第11話・黄金のライセンス
「いやー、うまくいったぜ。大漁っ大漁っ」
ヘリオルの街中をユーノは意気揚々と闊歩していた。
竜石がたんまり入ったバカでかい袋を引きずっているため、道行く人々の視線を一身に集めている。
上機嫌のユーノはまったく気にしていなかった。
ギルド本部へ足を踏み入れる。
ユーノにとっては凱旋だ。
試験を受けた窓口に行き、受付嬢に話しかけた。
「よう姉ちゃん。竜石持ってきたぜ」
「はい――? ええぇっ!?」
書類から視線をあげた受付嬢は、椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。
「な、なんですかその大きな袋はっ? それ以前にあなたは戻ってこないはずでは……!?」
「なに言ってんだ? 竜石が集まったから戻ってきたんだけど」
「竜石って……ま、まさかそれ全部ですかっ!?」
「当たり前だろ。早いとこ鑑定してくれよ」
大袋の紐を解いて中身を見せるユーノ。
受付嬢は目の色を変えて息を呑んだ。
ただちにギルドの職員が召集され、一〇人がかりで竜石の山を別室へと搬送した。
三〇分あまりで鑑定は終了し、ユーノは窓口に呼び出された。
「竜石は合計で一〇万と五〇〇〇オーブです。一体どうやってこれだけの量を……」
受付嬢は素に戻ってつぶやいたが、はっとして事務的な表情を取り戻し、
「し、失礼しました。一般の方にはギルドへの報告義務はありません。いまの発言は忘れてください」
「そいつはありがたいな」
ユーノにしてみれば、攻略隊から稼ぎを横取りしたようなものだ。
できるだけ詳細については話したくなかった。
「最終確認ですが、規定量の竜石をギルドに納め、Z級ハンターの資格を得ることを希望しますか?」
「もちろんだぜ」
「それでは――たしかに受領いたしました。差額の五〇〇〇オーブに関してですが、こちらは同価値の金銭でお返しする形でよろしいでしょうか? 五〇〇万リブラとなりますが」
「ああ、俺が竜石持っててもしょうがねえからな」
「かしこまりました。なおZ級ハンターのライセンスはギルドマスター代行がじきじきに交付いたします。お手数ですが最上階フロアにご移動願います」
案内役が現れ、ユーノは移動を開始する。
ハンター試験を受けた時とは明らかに扱いが違う。
案内された先は階段ではなく、本部に一基しか設置されていない自動昇降機だった。
どこからどう見ても完全な要人待遇。
「おおっ、すげーなこれ。超便利じゃん」
しかしその手の常識に疎いユーノは、自分に対する扱いの差をまったく理解していなかった。
自動昇降機が最上階に着く。
最上階は一フロア丸々がギルドマスターの執務室になっている。
だだっ広い部屋に入ると、生え際が後退した小男が揉み手でユーノを出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました、ユーノ様。当方ギルドマスター代行を務めていますピエトロと申します」
貧相な外見を補うためか、大量の装飾品をジャラジャラと身につけている。
その努力が実っているかどうかは甚だ怪しかったが。
「代行? ってことはギルドマスターはべつにいるのか?」
ユーノは左右を見渡すが、部屋の中にはそれらしき人物はいなかった。
「ええ、ギルドマスターは長期に渡って不在でして、実務は当方が一手に担っているのですよ」
「そうなのか。まあいいけど」
「ところでユーノ様、お茶などいかがですか。実はヒュペリオン山脈の麓で採取した大変希少な茶葉がありましてね」
「いや、いらねえ。おっさんと茶飲む趣味はねえし」
それにヒュペリオン山脈産の茶など、めずらしくもなんともない。
山で暮らしていた時はそれこそ毎日のように飲んでいた。
「それより早くライセンスを渡してくれよ」
「も、申し訳ありません! ただちにっ!」
