第17話・失敗
翌朝ユーノたちはキャンプを出発し、イアペトス荒野に入った。
それまで延々とつづいていた草原が途切れ、極端に草木の少ない荒れた大地が現れる。
ごつごつとした大岩がそこかしこにあり、平地にもかかわらず視界は良くなかった。
「ユーノさん、こっち。次は三つ目の岩のところで左だよ」
アクセラが先導する。
読書はしていない。というのも、イアペトス荒野はモンスターと遭遇する可能性が高いからだ。
「モンスターの気配はない?」
「待ってろ。いま調べる」
位相魔力観測波を発動し、半径五キロ圏内の情報を収集する。
当然ながらモンスターの反応は多数検知。
しかし近くには一体もいなかった。
「問題ないな。一番近くのモンスターでも二キロ離れてるぜ」
「すっご。どういう能力なの、それ?」
「ひと言で言えば魔力のレーダーだな。電波化した魔力を投射して、その反射波を読み取ることで遠くの情報を収集するんだ」
「れーだー……? でんぱ……?」
オウム返しにつぶやくアクセラ。
秀才の彼女にしてはめずらしい反応だ。
(いくら頭が良くても、さすがに知らねえよなぁ)
なにしろその知識をユーノは「夢」の中で学んだのだから。
「とにかく俺には敵の正確な位置が解るんだよ。っと、んん?」
「どうかした?」
「この先で誰かが大型モンスターと戦闘してるみたいだ」
「ハンターのパーティーかな。どのみちボクたちには関係ないよ。先を急ごう」
アクセラはそっけなく言った。
移動を再開。戦場が近づくにつれ、ユーノはそわそわしだした。
「ユーノさん。まさか加勢しようとか思ってないよね?」
「え、もしかしてダメなのか?」
「もしかしなくてもダメだよ。なんのためにクエスト出発前にパーティーを組むと思ってるのさ。こっちが善意で加勢しても、むこうは感謝なんてしてくれない。それどころか、報酬を横取りしに来たって因縁をつけられるのがオチだよ」
「マジか……」
ユーノはがっくりとうなだれた。
仲間のピンチに颯爽と駆けつけて共に戦う。
それをやってみたかったのだが、現実は厳しかった。
戦場近くを通過する。
地響きや激突音、咆哮や悲鳴が聞こえてきたが、ユーノはつとめて視界に入れないようにした。
そこから一〇分ほど進んだところが目的地だった。
キャメルモアを下りて、地面に足をつける。
乾燥した大地に自生する、イアペトス荒野特産品のローズマリー。
思っていた以上に背が高く、二メートル近くまで伸びている。
濃い紫色の花を咲かせており、細長い葉からは独特のさわやかな匂いがした。
「この濃い紫の花をつけるローズマリーは、イアペトス荒野にしか自生してないんだ。もっともボクの鼻と舌には、市販の栽培されたローズマリーとの違いがよく解らないけどね」
憎まれ口を叩きつつも、精力的に採取していく。
ユーノもそれにならって作業を開始した。
およそ三〇分で、持ってきた袋すべてが満杯になった。
「うん、こんなところかな」
「まだたくさん生えてるけど、ぜんぶ採らねえのか?」
「一回で採取するのは三ヶ月分まで。それ以上保存すると、鮮度が落ちて香りが悪くなるんだってさ」
「依頼主がそう言うなら仕方ねえか」
「そういうこと。それじゃ戻ろうか、ユーノさん」
キャメルモアに袋を積んで、二人は来た道を引き返した。
◇◇◇
(クソッ! なぜだ、なぜこうなった……!?)
A級ハンターのスラッジは、焦りと屈辱に奥歯を噛み締めた。
彼のパーティーは現在、イアペトス荒野にて戦闘の真っ最中だった。
戦況は最悪。パーティーはすでに半壊していた。
パーティーは総勢五名。
A級のスラッジを筆頭に、B級三人とC級一人で構成されていた。
C級は地に倒れ伏して意識を失っている。
B級三人も満身創痍で立っているのがやっとの状態。
スラッジ自身もかなりのダメージを負っていた。
(こんなはずはない、この俺が失敗などするはずがないんだっ……!)
