かを探しているふりをして、視線をそらした。
男たちの後に、男たちより分厚い生地の服を着た中年紳士が玄関を出た。さらにそれを追ってきた初老の婦人は、玄関で結界に遭ったように歩みを止めた。中年紳士の冷たい視線が、婦人の足を止めているようだった。
自動車が走り去ると、トレスコウは少女から手を放して、後部座席のヒンデンブルクを見た。
「これは話を聞かねばなるまいよ、トレスコウ」
ヒンデンブルクの言葉に、トレスコウは無言で肩をすくめた。
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通された客間の調度は豪華なものだったが、壁のところどころに不自然な空白があった。そこにあったものを処分した跡なのであろう。
「お恥ずかしいところをお見せいたしました。あの、もしやフォン・タンネンベルク元帥閣下では」
「ヒンデンブルクです」
「ああっ、これは失礼を」
ベルタ・フォン・クーレ夫人は恐縮した。さっきまでいっしょにいた少女リタの祖母だということだった。
「さっき持って行かれた『賞賛を強要する少女』像は古代ローマの作品で、神聖ローマ皇帝に従ってイタリアに行った先祖が持ち帰った、我が家の家宝だったのでございます」
ヒンデンブルクもトレスコウも無難にうなずいておいた。家伝の品が実は最初から二束三文の模造品……というのはよくある話である。
「農場ごと屋敷を明け渡せと言われておりまして……フランゲ男爵と言う男がここの負債を銀行ごと買い取り、返済の繰り延べを認めてくれないのです。息子夫婦は軍務一筋で農業を継ぐ気がないようですし」
とんでもない高額のアルバイト代になった。トレスコウは「こっちを見ないでください」と言わんばかりにヒンデンブルクから視線をそらした。ヒンデンブルク自身が生まれ育った農場も、軍務に専念するために弟夫婦に譲ったら早く亡くなってしまい、借財もあったので銀行管理になっていたのであった。
帰り際、そっとリタを呼んだヒンデンブルクは、10マルク札を握らせて言った。
「今日はありがとう。少ないがな」
「たくさんです。ありがとう」
顔をほころばせるリタと、沈痛なヒンデンブルクを、トレスコウは無言で見比べた。
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高級車が珍しいので時々子供が走って追いかけてきたが、ニンジャではなかったので追いつけなかった。
「決めたぞ、トレスコウ」
「何をです」
「フランゲ男爵とやらを……斬る」
「斬らないでくださいよ大統領。あなた大統領でしょう。正常な経済活動でしょう」
「なにか理由があるはずだ」
「いや、理由なんかなくても債権回収は普通にやりますって」
「変化の理由だ。急に農場が欲しい、何かの理由があるとしたらどうだ。ノーランド軍があの土地を手に入れたがっているとしたら」
「ふむ……」
さいわい周囲を走っている自動車はいなかったので、トレスコウが考え込んでも事故にはならなかった。
「弱みとか背後関係とか、交渉できる材料くらいはあるかもしれませんね」
「頼めるか」
「軍人に言いつける任務じゃないですけどね。私は軍人じゃないんで」
ヒンデンブルクはゆったりと座り直した。トレスコウは運転しながら、使えるコネクションを懸命に思い出そうとしているようだった。
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「軍が首を突っ込むことじゃないだろう」
フェードア・フォン・ポック中佐はショートケーキを切り分けながら言った。トレスコウがおごったディナーもそろそろ終わりつつある。
「連絡先だけでいいんです。フェードアなら知っているでしょう」
ヴェルサイユ条約の下では、全土を7個師団がカバーせねばならず、師団司令部が軍管区司令部を兼ねていた。ポック中佐はベルリンを担当する第3師団司令部(第III軍管区司令部でもある)の参謀長として、国境にうごめく非正規部隊を束ねる立場だった。だからヒンデンブルクの依頼を果たせるニンジャを紹介してもらおうと思ったのである。
「今回だけだぞ」
「もちろんです」
フォン・ポックの母親もファルケンハイン家出身だったから、トレスコウの新妻とポック中佐は従兄妹になるのである。