秘書の女性が豪華な造りの箱をピエトロに手渡す。
ピエトロはその箱を開け、ユーノにうやうやしく差し出した。
「こちらがZ級ハンター様専用のライセンスとなります」
箱の中央には、純金のライセンスが納められていた。
太陽を模した形で、各部に宝石が惜しげもなく散りばめられている。
ひと目で高級品と解る黄金のライセンスを、ユーノは片手で無造作に掴み取った。
「おっしゃ、これで俺もハンターってわけだな! いやぁ感慨深いぜ!」
「あの、ユーノ様。そろそろ箱にしまったほうがよろしいのでは?」
「は? なんで? ライセンスってつねに身につけるもんだろ」
「通常のライセンスはそうですが……」
そのとき、秘書がピエトロに耳打ちをした。
「ユーノ様の接待の最中ですよ。報告は後に――なんですとッ!?」
急に血相を変えて素っ頓狂な声をあげた。
「魔窟が消滅!? そ、それに『破嵐の獅子』が修行の旅に出たァッ!? どういうことです説明しなさいっ!」
魔窟という単語を耳にしたとたん、ユーノは顔を引きつらせた。
(やっべ……。俺が横取りしたってバレたらマズいな)
そこからのユーノの行動は迅速だった。
「ライセンスはたしかに受け取ったぜ。それじゃなっ!」
シュタッと手をあげ、ユーノはギルドマスターの部屋から退散した。
「あっ!? お、お待ちくださいユーノ様っ! Z級ハンターに関するご説明がまだ――」
自動昇降機の扉が閉じ、ピエトロの言葉はさえぎられた。
「ふぅ。危ねえ、危ねえ」
ほっと胸をなでおろすユーノ。
「Z級ハンターの説明がどうとか言ってたけど――ま、たいした話じゃねえだろ」
ユーノはどこまでもお気楽だった。
◇◇◇
それから数日後の夕方。
料理店『アテンツィオ』の厨房で、アスティナはうきうきした気分で調理をしていた。
ユーノが連絡をよこし、店に顔を出すと言ってきたのだ。
以前に約束したとおり、アスティナは彼をもてなすための料理を作っていた。
店はすでに閉めてある。
今晩はユーノ一人の貸し切りだった。
ほどなくして本日の主役が店に現れた。
「いらっしゃい! って、まずは合格おめでとうよね。ユーノの実力ならハンターになれて当然だと思うけど」
「いやぁ、意外と大変だったぜ」
ユーノはテーブル上の料理に目を移して、
「おおぉっ! すっげー美味そうだな! これホントにぜんぶタダで食っていいのか!?」
「もちろん。今日だけはあたしのおごりよ。さ、座って」
椅子を引いてユーノを座らせるアスティナ。
「ところで試験の結果はどうだったの? ユーノのハンターランクは何級?」
「ああ、試験なら落ちちまったぜ」
「は……?」
アスティナが言葉を失う。
「魔法を使う前に試験が終わっちまったからな。いやぁ、あん時はマジで焦ったぜ。次に試験を受けられるのは一年後とか言われるしよ」
「ちょっ、ちょっと待って! 落ちたってそれ本当なのっ!?」
「そうだけど」
「嘘でしょ、それじゃユーノはハンターになれなかったってこと……!?」
真っ青になるアスティナだったが、
「いんや。しょうがねえから竜石集めてZ級ハンターになったぜ」
ユーノはローブから黄金のライセンスを取りだし、見せつけた。
「なっ……! はぁああああああッッ!?」
驚きのあまりアスティナは変なポーズを取った。
「ちょっとユーノどういうことなの! なにがどうなったらZ級なんてことになるのよっ!?」
「話すのは構わねえけど」
ユーノはじゅるりと生唾を呑みこんで、
「とりあえず食ってからでいいか?」
「……はぁ。まったくもう。あんたってホントに常識はずれよね……」
「まあな。おっ、うめえっ! やっぱアスティナの料理は最高だな!」
しばしユーノは夢中で料理を掻きこんだ。
そのあと、詳しい話を聞いたアスティナが心底ぶったまげたのは言うまでもない。