第8話・Z級
ギルド本部の一階フロアに戻ったユーノは、椅子に座って頭をかかえていた。
(嘘だろやべえよマジかよ夢だろ信じらんねえありえねえどうしてこうなった……)
身体能力は誰がどう見てもクソ雑魚以下で、それを補うスキルもなし。
試験官がユーノに下した客観的な評価はそんなところだろう。
だが、違う。違うのだ。
魔法さえ、魔法さえ使う機会があれば、一瞬で評価は逆転したはずなのだ。
それなのに、この体たらくでは落第確実――
(いやいやいやいやまだまだ解かんねえよきっと!)
ブンブンと首を左右に振った。
(諦めんなよ可能性はゼロじゃねえよハンターはつねに不足してるとか言ってたし最低ランクならやる気のあるやつは誰でも歓迎的なノリかもしれねえじゃねえか!)
そうこうしているうちに一時間が経ち、試験の結果が告知された。
「本日実施した試験の結果を踏まえ、以下の者を正規のハンターと認定します」
合格者は、一番、二番、三番、四番。
ユーノの五番だけが当然のごとく漏れていた。
「……………………」
自分の体が燃えつきて灰になったような気分だった。
「合格者は窓口に来てください。ライセンスの交付とランクの通達をおこないます」
タイエンたち合格者はぞろぞろと窓口に足を運ぶ。
(あの小僧は落第か。ってことは、俺はバカみてえな思い違いをしてたってわけだな)
茫然自失のユーノを一瞥して、タイエンは人知れず胸をなでおろした。
窓口で手続きをすませる。
ライセンスの形状はハンターのランクによって異なり、一目で判別できるよう工夫されていた。
一番下のE級に認定された仲間たちは円形のライセンス。
一人だけD級に認定されたタイエンは三角形のライセンスだった。
「納得できねえッ!」
そのときユーノが叫んで立ちあがった。
ずんずんと窓口に詰めよる。
鬼気迫る表情に、タイエンたちは自然と道をゆずった。
「ま、まだなにかご用ですか?」
受付嬢が眉をひそめて言った。
「念のため言っておきますが、ハンター認定試験は公正かつ厳格な審査の元に運営されています。合否に対する抗議はいっさい受けつけ――ひッ!?」
バシン! ユーノは窓口に両手をついて、
「頼むっ! 俺にもう一度試験を受けさせてくれっ!」
深々と頭を下げた。
「は、はぃい……?」
受付嬢は目を白黒させる。
「こ、抗議ではないのですか?」
「ああ、今回の結果はしょうがねえと思ってる。だからもう一度試験を受けさせてほしいんだ。次こそは俺の本当の力を見せるからよ。頼むっ、このとおりだっ!」
「はあ、なるほど。そういうことですか」
目的は抗議ではなく嘆願。
そのことを理解すると、受付嬢は急にぞんざいな態度を取りだした。
「残念ですがご希望には沿えません。ハンター認定試験への申しこみは一個人につき年一回のみという規定がありますので」
「え、そうなの?」
「はい。そういうことですので、一年後の再挑戦をお待ちしています」
冷ややかにつげる受付嬢。
しかしユーノもここで退く気はさらさらなかった。
「待ってくれよ、おかしいだろ! ギルドは常時ハンターを募集してるんじゃなかったのかよ?」
「ギルドが求めているのはあくまでも優秀なハンターであって、戦力外のド素人ではありません」
「せ、戦力外って……」
絶句してしまったユーノに、受付嬢はさらにたたみかける。
「なぜ試験が一年に一度きりか解りますか? 合格確率ゼロの記念受験者や冷やかし目的の愉快犯をなるべく排除するためです。どこの誰とは言いませんけどね」
「だから俺はそんなんじゃねえんだって! さっきの試験はぜんぜん本気じゃなかった! 本当の力を出す前に終わっちまったんだよ!」
「はいはい。たまにいるんですよねぇ、あなたみたいな人って。口では『俺には特別な力がある!』なんて豪語しておきながら、なぜか試験の最中だけは絶対にその力を発揮できないんですよね。どうしてなんでしょうねえ、困りましたねえ、不思議ですねえ」