ポックはテーブルの上のナプキンに、ボールペンですらすらと住所を書いた。そして無言でテーブルの上を滑らせた。
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ニンジャとして、男の名はマックス・ザラだった。コードネームに過ぎないが、誰もが覚えやすいコードネームをつけるから、区別のために苗字もあったほうがいい。それもまた、覚えやすく短い名字にされるので、同業で同姓同名と言うこともたまにあった。
戦闘力を期待される国境警備任務は、野本から雇われた連中がやる。その訓練を受けて、現地語による諜報活動を行うニンジャの、マックスは一期生と言うところだった。
フランゲ男爵の足取りを追ううち、放棄されて地下室だけ残った礼拝堂への出入りがあることが分かった。思い切って踏み込んでみると、そこには誰もおらず、がらんどうの部屋にウサギ付き月面図が掲げられていた。
「南極月面党……だったな」
何を企んでいるのかわからないがとにかく秘密の組織……というのが南極月面党に関するノイツ国防軍の認識だった。そしてマックスの胸ポケットで、何かが熱を帯びた。
「結界? ヒスパノ陰陽道か!」
マックスはすぐ決断して、階段をのぼり、物陰を探した。入れ違うように、動きやすい服装の男たちが、懐に重そうなものを忍ばせて集まり、次々に地下室に降りていくのが見えた。
ヒスパノ陰陽道とは、かつて京の都で布教したイエズス会の宣教師たちが存在を突き止めて報告し、それに基づいてノペインやノルトガルで独自の発展を遂げた陰陽道である。侵入者を検知する結界をまたいでしまったことを、胸に忍ばせていた検知護符が知らせたのであった。
「これは、ダンナにも報告だな」
マックスはつぶやいた。身分ある民間人からの依頼と言うことで調査任務に就いたが、秘密の守り方そのものが合法的ではない。上忍に報告し、何を企んでいるのか、軍としての調査の可否を判断する必要があった。
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「君はノーランド軍の歩兵弾薬について、どれくらい知っている」
「3種類あったのをひとつにした……くらいは」
食後のコーヒーをすすりながら、ポックは小さくうなずいた。うまいとも言わないしうまそうにも食べないが、今日のディナーも完食であった。あまり飲まないことも含めて、参謀士官の食い方と言ったらこういうものかもしれなかった。高級レストランの一般席だったが、個室なら盗聴設備がないとも言えなかった。
「前大戦まで、ノーランドは3つの国が少しずつ占領していた。だから独立を回復した時点で、国内に銃が3種類あった。弾薬もばらばらだ。それをノイツと同じ弾薬に統一した」
ポックは試験官の顔になった。
「使えなくなった残り2か国の銃と弾薬は、どうなる」
「密輸で輸出ですか」
「そうだ。南極月面党は自分で使う分も貯めているかもしれんが、それを欲しい連中は、わが国にもいるだろう」
「民間国防団体ですか」
ポックはトレスコウの答えに微笑で応じた。国防軍がやれないんなら、俺らが国境を守ってやる……と若者や武器を集めた団体が、今のノイツにはいくつもある。それらは国内の政治団体同士の争いにもそうした武器を使うかもしれず、時には国防軍がそれらを利用することさえあったが、力などつけられると困ることのほうが多いのである。
「大口の買い付けがあって、我々の耳にも入ってきた。それがおそらく……奴らだ。ノイツ国内の隠し場所として、相談のあった物件を使うつもりではないかな。荷物が国内に入ってくれば知らせてやれるが、つぶせるか」
今度はトレスコウが目を見張った。ポックは無言で答えを待っているのにトレスコウは気づいた。冗談ではないのだ。ポックの立場から見ると、予算も人員も割り当てていない問題がいきなり生じたのである。軍が手を出さないうちに自然鎮火してくれればそれが一番いいのだ。トレスコウも人の悪い微笑を浮かべた。
「いささか退屈の虫が鳴いておられる御仁がおられますので」
