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第18話・正当防衛

 時は五分ばかりさかのぼる。

 往路と同じように、ユーノたちは戦場の近くを通りかかった。


「えっ? もしかしてまだ戦ってんの?」


 驚いて魔力探知波パルスレーダーを飛ばすユーノ。

 間違いない。ハンターたちは三〇分前と変わらず大型モンスターと戦っていた。


「モンスター一体になに手こずってんだか」

「ユーノさんこそなに言ってるのさ。大型モンスターを瞬殺できるのはS級くらいなんだけど」


 アクセラは双眼鏡を使って戦場を確認する。


「しかも相手は危険度の高いマレウステイルだもの。討伐まで一時間はかかっても不思議じゃない――あっ」


 双眼鏡を外し、ユーノに顔をむけて言った。


「ハンターがこっちにふっ飛ばされてくる」

「おお?」


 ドガッ! ズザザッ!

 直後、ふっ飛ばされてきたハンターが、ユーノのキャメルモアの下で停止した。

 そのハンターは言うまでもなくスラッジだった。


 年齢は二十歳そこそこ。

 筋肉質な男が多いハンターの中では、比較的スマートで均整のとれた体つきだ。

 顔立ちは整っており、キリリと鋭い眉毛が特徴的だった。

 普段は髪型にも服装にもかなり気を使っているタイプに見える。

 しかし、いまや甘いマスクは苦痛にゆがみ、服もボロボロの土まみれだ。

 ちょっと可哀想になってユーノは声をかけた。


「おいおい、大丈夫かよ?」

「は――?」


 どうにか顔を上げたスラッジは、幻でも見ているような胡乱な目つきだった。


「こいつ、どうみても大丈夫じゃなくね?」

「そこのハンターさん、聞こえてる? 僕たちに救援を要請する意志はある?」

「救……援?」

 

