第13話・理不尽
Z級ハンターの待遇はいたれりつくせりだった。
住居はギルド本部近くの一等地に建つ豪華な家を無償で提供。
ヘリオルの中では特等馬車が無料で乗り放題。
飲食店の利用も、太っ腹なことに全額ギルドが肩代わりしてくれる。
まさにいたれりつくせり。
それなのにユーノは不満たらたらだった。
なぜなら、
「これはユーノ様、ようこそいらっしゃいました。それでは最上階に案内させていただきます」
「いやいや待て待て。俺はおっさんとお喋りしに来たわけじゃねえ。今日こそはクエストを紹介してもらうぞ」
「ええと、ユーノ様にご紹介できるクエストはございません」
「なんでだよ? ほかのハンターはばんばんクエストを受注してるじゃねえか」
ほかの窓口に目をやれば、ハンターたちが次から次へとクエストを受注していく。
近頃はモンスターの数が急増しているらしく、最低ランクのE級でさえ駆り出されている。
それなのにユーノに限っては、毎日通っても紹介できるクエストはないの一点張りだ。
いくらなんでもこれはおかしい。
これではなんのためにハンターになったのか解らなかった。
「申し訳ありません。ですがギルドとしましては、ユーノ様にご紹介するクエストを厳選しておりますので……」
「厳選って、たとえばどんなクエストなら紹介できるんだよ?」
「それはなんと言いますか、Z級ハンターが受注するにふさわしい特別なクエストでございます」
実に曖昧でふわふわした言い方だったが、ユーノは顎に手をそえて思案顔になった。
「ふうん、なるほどな。特別って言うからにはとんでもなく特別なんだろうな?」
「はい。とんでもなく特別でございます」
特別イコール自分の実力にふさわしい超高難易度クエストと、ユーノは勝手に思いこんだ。
「だったらしょうがねえか。そんな特別なクエストがそうそうあるわけないしな」
「左様でございます」
受付嬢は満面の笑みで答えた。
ユーノも納得して引きあげることにした。
とはいえそんな状況が一〇日もつづくと、さすがに暇になってくる。
そこでユーノは「ほかのハンターが受注したクエストに参加させてもらう」という手段にでた。
クエストの受注後、どのようなメンバー構成にするかはリーダーに一任されている。
A級以下のハンターはほぼ例外なくパーティーを組んでクエストに挑むため、本部のそこかしこでメンバーの募集はおこなわれていた。
ユーノは積極果敢に声をかけていく。
なるべく高難度のクエストがいいので、まずはB級パーティーに狙いをさだめた。
「よう。俺もパーティーに入れてくれねえか?」
「君のランクは――ゼ、Z級!? いや、その、君は自分にふさわしいクエストを受けるべきだよ」
と、やんわりと断られた。
B級が空振りに終わるとC級にターゲットを変更する。
「……メンバーは足りている。すまないがこれ以上、報酬を減らしたくないのでな」
今度は冷たくあしらわれた。
めげずにD級にアタックする。
「……あんたがパーティーに? 冗談だろ」
露骨な舌打ちまでされてしまった。
いくらお気楽なユーノでもさすがに気づく。
(あれ、これ、なんか俺避けられてね……?)
誰も彼もはっきりとは口にはしないが、Z級ライセンスが敬遠されていることは間違いない。
さっきのD級ハンターにいたっては、敬遠ではなく軽蔑している感じだった。
それにしても一体なぜ?
Z級ライセンスの取得条件は、通常のハンター試験よりはるかに難しいのだ。
それがなぜ軽蔑されるはめになるのか、どうにも意味が解らなかった。
(おっ? あいつはたしか――)
見知った顔もとい見知った頭を見つけ、ユーノは近づいていった。
「よう。また会ったな、モヒカン」
「お、お前は試験で一緒だった小僧……!」
モヒカン頭のタイエンは、ユーノの出現に目をみはった。
その視線がローブにくくりつけたZ級ライセンスにそそがれる。
「そういやZ級のこと教えてくれたのお前だったよな。ありがとな、助かったぜ」
「俺は冗談のつもりだったんだがな……」
「そうなのか? まあいいや。それよりクエスト受けたんだろ? 俺もパーティーに入れてくれよ」
「お前なぁ……」
苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「忠告しとくけどよ、悪ふざけはそのくらいにしとけ。お前はハンターの肩書が欲しかっただけなんだろ? だったらもういいじゃねえか。その金ピカのライセンスをながめながら優雅な暮らしでもしてろよ」
「え? つかお前もしかして怒ってんの?」
「当たり前だろ! 頼むから俺たちハンターの仕事の邪魔をしてくれるなよな」
そう吐き捨てると、仲間を連れて行ってしまった。
「えぇ……? いや、俺もハンターなんだけど……」
ユーノは理不尽に思えてならなかった。
◇◇◇
どうやら自分は、ほぼすべてのハンターに軽蔑され忌避されているらしい。
その結論を出すのにそれほど時間はかからなかった。
ギルド本部にせよヘリオルの街中にせよ、ハンターが集う場所に近づくと必ず陰口を叩かれた。
「あいつだよな、例のZ級ハンターって」
「あんなガキが? ったく、世の中不公平だよなぁ」
「話によると、わざわざ普通にハンター試験受けて落第食らったあと、これみよがしにZ級ライセンスを取得したらしいぜ」
「いいねえ、金持ちはやりたい放題できて」
「それがどうも違うらしい。やつは金じゃなくて竜石でZ級を買ったんだってよ」
「は? 嘘だろ、ハンター試験に落ちるようなやつがどうやって一〇万オーブも集めるんだよ?」
「あくまでも噂なんだが……やつはあの『白夜の魔女』の孫を自称しているらしい」
「はぁっ!? ありえねえだろ、そんなヨタ話を誰が信じるってんだ?」
「だが、それが本当だとしたら竜石の件にも説明がつくと思わないか」
「なるほどな。『白夜の魔女』なら一〇万オーブの竜石を貯めこんでいたっておかしくはない」
「だけど本当に孫なのか? 運良く『白夜の魔女』の隠し財産を見つけて、それを盗んだあげく勝手に孫を自称してるとかじゃねえのか?」
他人の発言にいちいち目くじらをたてないユーノだが、さすがにこれは聞き逃がせなかった。
「なあ、俺に喧嘩売ってるよな? だったらいまここで買ってやるぜ」
「てめえっ……!」
血気盛んなハンターがユーノの胸ぐらを掴もうとするが、
「おい馬鹿やめとけ。Z級に怪我させたらギルドが黙っちゃいない。下手すりゃライセンスを剥奪されかねないぞ」
べつのハンターがその腕を押さえた。
「くそっ! 卑怯なやつだぜ、俺たちが手をだせねえのをいいことにっ……!」
彼らは憎々しげな舌打ちを残して去っていった。
「なんなんだ一体……!」
腹立ちまぎれに魔力弾を背中に撃ちこんでやろうかと思ったが、自重する。
不意打ちでの殺しはいくらなんでもマズい。
それにしても、根も葉もない話を好き勝手言ってくれる。
(ばあちゃんが一〇万オーブ貯めこんでたって? アホか、俺は竜石一個だってもらっちゃいねえぞ)
いっそあの手の連中をふんづかまえて魔力推進器でひとっ飛びして魔窟跡を見せつけてやろうか?