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ノイツ北東部はルター派との縁が深いが、ノーランドとなるとカトリック人口が多い。だから農繁期以外に人がほとんど訪れないカトリックの小さな礼拝堂はあちこちにあった。正体不明の誰かに見つかってしまったアジト以外にも、南極月面党の小さなアジトはほかにもあった。そのひとつに、重そうな馬車が2台、夜中に乗りつけられた。
ぱらぱらと地面に降りた男たちが、荷物を運び出そうとしたその時、男の声が響いた。
「それまでだ」
月明かりの下で、男は帽子のつばについた黒い目隠しを跳ね上げ、顔を見せた。ノイツ国民なら、いやノーランド国民でも、一度は新聞で見ている顔だった。
「だ、大統領閣下……」
「紳士の身の処し方があろう、フランゲ男爵とやら。それともおとなしく縛につくか」
「ええいっ、そっくりさんだ。そっくりさんに違いない。撃て。このそっくりさんを撃ってしまえ」
フランゲ男爵はわめいた。
「よいのか。銃声となれば人の耳がある。荷物を置き去りに、それでも逃げ切れるのか」
悪漢たちは互いに視線を交わした。撃つ踏ん切りがつかなかった。胸の前で両腕を交差させたヒンデンブルクは、左右のサーベルをぞろりと抜き放つと、静かに言った。
「俺の名前はヒンデンブルクだ。迷わず地獄に落ちるがよい」
悪漢の中で軍歴のある者は、手にした銃の台尻を振り上げて殴り掛かった。右へ、左へ避けるヒンデンブルク。悪漢のみぞおちを、黒っぽいサーベルが突く。ひとり。またひとり。次々に悪漢を倒してゆくヒンデンブルクに、にやにやと笑ったフランゲ男爵はふところからノメリカ製のスミス&ウェッソン32口径拳銃を取り出し、サイレンサーをつけて構えた。
「サーベルの時代は終わったのだよ、元帥閣下。そしてこれからはノメリカの時代だ」
1歩、2歩。手の中の生命をもてあそぶように、フランゲ男爵は歩み寄り、ヒンデンブルクは後に下がった。そしてフランゲは腕を伸ばし、引き金を……
ひゅん!
「うおっ」
何かがフランゲの額を直撃した。ヒンデンブルクは跳躍すると、フランゲの左肩を袈裟懸けに打ち据えた。フランゲは悲鳴も上げられず、前のめりに倒れた。
「最近はノメリカのスポーツに凝っていましてね。ベースボールというのです。元帥もいかがですか」
物陰から姿を見せたトレスコウは、金属製の演習用卵型手榴弾を地面から拾い上げた。卵型のアイグラナーテは柄つき手榴弾と並んで、大戦のころからノイツ軍に使われている。
「じらし過ぎだぞ、トレスコウ」
「申し訳ありません。それにしても元帥、サーベルを使われたのですか」
「刃などつけたら危ないではないか。ただの鉄棒だ」
スプリングなどに使う弾性の高い鋼を使うことで折れにくくした、クルップ社特注品のマンチュー・サーベルである。
「また政治献金を、そのようなものに……」
「市民のためだよ、トレスコウ」
おみこし候補者の政治家ヒンデンブルクに固有の与党があるとしたら、それは貴族地主を中心とする農場主たちであった。そしてそのことは、この事件の結末を少し変えた。
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「東プロイセンにあるヒンデンブルグ家のノイデック荘を、支持者の皆さんが銀行から買い戻してくれましてな。銀行の経営者はまた変わりますが、借金のご心配はずっと続くのでしょう。いかがです。ノイデック荘で農場管理の手伝いをしていただくというのは」
「ありがとうございます。農場を売って少しばかり残ったお金でリタを寄宿学校にやりまして、私はどうしようと思っておりました。お前も東プロイセンに来るかい」
「うん!」
「喜んでお手伝いさせていただきます」
再びの訪問を受けて、フォン・クーレ夫人はぺこぺことヒンデンブルクに頭を下げた。ヒンデンブルクの背後では、オスカーがいらいらと腕時計を見ていた。
ポンメルンの空はどこまでも青く晴れ渡っていた。
個々のパーツは「だいたい合ってる」「そんなこともあった」ものが多いのですが、つながりはフィクションです。例えばトレスコウは親の金で世界一周旅行に行こうとした直前に親が倒れてすぐ農場主になってしまいましたし、ヒンデンブルクが大統領になったころにはポックはもっと出世して異動していました。