 朦朧とつぶやくスラッジ。

 いきなり彼は血相を変えた。


「ふざ……けるな。誰が救援などするものか。見ていろ、俺はここから逆転、するっ……!」

「いや無理だろ」


 呆れた声を出すユーノを、アクセラがたしなめた。


「行こう、ユーノさん。救援要請がない以上、ボクたちに助ける義務はないんだからさ」

「待てよ。この状況で放っとくのか?」

「ボクだって後味が悪いけど、むこうが要請しない以上は――」


 アクセラは原理原則にこだわる。

 そのとき、地をゆるがす足跡が接近してきた。


 マレウステイルの巨体が迫っている。

 スラッジにとどめを刺さんと近づいてきたのだろう。


「やばっ!」


 手綱を振るってアクセラは一目散に逃げ出す。

 民間人がモンスターに出くわしたら、とにかく逃げるのが鉄則だ。

 しかし、ユーノはハンターだ。

 ここで逃げ出す必要もなければ理由もなかった。


「なあアクセラ。これなら正当防衛ってことになるよな?」

「ええっ? ユーノさんっ?」


 ユーノはキャメルモアから飛び下りる。

 頭の中では格好良く着地するイメージができていたが、たたらを踏んで転びそうになる。

 相変わらず身体能力は笑えるほど低かった。


「お前はあっちに行ってな」


 キャメルモアの胴を叩いて遠くに逃がすと、迫りくるマレウステイルとむかいあった。


「なにを……。Z級がなんの真似だ……?」

「だから正当防衛だって。俺はこれからモンスターに襲われるから、反撃してぶっ倒す。それならお前も文句はねえだろ」


 スラッジをかばうため、彼の足のほうへ移動するユーノ。

 うつ伏せになっている関係上、スラッジにはユーノの姿は見えない。


「マレウスなんとかか。初めて見るモンスターだけど、どんなもんかな」


 ユーノの声はどこまでも緊張感に欠けていた。

 マレウステイルは大きく跳躍し、一気に距離をつめてきた。


 ブオンッ! 落下の速度を上乗せし、尾槌を垂直に振り下ろす。

 間違いなくマレウステイルの決め技だった。


 ――『魔力反射鏡リフレクター』。


 反射を試みたが、魔力の鏡はあっさり叩き割れてしまった。


「ありゃ」


 大槌がユーノを脳天から叩き潰す。

 だが、もちろんそうはならなかった。


 ――『魔力重装甲チョバムアーマー』。


 自動的に発動した第二の防御魔法によって、尾槌は頭頂部まであと一ミリのところで完全に停止していた。


「なんだよ。意外とたいしたことねえ威力だな」


 ビシッ! 尾槌に無数のヒビが入り、甲殻が砕けて剥落する。

 マレウステイルは怯んで尻尾を引いた。


「ま、しょせんモンスターなんてこんなもんか」


 つまらなそうに言って、右手の拳をマレウステイルにむけた。


 ――『魔力散弾ショットガン』。


 射程と精度を犠牲にし、近距離での威力と制圧力を重視した魔法だ。

 ユーノの拳から小型の魔力弾が九発同時に発射された。


 ボボシュッ! 一瞬のあと、マレウステイルの上半身が消し飛んでいた。

 下半身のみとなったモンスターは力なく倒れ、早くも肉体の塵化が始まった。

 まもなく、一〇〇〇オーブ値の竜石を残し、マレウステイルの脅威は完全に消え去った。


「よし、どこからどう見ても完璧な正当防衛だったな」


   ◇◇◇


(な、なにが起きた……?)


 スラッジは当惑の極みにあった。

 突然現れた黒ローブのZ級ハンター。

 近頃ヘリオルで噂の種となっていた男に間違いない。

 頭がおかしいのか、世の中を舐めきっているのか、とにかくそいつはモンスターと戦うなどと言いだした。

 戦闘能力は民間人なみのZ級がマレウステイルと戦うなど、無謀を通り越して正気を疑うレベルだ。

 

 ところが、そこから先の展開はなにもかもがおかしかった。

 Z級が足のほうへと移動したため、視覚情報はいっさい入ってこない。

 スラッジは無意識に聴覚を研ぎ澄ませていた。


 マレウステイルの地をゆるがす足音。

 Z級の気の抜けた発言の数々。

 尾槌が上空から振り下ろされる音。次いで激突音。

 怯んだ声をあげるマレウステイル。

 一拍の間をおいて、巨体が地面に倒れ伏す音。


覚悟していたとどめの一撃は、いつまで経っても振り下ろされなかった。


「よし、どこからどう見ても完璧な正統防衛だったな」


 Z級がなにを言っているのかは解らない。

 だが状況から察するに、マレウステイルは討伐され、Z級は生きながらえているようだった。

 つまり、Z級がマレウステイルを討伐した……?


(馬鹿馬鹿しい。そんなことが、ありえるはずがない……)


 脳が現実を受け入れられず、スラッジは考えることを放棄した。


「超すっご。ユーノさんって本当にS級なみなんだね……」


 もう一羽のキャメルモアが近づき、少女の声が降ってくる。


「これなら問題ねえよな?」

「まあね。さ、面倒なことになる前に行こう。間違っても竜石を拾おうなんて思わないでよね」

「解ってるって」


 立ち去る直前、Z級はこんな言葉を口にした。


「なあ、あんた。無茶な真似はやめたほうがいいぜ。あんまし強くねえんだからよ」

「もうっ、ユーノさんてば! 余計なこと言っちゃダメだよ!」

「いや待て、お前にだけは言われたくねえぞ」

「ボクはこう見えても、時と場所と相手を選んで言ってるんだよ」


 キャメルモアの足音が遠くなり、ついには聞こえなくなる。

 入れ替わるように、仲間のB級ハンターたちがスラッジの元へとやって来た。


「リーダー、無事ですかっ!?」


 仰向けに寝かされ、怪我の応急処置を受ける。

 しかし、その間ずっとスラッジは上の空だった。


「……一体、なにが起きたんだ?」

「俺たちにもよく解りません。ただ、この目で見たありのままを伝えるなら、あの黒ローブのZ級がマレウステイルを倒したとしか……」

「ありえないッ!」


 スラッジは激昂して叫んだ。


「冷静になって、常識で考えてみろ。Z級が大型モンスターを倒すだと? そんな話があってたまるか!」


 B級たちは顔を合わせ、処置なしという感じに肩をすくめた。


「……ありえない。あっていいはずがないんだ。この俺がZ級に命を救われるだなんて、あってはならない……!」


 それでもスラッジは、うわ言めいたつぶやきをくり返した。

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