「ぐぬぬ……!」
ユーノは完全にドツボにはまっていた。
もはやなにを言っても信じてもらえない雰囲気だ。
とはいえ、ここですごすごと引き下がったらハンターになれるのは最速で一年後。
冗談じゃない。一年間なにをして過ごせというのだ。
「ったく、そんくらいにしとけよ小僧。往生際が悪いったらねえぜ」
たまりかねてモヒカン頭のタイエンが口をはさんだ。
「どうしてもハンターになりてえならよ、いっそZ級でもめざしてみたらどうだ?」
からかうような口調だったが、ユーノは真顔で食いついた。
「なんだそりゃ、どういうことだよモヒカン!」
「詳しいことは受付の姉ちゃんに聞きな。あと俺はモヒカンじゃなくてタイエンだっての」
それだけ言い残し、彼は仲間とともに去っていった。
「なんだよZ級って? ハンターのランクってEからSまでしかないはずだよな」
ユーノがたずねると、受付嬢は淡々と答えた。
「Z級は通常のハンターとは異なる特殊なランクです。ある意味、別格と言っても過言ではないのですが……あの、まさかとは思いますが、本気でZ級をめざすつもりじゃないですよね?」
「もちろんそのつもりだぜ。話の流れ的に、そのZ級の試験ならいますぐ受けられるんだろ?」
「Z級に試験はありません。代わりにギルドが定めた額の金銭、もしくは同価値の竜石を納めてもらいます」
「金か竜石って、そんな簡単なことでいいのか?」
「簡単って……。あなたは本当に常識を知りませんね」
受付嬢は一枚の紙をユーノに差しだした。
「そこに書かれている通り、Z級ハンター認定に必要な金額は一億リブラ。竜石なら一〇万オーブとなります」
ちなみに、ヘリオルでも高給取りとされるギルド職員の生涯収入は約一億リブラ。
一般的な金銭感覚からすると文字通りケタが違った。
オーブとは竜石の価値を示す単位で、質量と純度の積で算出される。
小型モンスター一体で一〇オーブ、中型モンスター一体で二五〇オーブ、大型モンスター一体で一〇〇〇オーブの竜石を落とすというのが相場だった。
どちらにしても気が遠くなる数字だ。
世の中うまい話がそうそう転がっているわけもない。
結局のところ、一年待って通常のハンター試験に再挑戦したほうがいい。
常人なら迷いなくそう考えるところだが――
ユーノはどこまでも常識知らずだった。
「なるほどな。金は無理だけど、竜石のほうならなんとかなるだろ」
「な、なんとかって……」
受付嬢はもはや開いた口が塞がらなかった。
ユーノはどこ吹く風で、ローブの内側から親指大の竜石を取りだした。
先のメガドリザード戦の戦利品だ。
その竜石を受付嬢に手渡す。
「これは――本物ですね。価値は三〇〇オーブといったところでしょうか。一体どこで拾ったんです?」
「え? 竜石ってそのあたりに落ちてんの?」
「そんなわけないでしょう。まあいいです、この竜石は預かっておきます。これで目標達成まで残り九九七〇〇オーブですか。せいぜいがんばってくださいね」
「ああ、さっそく竜石集めしてくるぜ!」
生き生きとした表情でユーノは窓口をあとにした。
(なんなのあの人。ハンター試験の歴代最低記録を更新しておいて、なんであんなに自信満々なのかしら……?)
受付嬢はぽかんとしたまま見送った。
この仕事をつづけていると、奇人変人と接する機会は少なくない。
だが、ああいうタイプにはお目にかかった記憶がなかった。
(ま、どのみちあの顔を見ることは二度とないわよね)
ただの大ホラ吹きの愉快犯なら、竜石集めなど実際にするわけもない。
あるいは、自分が特別な力の持ち主だという妄想を本気で信じている異常者だとしたら――
モンスターの返り討ちにあって、どこぞで野垂れ死ぬのがオチだろう。
いずれにしても、この窓口に戻ってくることはありえない。
受付嬢はそう確信していた。