戦闘開始まで「失敗」の二文字を意識したことは一瞬たりともなかった。
なぜなら自分は選ばれた人間。図抜けて優秀なハンターだからだ。
でなければ、史上二番目の早さでA級への昇格を果たせるはずがない。
だから失敗などするはずがない――
「リーダー! 全員もう限界ですっ! 撤退しましょう!」
B級ハンターが叫ぶ。
思えば今回のパーティーを組んだ際、ギルド側は無謀だと難色を示していた。
大型モンスター一体を討伐するには最低でもA級ハンター三人が必要、というのがギルドの指針だからだ。
くわえてスラッジは、大型モンスターの討伐クエストでリーダーを務めるのは今回が初。
ギルドの言い分はしごく真っ当だった。
しかし、スラッジはこの忠告を一笑に付した。
指針はあくまでも指針。戦力が足りないのなら、自分が三人ぶんの働きをすればいい。
そうすれば評価もうなぎ登りでいいことずくめだ――
「許可しない! 俺たちハンターが逃げることなど許されないっ!」
叫んで叱咤するが、そんなルールはどこにもない。
敵との戦力差を把握し、時には苦汁を飲んで撤退を決断する。
それもまたハンターに求められる資質である。
とりわけリーダーを務める者は、仲間の命を守ることを第一に考えなければならない。
だが、功名心に目がくらんだスラッジは正しい判断ができなかった。
「絶対にこいつを倒す! たとえ俺一人になったとしてもだ!」
モンスターがスラッジに狙いをさだめる。
野生の肉食獣などとは異なり、モンスターには脅威度の高い敵を優先的に排除する習性があった。
固有種名マレウステイル。二足歩行で全長二五メートル強。
長く伸びた尻尾を持ち、全体重を支える後脚は太く力強い。
反面、前脚は小さく退化している。
口は大きく裂け、剥き出しの鋭い歯がならんでいた。
なにより特徴的なのは、大鎚のごとき尻尾の先端部だ。
ブウンッ! マレウステイルがその尻尾を薙ぎ払う。
ただでさえ巨体な上、先端部は甲殻がひときわ重く硬くなっている。
まさに岩をも砕く一撃だ。
スラッジは後方に跳躍してなんとか回避。
着地と同時にスキルを発動し、反撃に転じた。
――スキル『凝固』。
両の拳を地面に当てると、たちまち土と石が集まって固まる。
グラブのように拳全体を覆わせ、威力を高めるため先端を尖らせる。
ダッ。スラッジは地を蹴って、マレウステイルの懐に潜りこんだ。
狙うは後脚。ダメージを蓄積させて転倒させれば、戦況は一気に好転するだ。
ドガガッ! 左右の拳を連続で叩きこむ。
打撃の威力に後脚の甲殻が砕け散るが――浅い。
大型モンスターは高い自己修復能力を持つ。
このていどの傷は三〇秒もすれば元に戻ってしまう。
スラッジはその場に留まって攻撃の続行を決断。
「リ、リーダー! 危ないッ!」
だが次の瞬間、下からすくい上げるように尻尾が振られた。
回避は間に合わない。
とっさにスラッジは両腕を交差させ、土塊のグラブを盾形に変形させた。
さらに前方の空気を凝固させ、二重の防御を構築する。
バゴンッ! それでも大槌の一撃を防ぎきるにはまるで足りない。
空気の壁と土塊の盾をまとめて砕かれ、スラッジの体は空に打ち上げられた。
「がッ……!?」
痛みと衝撃に意識が遠のく。
たっぷり五〇メートルもふっ飛ばされたあと、スラッジの体は硬い地面に叩きつけられた。
二度三度とバウンドしてようやく止まる。
「ごふっ……!」
血の塊が喉の奥から吐き出される。
両腕は粉砕骨折し、肋骨も何本か折れていた。
内蔵にもダメージを受けてしまったようだ。
だが……まだだ。
折れた腕を凝固させればまだ戦える……!
朦朧とした意識の中、スラッジはいまだ戦意を喪失していなかった。
――そのときだった。
「おいおい、大丈夫かよ?」
頭上からやけにのんきな声が聞こえた。
うつ伏せに倒れているスラッジは、なんとか顔を持ち上げる。
「は――?」
頭を強く打ったせいで、幻覚でも見ているのかと思った。
そこにいたのは、キャメルモアに乗った黒いローブ姿の若い男。
戦場にはあまりにもそぐわない、黄金のZ級ライセンスを身につけていた。