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第14話・オッソブーコ

 アテンツィオの扉を開けると、中から会話が聞こえてきた。


「なあアスティナ。最近、例のZ級がよく来てるよな?」

「Z級? ああ、ユーノのことね。それがどうかしたの?」


 アスティナと客のハンターが話しているようだ。

 アテンツィオは手頃な価格で本格的な料理が食べられると評判で、ハンターの常連客も少なくなかった。


「あまり大きい声じゃ言えねえが……あいつ、出禁にしちまったほうが良くねえか」

「……どうしてよ?」

「店のイメージが悪くなるだろ。それにZ級ってたしかタダ飯喰らいなんだろ。そんなやつに入り浸られたら損じゃねえか」


 アスティナは大きなため息をついて言った。


「よく解ったわ。いますぐ出ていって」

「は……?」

「聞こえなかった? うちの店からいますぐ出ていきなさい。代金は払わなくていいから、二度と来ないで」

「ま、待てよアスティナ! 俺はお前と店のためを思って――」

「ふざけないで。だいたいあんた、ユーノのなにを知ってるの? 彼とひと言でも話したことがある?」

「い、いや、それはねえが……」

「知らないなら教えてあげる。彼はあたしの命の恩人よっ! 解ったら出てけっ!」

「ッッ!?」

 

 アスティナに気圧され、ハンターたちはほうほうの体で逃げ出した。

 出入り口でユーノと鉢合わせた時、まさに泣きっ面に蜂の心境だったはずだ。

 彼らと入れ替わりで店の中に入る。


「ようアスティナ。また来たぜ」

「ユ、ユーノっ? もしかしていまの話聞いてた?」

「まあな、半分くらいは」

「そ、そうなんだ。最近、変な客が多くて困ってるのよねー。Z級の飲食費はタダじゃなくてギルドが肩代わりするだけなのに、その程度のことも知らないんだから」


 視線をはずして照れた顔になるアスティナ。

 ユーノはひさびさに胸がすく思いがした。


「ありがとな、アスティナ」

「き、気にしないで。あたしが迷惑してただけだから……」

 

 ユーノはにんまりしながら席についた。

 とうに昼時を過ぎているせいか、店内にほかの客はいなかった。


「それで、今日の注文はどうするの?」

「肉」

「いやだからどんな肉料理よ?」

「まかせる」


 ユーノの注文は毎回こんな感じだった。


「まあいいけど。あとで文句言わないでよ?」


 アスティナは厨房に入ってさっそく調理を始める。

 たちまちいい匂いがただよってきて、ユーノの食欲はいやおうなく刺激された。

 ほどなくしてアスティナは一皿を仕上げた。


「オッソブーコ。仔牛すね肉の煮込みよ。付け合せのサフランリゾットと一緒にどうぞ」

「おおっ、いつもながら美味そうだぜっ!」


 事前にじっくり煮込んでいた肉は、口に入れるとホロリととろけるほど柔らかい。

 ニンニク、セロリ、玉ねぎ、人参のみじん切りが入ったブイヨンソースの味も絶品だ。

 そのソースをリゾットにからめて食べると、これまた素晴らしい美味しさだった。


「やっべ……! 美味すぎて泣きそう……」

「もう、いちいち大げさなんだから」


 呆れたように言いつつも、もちろん悪い気はしないアスティナ。

 仮に彼女に尻尾があったら、盛んに振られていたことだろう。


「ところでユーノ、今日の午前中はなにしてたの?」

「いつもと同じだ。ギルド本部に行ってた」


 大きめに切った肉を頬張りながら、


「でも、相変わらずの空振りだぜ。クエストは受注できねえし、ほかのパーティーにも入れてもらえねえし、なんか俺避けられてるみたいなんだよなぁ」

「そりゃZ級が普通のハンターみたいなことしてたら、周りからは反発されて当然でしょ」

「えっ? そうなのか?」


 食事の手を止めぽかんとする。


「まさかとは思うけど……。ユーノ、Z級のくわしい説明を聞いてないの?」

「そういや聞いてねえな。ギルドマスター代行のおっさんが話そうとしてたけど」

「ああもう、なんてこと……」

「せっかくだから教えてくれよ。Z級ってなんなんだ?」

「いや、あたしの口から言うのは気が引けるというか……」


 なぜか口ごもるアスティナだったが、


「――Z級っていうのはさ」


 店の奥、階段のほうから声が聞こえた。

 階段から下りてきたのは、アスティナと同じ金髪碧眼の少女だった。


「ひと言で言えば金持ちの道楽だよ。実力は皆無だしモンスターと戦う気なんて微塵もない、だけどハンターの称号だけは喉から手が出るほど欲しい。そんな鼻持ちならない連中が大金を積んで買うのがZ級ライセンスなのさ」


