第5話・嘘つき
城塞都市ヘリオルまでの残りの道のり、ユーノはキャメルモアに同乗させてもらった。
山から下ってくる関係上、壮大なヘリオルの全景が一望できた。
「おおっ、さすがに壮観だな」
ユーノが感嘆の声をあげた。
ヒュペリオン山脈から流れる運河沿いに建設されたヘリオルの街。
城塞都市というだけあって全体が高い城壁に囲まれている。
城壁の中には、大小さまざまな建物が整然とならんでいた。
都市の中心部を占めるひときわ巨大で立派な建物がハンターズギルド本部。
そこに併設された、長い煙突を伸ばした建物が工房である。
城塞都市ヘリオル。
ハンターたちが集う一大拠点だ。
城壁はモンスター等の外的の侵入を防ぐためのもので、人間の出入りは基本的に自由だ。
ユーノとアスティナは城門をくぐって街の中へと入った。
「すっげえ人の数だな」
大通りの熱気と活気につつまれながらユーノはあたりを見まわす。
道の両脇にならんだ商店には、初めて目にするさまざまな物が売られていた。
ヘリオルの都市設計は四つのエリアからなる。
ギルド本部の東側、運河に面しているのが商業エリア。
本部の西側、工房を起点にひろがるのが工業エリア。
南側は大きな貯水池があり、田畑と牧場、果樹園などが設置された農業エリア。
そして北側が、もっとも建物の密集度が高い居住エリアだ。
「ここがあたしの店『アテンツィオ』よ」
アスティナの料理店は商業エリアの中にあった。
小ぢんまりとした二階建ての建物で、一階が店舗、二階が弟と一緒に住む住居だという。
アスティナとの旅はひとまずここでお開きだった。
「ユーノはさっそくギルド本部に行ってハンター試験を受けるの?」
「もちろん。そのためにヘリオルに来たわけだしな」
ギルドは常時ハンターを募集しており、本部に行けば即日、試験を受けられる。
優秀なハンターはつねに不足しているのだ。
「ユーノの強さなら間違いなく合格できるはずよ。いきなりS級はさすがに無理でも、A級くらいには抜擢されちゃうかもね」
「ま、試験を受けてみりゃ判るぜ」
「首尾よく合格してヘリオルでの生活が落ちついたら、連絡をちょうだい。助けてもらった恩もあるし、ささやかだけどご馳走するわ」
「おお、そいつは楽しみだな」
店の前でアスティナと別れ、ユーノはギルド本部へとむかった。
◇◇◇
巨大なギルド本部の中に入る。
内部は広大で人の出入りも激しく、窓口も十箇所以上あった。
試験受付窓口を探し当て、さっそくハンターになりたい旨を伝える。
「かしこまりました。それではこちらの用紙に必要事項を記入した上、あちらのテーブルでお待ちください。試験の準備ができしだい、お声がけさせていただきますので」
受付嬢は愛想よく言ってユーノに紙を渡した。
支持されたテーブルにむかう。
そこには同じくハンター試験を受ける男が、五人ばかりたむろしていた。
空いているテーブルにつくと、ユーノはペンを取って用紙に書きこんでいく。
必要事項は、名前、出身地、略歴、武術経験の有無、スキルの有無などだ。
魔法に関する項目は当然のごとくなかった。
「こいつぁ驚いたぜ! お前みたいなチビのヒョロガリがハンターになる気かよ?」
隣のテーブルにいた男がからんでくる。
モヒカンの筋肉ダルマ。
見るからにガラの悪い男を一瞥すると、用紙に視線を戻してユーノは答えた。
「そうだけど」
「おいおいマジかよ! 聞いたかお前ら、こいつ本気でハンターになるつもりらしいぜ!」
モヒカンが呼びかけると、似たようなタイプの男たちが三人、わらわらとやって来てユーノを取り囲んだ。
「まったく、ハンターもずいぶんとナメられたもんだぜ」
「怪我しねえうちに帰ったほうが身のためだぜえ?」
「ま、帰ってママのおっぱいでも吸ってるこったな! ギャッハッハ!」
相手にする価値もないと判断し、無視してペンを動かす。
「なんだぁ、ビビって声も出せねえのかぁ?」
さらなる見当違いの発言に、ため息をこぼして言った。
「よく解らんのだが」
「ああん?」
「俺がハンター試験を受けると、お前らにとって不都合なことでもあるのか?」
ユーノにしてみれば純粋な疑問。
だが男たちはその言葉を挑発と受けとった。
「てめェッ! ナメてんじゃねえぞコラッ!」
「君たち、いい加減にしないかッ!」
男たちを一喝する声があがった。
声の主は二十歳そこそこの青年。 ハンター試験待機組の五人目だ。
短く刈りあげた髪に真っ白な歯、小麦色の健康的な肉体を持ち、いかにも正義感の強そうな顔立ちをしていた。
「うっ……。ロベルト」
あからさまに怯むモヒカンたち。
どうやらこの青年に対しては一目置いているようだった。
「体型が貧弱だからといって、必ずしもハンターに適性がないとは言いきれない。たとえばの話、君たちはS級ハンター『激流の射手』に対しても同じような言葉で罵倒するのか?」
「いや、それはっ……」
「そういうことだ。そこの彼だって優れたスキルの持ち主かもしれないじゃないか」
「じょ、冗談だよ冗談! ちょっとからかってみただけだっての。なあ!」
すごすごとテーブルから離れていくモヒカンたち。
「助かったぜ。ありがとな」
「礼にはおよばない。おれは当然のことをしたまでだ」
ごく自然な口調でロベルトは言った。
