マーシャの手紙
『親愛なるトスカ。再会が文章ですまないと思っているよ。
おそらくティータ村長から話を聞いているか、またはミルダ様から話を聞いているかもしれない。
もしここが最初だったら、本当にすまない。
私は周囲の『音』を見て分かると思うが、すでにこの世界には居ない。かといってマオちゃんの様に別の世界へ帰ったわけではない。
私はマオちゃんと同じ世界から来た人間だ。ただ、少しだけ特殊な能力を持っている。トスカと同じく『音を操る能力』さ。
誰もがこの能力を持っているわけでもなく、むしろ私の元々居た世界では『魔術』というものが無いに等しい。
だから、マオちゃんの能力を見て驚いた。母国の言葉だけではなく、魔術に近い力を使うということは、私の世界もずいぶんと変わったのだろう。
私の死は決して無駄では無いとトスカが証明して欲しい。トスカが認めた人なら私は文句を言わない。
私はやりたいことをやりきった。トスカという子を無事に見送ることができた。
トスカは今一番やりたいことをやって欲しい。
大陸を一周したなら、そこで見た物から何かを掴んで欲しい。
一周したからこそこのタプル村が良いと選ぶならそれでも良い。
唯一つ。
私の形見のクラリネット。いや、私の父から授かったクラリネットをこれからも大切にしておくれ』
数枚に分かれて書いてあった手紙を読み終えると、自然と涙が流れていました。
マーシャおばちゃんが残したものは『僕』だけで、『僕』こそがマーシャおばちゃんの全てだったということに、言葉が出ませんでした。
「……クラリネット」
マオがポツリと呟き、はっと思いついた表情を浮かべました。
「……疑問だった。記憶が無かったという理由も有るけど」
「どうしました?」
「……そもそもこの世界にはクラリネットという単語が無い。それに近い単語も存在しない。ガラン王国の楽器やミッドガルフ貿易国の楽器も名前はあるけど、この世界の言葉ではない」
「そう言われればそうね。自然とその単語で楽器名を呼んでいた感じだけど、実際その意味ってわからないわね」
言われて初めて気がつきました。そう言われればそうかもしれません。
「ゴルドが生きていた時代には楽器ってあったのですか?」
「うーん、ボクも大陸を巡ったけど楽器というものには遭遇しなかったですね」
「となると、これら楽器も異世界……マオの故郷から伝わった何かなのかもしれませんね」
謎は深まるばかりです。悲しんでいる場合ではありませんね。
涙をふき取るとシャムロエが話しかけてきました。
「それで? トスカがやりたいことは決まった?」
「はい。まずはゴルドの提案した『精霊の森』に行くことです」
「それって私とマオについての手がかりが有るかもしれないという話で、トスカに関係しているかは分からないわよ?」
「そうとも限りません。『精霊の森』にはその名の通り精霊がいるとも言われています。もしかしたら僕の『音』の力について何か手がかりがあるかもしれません」
鉱石の精霊ゴルド。森の精霊エルフと人間のハーフのティータ村長はどちらも長寿です。もし言い伝え通り『精霊の森』に精霊がいるのなら、何か聞き出せるかもしれません。
「あー、まあ、『原初の魔力』という観点から手がかりが無いわけでは無いですね」
ゴルドがあやふやな呟きをもらしました。
「何か知っているのですか?」
「『精霊の森』にはティータの母親の同族である森の精霊エルフと、土の精霊ノームが住んでいます。特に土の精霊は原初の魔力の『鉱石』とは親密な関係でして、何か良い情報を得られるかもしれませんね」
原初の魔力という単語に少し反応しました。確かに音というのは特別な分類に区分けされているのでしたっけ。えっと……あとはー。
「……音、鉱石、光、時間、神」
「心を読みましたね。というか『神』ってなんですか?」
「……存在があやふや。無を有にする。または無から有になった存在」
「よく分からないわね」
「……マオもわからない。ただ、そうマオの頭に記憶されている」
原初の魔力についてもう少し『魔術研究所』で調べればよかったでしょうか。
とはいえ時間はまだまだあります。やれることを少しずつ行っていきますか。
「まずは精霊の森へ行きましょう!」