 年齢は一四歳くらい。

 体型も顔立ちも年相応だが、目つきや口調には大人びた落ちつきがあった。

 そのせいか、端正な容貌にもかかわらずどこか中性的な印象がある。

 少女らしさといえば、金髪をサイドポニーにした髪型くらいだった。


「ちょっとアクセラ! いくらなんでもそんな言い方は――」

「事実そのとおりなんだから仕方ない。はっきり伝えたほうがその人のためだよ。違うかい、姉さん」

「それは、違わないけど……」


 アスティナはすっかりやりこめられてしまう。

 ユーノは二人を交互に見て、


「ええと、アスティナの妹か?」

「そう。これがあたしの生意気な妹、アクセラよ」

「はじめまして。粗忽な姉から話は聞いてるよ」


 すまし顔で嫌味を返す。

 外見はともかく、性格は似ても似つかない姉妹のようだ。


「ところでマジなのか? Z級が金持ちの道楽って話」

「もちろんさ。そう考えればいろいろと腑に落ちると思うけど」

「たしかに……」


 ユーノは完全に納得し、肩を落とした。


「なんてこった。俺は周りのやつらから鼻持ちならねえ成金野郎と思われてたのかよ……」

「ていうかさ、あなたは本当に金持ちじゃないの?」

「当たり前だろ。金なんてギルドに納めた竜石の釣りしかねえぞ」


 その金はギルドの口座に貯金してある。

 ちなみに五〇〇万リブラは一般人にとって相当な大金なのだが、ユーノはもちろん知る由もない。


「なんだ、残念」


 アクセラは表情を変えることなく言った。


「せっかく姉さんに玉の輿のチャンスが訪れて、ボクの将来も安泰かと思ったのにさ」

「ななッ!?」


 とたんにアスティナは真っ赤になり食ってかかった。


「なんで急にそんな話になるのよ! するわけないでしょ結婚なんて!」

「その言い方は彼に対して失礼なんじゃない?」

「ちっ、違うのよユーノっ! ユーノが相手じゃ嫌とかじゃなくていくらなんでも急すぎっていうかまずは友達から始めましょうっていうかっ!」


 目を泳がせながら言い繕う。

 ユーノはというと、のんびりと食事をつづけながら言った。


「アスティナと結婚したら毎日こんな美味いモンが食えるのか。そいつはけっこう魅力的だな」

「ッッ!? りょ、料理なら毎日お店に来れば食べられるでしょっ!」


 どこか頓珍漢なことを言って、アスティナは厨房に引っこんでしまった。


   ◇◇◇


「ふう、ごちそうさん」


 食事を終えたユーノは、自発的に皿を厨房まで持っていった。


「うぅん、困ったわね……」


 厨房をのぞきこむと、アスティナが香辛料の瓶とにらめっこしていた。


「どうかしたのか?」

「ああ、食べ終わったのね。お粗末様」


 汚れた皿を流しに置いて、


「実はうっかりしてて、また在庫がなくなりそうなのよね」

「もしかしてローズマリーのこと?」


 カウンターの奥からアクセラがたずねた。

 アスティナがうなずくと、


「姉さん、少し前に言っておいたじゃないか。このペースだと二週間後には在庫がつきる計算だってさ」

「ぅ……。仕方ないじゃない、最近お店が忙しかったんだから」


 ばつが悪そうにつぶやく。


「とにかく、完全に無くなる前に気づいてよかったわ。さっそく明日調達に行かないとね」

「忘れたの? 明日と明後日は団体客の予約が入ってるよ」

「ぅ……。そういえば」

「まったく、これだから姉さんは」


 大仰にため息をついてアクセラは言った。


「仕方ない。代わりにボクが調達してくるよ」

「え?」

「もちろん解ってる。姉さんのことだから市販のローズマリーは論外。ちゃんとイアペトス荒野から採ってくるよ」

「待ちなさいアクセラ。まさか一人で行くつもりなのっ?」

「そんなわけないだろ。この人に護衛を依頼するよ」


 アクセラはユーノを指し示した。


「ん、俺?」

「暇そうだし、実力はA級並かそれ以上なんだよね。だったら適任じゃない」

「べつにいいぞ。何気にハンターとしての初仕事だな」

「報酬はこの店の料理一〇食ぶん無料でどう?」


 そこでアスティナが待ったをかけた。


「それ、ユーノにはなんの得にもならないじゃない。もともとギルド払いなんだから」

「ダメか。なら、そうだな、姉さんの恥ずかしい秘密を三つ教えるってのは?」

「ダメに決まってるでしょっ!」


 ユーノが口を開く前に却下されてしまった。


「だったら、店の新メニューを最初に試食できる権利ってのはどう?」

「それならまあ」

「いいなそれ」


 アスティナとユーノが口々に同意する。


「契約完了だね。それじゃ出発は明日の朝八時。集合場所はこの店の前ね」


 手短につげると、用はすんだとばかりにアクセラは階段を昇っていった。


「なんか急に話が決まっちゃったけど、ユーノはあれで良かったの? やっぱり報酬はちゃんとお金で払ったほうがよくない?」

「いや、べつに金には困ってねえしな。俺には新メニュー試食権のほうが魅力的だぜ」

「本当に? それなら助かるわ。お願いね」

「うっし。寝坊しないように今日はもう帰って寝るぜ!」

「ちょっ、ええっ? まだお昼過ぎなのにっ?」


 ユーノは颯爽と『アテンツィオ』を後にした。

 初クエスト、ハンターとしての初仕事。

 ユーノの気分はいやがおうにも高まっていた。

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