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第1話・魔法使いの旅立ち

 一八歳の誕生日を迎えた翌日、ユーノは旅立ちの準備を整えていた。


「なんだいユーノ。そんな趣味の悪い格好で山を降りようってのかい?」


 白髪の老婆が言った。

 彼女はミレーニア。ユーノの育ての親であり師匠でもある女性だ。

 顔には年相応の皺が刻まれているが、腰はピンと伸びて老衰は感じさせない。

 ユーノとミレーニアは人里離れた山奥にこもって、今日まで二人きりで生きてきた。


「悪いのは俺の趣味じゃない。ばあちゃんのセンスだ」


 ユーノが言い返す。

 服装は首から足元までを覆う漆黒のローブ。

 その襟には同色のフードがついており、全身くまなく黒一色だ。


「ま、あんたが満足してるならそれでいいけどねえ」


 ミレーニアはひとつため息をついて、


「それで、やっぱりヘリオルに行くのかい?」

 

 城塞都市ヘリオル。

 この地域で最大の都市で、腕に覚えのあるハンターたちが集う街だ。


「そうだ。俺はハンターになる。なんか楽しそうだからな」

「あんたが一八歳になったら旅立たせるって約束だからね。ま、外の世界を見てまわるのもいいだろうさ。自分が一体どういう存在なのかよく解るはずだよ」

「俺より強いハンターやモンスターに会えると思うか?」

「世界は広い、とだけ言っておくよ」


 ミレーニアは苦笑混じりに言った。


「そういや、ばあちゃんこそこれからどうするんだ? 同じように旅に出るのか」

「あたしは――そうさね、さしずめ過去を清算し、未来を救いに行くって感じかねえ」


 ドヤ顔で言う。


「なにそれ格好いいな」

「それってどういう意味なんだ、とか聞かないのかい?」

「やめとく。肝心の中身がショボかったらがっかりだしな」

「ったく、どこまでもいけ好かないガキだねえ」

「育ての親に似たんじゃねえか」

「それだけはないね。あたしに似てたら一〇〇倍礼儀正しくて一〇〇〇倍素直な子に育ったはずだよ」


 堂々と言ってのける。

 実力ではとっくに追い越したユーノだが、口八丁ではまだミレーニアに分があった。


「じゃ、俺は行くぜ。達者でな、ばあちゃん」

「ま、せいぜいあたしよりも先にくたばらないことだね」


 憎まれ口を叩くが、これは彼女流の愛情表現だ。

 ユーノはミレーニアの肩の上に視線を移して、


「ウィスプ。ばあちゃんのお守りを頼むぞ」

「承知」


 答えたのは、白い霞のような存在だ。

 霞の中からは、意思を宿した二つの瞳がユーノを見返していた。

 その正体は精霊。

 ミレーニアと契約をかわした光の精霊「ウィスプ」である。


 別れの挨拶をすませるとユーノは歩きだした。


「ユーノ。むこうでなにか困ったことがあったら、このあたしの名前を出すといいよ。どんな問題だろうとそれで一発で解決さね」


 ユーノはふり返らず、手だけを振って言葉に応じた。


 ユーノの背中が見えなくなる。

 ウィスプがミレーニアに瞳をむけて、


「何故」


 精霊の声は空気の振動ではなく、脳内に直接ひびくように伝わる。

 そのため、誰にでも聞こえるわけではなかった。


「なんでユーノに本当のことを教えてやらないのかって?」

「肯定」

「そりゃ、ムカつくからに決まってるじゃないか。腹いせだよ、腹いせ」


 ニヤリと口角をつりあげて言う。

 そう、ミレーニアは世界中の誰よりもユーノのことを理解している。

 彼の強さを文字通り身にしみて解っていた。


「あたしがこの八年、ユーノにどれだけ驚かされ自信もプライドも粉々に打ち砕かれてきたことか。このていどの仕返しは可愛いもんさね」


 くつくつと笑いながら、ミレーニアはあたりを見渡す。

 背後には、今朝までユーノと暮らしてきた家が立っていた。

 築二〇年近く経つ木造家屋だが、壁にも窓にも目立った痛みは見当たらない。

 

 だが、家の敷地から一歩でもでれば――その先には、見渡す限り破壊の爪痕がひろがっていた。

 東西南北、全方位が破壊しつくされている。

 唯一ミレーニアの家だけが、台風の目のごとく被害をまぬがれていた。


 一面にひろがる巨大なクレーター。

 横っ腹に大穴を穿たれ、崩れ落ちた山々。

 きわめつけはその上に横たわる巨大な真龍の死骸だ。

 これらはすべて、ユーノが一人でしでかしたことだった。


「これから楽しくなるよ、ウィスプ。世界はユーノに引っかきまわされ、そのうち天と地が引っくり返って文字通り驚天動地の大騒ぎになる。惜しむらくは、あたしがこの目でそれを見届けられないことだけどねえ」

「性悪」


 あきれたようにウィスプが言った。


「ふん、いまさらだよ。だけど真面目な話、そうなってもらわなくちゃ困るのさ。あたしのように次の階梯ステージに到達する人間が出てこなきゃ、これから訪れる『大いなる運命』には太刀打ちできないからねえ」

「話長」


 ウィスプがぷいっとそっぽをむく。


「自分から話ふっといてなんて言い草だよ、まったく。この無愛想精霊が旅の連れだなんて、先が思いやられるねえ

「同感」

「ま、いいさ。あたしらもそろそろ出発するさね」


 ミレーニアがスッと目の前を指差す。

 ヴンッ! 次の瞬間、指先を起点に白く輝く「裂け目」が出現した。


「よっこらせっと」


 裂け目へ無造作に片足を踏み入れるミレーニア。

 ふと思いたち、彼女は動きをとめて首を横にふりむけた。

 ユーノが歩きだした方角を見つめ、やわらかい微笑をうかべて言う。


「また会える日を楽しみにしてるよ、ユーノ。あたしのたった一人の孫にして、世界でただ一人の魔法使い――」


 ミレーニアとウィスプが裂け目の奥へと姿を消す。

 ヴンッ! 裂け目が消えると、そこには主なき木造の家だけが残された。

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