第3話・リボルバー
メガドリザードが次の獲物へと狙いをさだめる。
モンスターと目が合ったとたん、アスティナはハッとしてユーノに呼びかけた。
「と、とにかく逃げるのよ! うまくいけばあいつの縄張りから抜けだせて助かるかもしれないわ!」
「逃げる? なんで?」
「どこの誰だか知らないけど馬鹿なの!? ハンターがやられたんだから逃げるしかないじゃない!」
ユーノは小首をかしげて、
「あいつ倒せばよくね?」
「ちょっ……!?」
ユーノがあまりに平然としているので、アスティナの感情もつられて静まった。
「あんた、もしかしてハンターなの?」
「まだ違う。ヘリオルに着いたらハンターになるつもりだけどな」
メガドリザードは、やはりすぐには襲いかかってこない。
もしかすると、二人のどちらを最初に狙うか迷っているのかもしれなかった。
「その体格でハンター志望ってことは、もしかしてスキル持ち?」
スキルとは、ハンターが使う特殊能力の総称だ。
ミレーニアの『念動力』もその一種である。
「いいや」
ユーノは首を横に振った。
スキルと魔法は違う。
まったく違う。決定的に違う。
魔力によって引き起こされる現象が魔法である。
したがって、魔法とスキルは似て非なるものどころか、似てないし非なるものだった。
「俺はスキルなんてもんは使えないぞ」
「はぁっ? スキルも使えなけりゃどう見たって武闘派でもない。それでどうやってモンスターを倒すっていうのよ?」
「問題ない。俺は魔法使いだからな」
「まほう……?」
まぶたをぱちくりさせるアスティナ。
彼女にとっては生まれてはじめて耳にする言葉だった。
無理もない。「魔法」はユーノ自身が付けた名称だからだ。
(やっぱりばあちゃんが言うとおり、俺は世界で唯一の魔法使いなのか)
アスティナの反応を見ていると、どうやらその説は正しいようだ。
「話すより見たほうが早いぜ。つうわけだから見てな」
ユーノは体のむきを変えると、右手でメガドリザードを指差した。
直後、モンスターは雄叫びをあげてユーノに飛びかかった。
「ひっ――!」
短い悲鳴をあげ、恐怖で固まってしまうアスティナ。
ユーノは落ちつき払って照準を補正すると、
「ばんっ」
つぶやき、右手の人差指をほんの少しだけ持ちあげた。
バシュッ! 次の瞬間、メガドリザードの頭部と胴体が内側にねじれこむように消し飛んだ。
ユーノの指先から発射された魔力の弾丸が、秒速四〇〇メートルで頭部に着弾。
胴体を貫通していったのだ。
――『魔力弾』。
ユーノはこの魔法をそう呼んでいた。
「えっ……?」
アスティナがぽかんと口を半開きにする。
メガドリザードの千切れた四肢と尻尾の先が、バラバラに飛び散って落下していっく。
モンスターは人や動物と違って「生物」ではない。
ギルドでは「物質化した災害」などと説明されるが、その正体に関しては未解明な部分が多い。
非生物であるモンスターの体内には、臓器もなく血液も流れていない。
耐久力を超過したダメージを受けると、活動を停止して二度と動かなくなる。
死骸が残ることもない。倒されたモンスターの体は、ものの数分で塵と化して消え失せる。
コトッ。そして、あとには青白い鉱石――通称「竜石」が残された。
竜石はモンスターの「核」と推測されているが、こちらもやはり詳細は不明だ。
ただしその価値は非常に高い。
「フッ」
ユーノは右手を立て、人差し指の先に息を吹きかけた。
魔力弾を発射したからといって、指先が熱くなるわけでも煙があがるわけでもない。
深い意味はなく、単にこれは決めポーズのようなものだった。
「し、信じられない……」
アスティナは放心してペタンと座りこむ。
「モンスターの胴体をふき飛ばすなんて、それこそS級なみの芸当じゃない……」
「おーい、どうした? 大丈夫かお前?」
ユーノが顔の前で手を振ると、
「どうした、じゃないわよっ!」
突如アスティナはキッとにらみつけて言った。
「なんでスキルが使えないなんて嘘つくのよ無駄に心配して損したじゃない!」
「待て、俺は嘘なんかついてねえぞ」
「じゃあ聞きますけどね、メガドリザードをふっ飛ばしたあれはなに?」
「だから魔法だ」
「その魔法ってのがあんたのスキルなんじゃないの?」
「違う。一緒にすんな」
「意味が解らないわ。あんたの言う魔法とスキル、なにがどう違うってのよ」
「なにもかもが違う」
「具体的には?」
「魔法は魔力を使うが、スキルはそうじゃない」
「まりょく……って、なに?」
「ったく、そこから説明させるのかよ。いいか、魔力ってのはだな――」
ここでユーノの口は止まってしまった。
魔力とはなにか?
実のところユーノ自身よく解っていなかった。
ミレーニアはいくつか仮説をたてていたが、そんな説明は右から左に聞き流していた。
「な、なんかすげえ力だよ、たぶん……」
冷や汗をうかべながら小声で言う。
「なにそれ? もしかして自分でもよく解ってないの?」
ジト目をむけてくるアスティナ。
「ち、違えし! ただ本格的に説明するとなると難解な学術用語連発したあげく明日の朝までかかっても終わらねえから簡略化しただけだから……」
ユーノは引きつった顔で目線をそらした。
「やっぱりよく解ってないのね」
アスティナはため息をついて、
「ま、スキルだろうが魔法だろうがこの際なんだっていいわ。危ないところを助けてくれてありがとう。あんた見かけによらず滅茶苦茶強いのね」
「俺は魔法使いだからな。あのくらいは朝飯前だぜ」
調子を取り戻してユーノは答えた。
同時に重要欠くべからざることを思いだす。
「あたしはアスティナ。ヘリオルで店を出してる料理人よ」
アスティナは立ちあがり、脚についた土を払いながら言った。
(料理人だと? ってことは、もしかして――)
「風変わりな魔法使いさん、あなたの名前は?」
このときユーノの脳内は、たった一つの感情に支配されていた。
「――肉だ」
「はい……?」
一週間ぶりに肉が食いたいという、純粋かつ切実な思いに。