「俺はロベルト。君は?」
「ユーノだ」
「よろしくな、ユーノ」
「おう」
差しだされた手をユーノは握り返す。
「こうして同じ日に試験を受けることになったのもなにかの縁だ。一緒に合格してハンターの高みをめざそう」
「お前、暑苦しいけどいいやつだな。そうだ、必要事項ってこんな感じでいいのか」
ユーノは記入を終えた用紙を渡し、確認してもらうことにした。
「うん、そうだな。過不足なく書けて――」
ふとロベルトが眉をひそめた。
「出身地の欄に『ヒュペリオン山脈の奥』と書いてあるけど、これは一体……?」
「ああ、山の名前ってそれでいいんだよな? ヘリオルの北にあるでかい山だけど」
「ユーノ」
声には静かな怒気がこもっていた。
「これは簡潔とはいえ、ギルド本部に提出する正式な書類だ。おれたちハンター志望者にとってはある意味、大きな夢へと踏みだすための大切な最初の一歩だ。それなのに――」
バンッと用紙を叩いて言った。
「どうしてしょうもない嘘を書いたりするんだ!」
豹変したロベルトにユーノは困惑するばかりだった。
「えっ? つかお前なんで急にキレてんの?」
「こんなものを見せられたら誰だって怒るさ! ヒュペリオン山脈がどんな場所か知らないとは言わせないぞ!」
「真龍が何体もいるやばい禁域とかだっけ」
アスティナはそのように説明していたが、事実は違う。
ユーノは逆に諭すように言った。
「でもその噂のほうが嘘なんだけどなあ。実際にあの山にいた俺が言うんだから間違いねえよ。真龍なんて一体しか見たことねえし、そいつもけっこう前に俺が倒したってのによ」
「なっ――!」
ロベルトは絶句して、
「……真龍を、倒しただと? そんな五歳児でも見抜けるような大嘘をよくつけるな……!」
より怒りの火に油をそそいでしまったらしい。
(ううん、どうすっかなあこれ)
ロベルトは基本、悪いやつではないようだし、できれば誤解は解いておきたい。
どうにも困ったことになったユーノだったが、
(んっ? そういやばあちゃんが別れ際に言ってたっけ)
――むこうでなにか困ったことがあったら、このあたしの名前を出すといいよ。
――どんな問題だろうとそれで一発で解決さね。
ミレーニアの助言を思いだす。
正直なところ眉唾な話だったが、
(アスティナが俺を信用してくれた決め手は、ばあちゃんの名前出してことだよな)
すでに実例がある以上、試してみない手はない。
「なあロベルト。お前、ミレーニアって名前に心当たりはあるか?」
ぴくりと反応する。
「それは元S級ハンター、『白夜の魔女』ミレーニア様のことを言っているのか」
「そうそう。へえ、けっこう知名度あるんだな。つかなんで『様』づけ?」
ユーノのツッコミを黙殺して、
「およそハンターを目指す者で、ミレーニア様の名を知らないなどありえるものか。いまなお史上最強の誉れ高い伝説のハンターだぞ」
「え、そうなの? ばあちゃん、さては俺には隠してやがったな」
「……は?」
「でも史上最強はさすがに盛りすぎだろ。だって俺、一四歳から一度もばあちゃんに負けたことないんだぜ」
「ま、待て! 君は一体なんの話をしている!?」
「いや、だからさ」
どこまでも気楽な調子でユーノは言った。
「そのミレーニアは俺のばあちゃんなんだよ。ま、血はつながってないから養子なんだけどな。って、孫だから養子じゃなくて養孫か? なあロベルト、そういう言葉ってあったりする――」
「ふざけるなッ!」
突如テーブルを叩いてロベルトは激昂した。
「言うに事欠いてミレーニア様の孫だと!? そんな与太話で自分に箔がついて一目置かれるとでも思ったか! ふざけるな、ハンターを舐めるのも大概にしろッ!」
「えぇ……?」
ミレーニアの名前を出せば一発で解決とはなんだったのか?
どう見ても状況はさらに悪化していた。
(おいおいおいおい、どういうことだよばあちゃん?)
ミレーニアにかつがれてしまったのだろうか。
(んなアホな。たった一人の孫で手塩にかけて育てた弟子が独り立ちするって時に、こんな手のこんだやりかたで騙すなんて真似をするはずが――)
ある。
考えてみればミレーニアはそういう女だった。
いい歳こいてやたらと負けず嫌いで、腕試しでユーノに負けたあとはいつも死ぬほど悔しがっていた。
どんなに小さくとも恨みは決して忘れないと豪語し、若いころに実行した復讐の数々を誇らしげに語っていた。
これもその一環。ユーノに負けた腹いせだとしたら――
(あンのババアッ!)
見事にハメられてしまったというわけだ。
ミレーニアのほくそ笑む顔が目にうかぶようだった。
「ユーノ、これから君がなすべきことは一つだ! 嘘をついたことを謝罪し、それがすんだら即刻この場から立ち去れ! 君のような人間にハンターになる資格はないッ!」
さらにヒートアップし口角泡を飛ばすロベルト。
「なあ、ちったあ落ちつけよ。つか、なすべきことが二つになってんぞ、それ」
「うるさいっ! いますぐ謝罪をするのか否か、答えろっ!」
「しねえよ。する理由が解らん」
「ッッ! もう我慢ならない! 表に出ろッ! おれは君に決闘を申しこむッ!」
びしりとユーノに指を突きつけ、ロベルトは大声をひびかせた。
「いいぜ、そっちがその気ならつきあってやる」