(いやそれもマズいか。あれは攻略隊の稼ぎを横取りしたようなもんだからなぁ)
そもそもなぜこんな扱いを受けるのか、ユーノはまったく理解できなかった。
「それはさておき……腹減ったな」
腹が立って腹が減ったのなら、胃袋に入れるべき料理は一つしかない。
ユーノはアスティナの料理店「アテンツィオ」へ行くことにした。
店がある商業エリアまでは馬車を使って移動する。
アテンツィオは細い路地の先にあるので、大通りで馬車を下りて徒歩でむかった。
「んっ? あいつはたしか……」
ふとユーノは、店の裏に怪しい人影を発見した。
方向転換し、そいつに近づく。
「ああ、やっぱりそうだ。お前ゴードとか言ったよな? 山でメガドリザードにやられたやつ」
「て、てめえはっ!?」
ヘリオルに来る途中で出会った、いかにも軽薄そうなハンター。
気絶した彼をユーノたちは放置してきたが、どうやらヘリオルには戻ってこれたようだ。
しかし、あの時とは風貌も雰囲気もだいぶ違っている。
服装は薄汚れており髪の毛もボサボサだ。
昼間から酒を呑んでいるのか、顔は赤らみ目はとろんとしていた。
さらに、ハンターならつねに身につけているはずのライセンスが見当たらない。
「もしかしてお前、悪行をチクられてハンターを首になったのか?」
「う、うるせえっ! 違うんだよ、アスティナは俺のことを誤解してるんだ!」
図星だったらしく、元ハンターのゴードはうろたえた。
「誤解もクソもねえだろ。つかお前、懲りずにアスティナにつきまとってんのか? いい加減にしとかねえと今度は牢屋にブチこまれんぞ」
「うるせえつってんだろうが! てめえには関係――」
そのときゴードは、ユーノの黄金のライセンスを見て息を呑んだ。
驚いたのもつかの間、ふいに唇のはしをつりあげて言う。
「よく考えたら、てめえとアスティナが無事に帰ってこれたのは、あの時俺が身代わりになったからだよなぁ?」
「は? なに言ってんだお前?」
「そのくせ、怪我した俺を見捨てて行きやがって。報酬と慰謝料をいまここで払ってもらうからな」
「えっと、それギャグで言ってるんだよな?」
いたって真剣にゴードは言った。
「そうだな、ひとまず一〇〇万リブラでいいぜ。Z級を買えるてめえにとっちゃはした金だろ」
「アホか」
話にならない。相手にする価値なし。
ユーノは一顧だにせず背をむけた。
「待ちやがれっ! 俺を怒らせねえほうがいいと思うぜぇ?」
ゴードは両手で空気を圧縮し、あからさまにユーノを威嚇する。
「へへっ、いまの俺には失うモンはなにもねえ! 痛い目見たくなかったらさっさと金を出しやがりなッ!」
ユーノは盛大なため息をついて、
「じゃ、さっさと撃てよ」
ふりむくことなく歩きだした。
「待てつってんだろがァッ!」
ゴードが両手を突きだしスキルを発動する。
放たれた空気砲がユーノの背中に迫るが、
――『魔力反射鏡』。
相手の攻撃をそっくりそのまま反転させる魔法を使う。
何気にこれは、最近になって考案した新作の魔法だ。
ヘリオルに来るまで知らなかったが、たいていのハンターにとってユーノの魔法は強力すぎる。
初歩の初歩である魔力弾を最小威力で撃っても余裕で殺してしまう。
そこでユーノは、相手の攻撃を反射させることを思いついた。
ヒントを与えてくれたのは試験前のロベルト戦だ。
彼のように相手を「自爆」させることができれば、殺すことなく無力化できる。
どんなに弱くとも、自分の攻撃で致命傷を負うハンターはいない。
ボッ! 魔力反射鏡に跳ね返された空気砲が、ゴードの胴体を直撃する。
「がはっ……!?」
キリモミ状にふっ飛ぶゴード。
頭から地面に叩きつけられ、またしても意識を失った。
「それにしても腹減ったな」
ユーノは早くも彼のことを忘れ、足早に店をめざした。