異世界の昔話
「……多分これはマオの土地に伝わるお話」
そう言ってマオは語り始めました。
ある町に大量のネズミが発生しました。
そこへ一人の青年が現れました。
彼は大きな笛を持っていました。
『俺の笛の音で、ネズミたちを追い出して差し上げましょう』
そう言って彼は笛を吹き、見事ネズミを追い払いました。
彼は町の人たちから感謝されました。
しかしそれを良く思わない人もいました。
良く思わない人は悪い噂を流しました。
『彼は感謝されたくて、わざとネズミをこの町に放った。全て彼の策略だった』
その噂は町の大人たち全員が信じ、やがて青年を町から追い出そうと決めました。
小石や木の枝を投げられた青年はこの町から出て行くことを決めました。
しかし心残りがありました。
小石や枝を投げるのは大人たちで、子供達は影からそっと心配そうに見ていました。
その子供達の輝く瞳に心を撃たれた青年は子供達だけでも助けようと決心しました。
夜、青年は行動しました。
その手にはネズミを追い払った笛を持ち、『特別な音』をならしました。
『この音が『見える』子供達は俺についてきなさい。一緒に自由を手に入れよう』
そんな願いが込められた音につられ、子供達はついていきました。
翌朝。町から子供達は居なくなっていました。ただ一人、盲目の少女だけが残されていました。
少女は『音は聞こえて、言葉も聞こえた。けれど足を捻って動けなくなった。ねえ、皆はどこ?』と言い、大人達はその少女の前にしばらく沈黙したそうです。
後に盲目の少女は隣町の男性と恋に落ちました。
目は見えないのに、手を叩けばわかるそうです。
彼女は『私にとって音は目』だそうです。そして時々彼女はその音に触れて手の中で混ぜて遊び、自身の嫌いだった部分を克服していました。
消えた子供達はどこへ行ったかはわかりません。もしかしたらこの世から去ったのかもしれません。同時に青年も消えたことに気がついた大人たちは全力で探しましたが見つかりませんでした。
盲目の少女は後に子を産み……。
「……残念ながらここで途切れている」
パタンと本を閉じるマオ。呼吸を忘れるほど興味深い内容に本を閉じる音で我に返りました。
「『ネクロノミコン』は単なる呪文が載っている本ではないのね」
「……謎に満ちている。呪文が書いてあったと思ったら、次の頁では料理の作り方が載っていたりする」
「なかなか興味深いわね」
異世界の料理に僕も若干興味が沸きましたが、後回しですね。
二人の記憶を探す旅のつもりが、予想外にも僕の能力に関する情報でした。
「ともあれ、目指す土地は海の地『リュウグウ』ね。途中ガラン王国やタプル村にも寄れるし、久々にゆっくりと休憩でもしましょう」
「はい。マーシャおばちゃんにも色々と報告しないといけませんしね」
次の目的地は定まりました。引き返す形になってしまい、今後どうするか悩みどころでしたが、『ネクロノミコン』にヒントが隠されていて良かったです。
☆
ミッドガルフ貿易国に少し長居をしてしまった気もしますが、フーリエに感謝ですね。宿が無かったら毎日が野宿かお金を稼ぎながら二人の記憶を探すあわただしい日々が続いていたでしょう。
「ではフーリエ、また会いましょう。次はガラン王国ですね」
「はい。お待ちしております! ガラン王国のお店は改修工事が終わって凄くきれいになりましたよ!」
そういえば前回、壮大に破壊されたんでしたっけ。どれほど優遇してもらったのやら。
「俺はまだここに残るぜ。まあガラン王国の近くに俺の家もあるから、また会えるかもな」
シグレットと握手を交わし別れを言いました。
「今後も良い薬ができることを祈っていますよ」
「ああ。ありがとな」
そしてその隣を見ると。
「笛吹きの兄さんとはここで別れかー。さびしいなー」
「凄く棒読みですねミッドガルフ王『さま』」
「背中がかゆいからその読み名はやめてくれ」
苦笑するミッドガルフ王。
わざわざお忍びでお見送りに来てくれたそうです。
何でもキューレ騎士団長が行方不明ということでなかなかの大騒ぎとのこと。最初は側近に軽く用件を言って外に出ようと思ったら兵士総出で止めにかかられたとか。
「よく外に出れましたね」
「商人は複数の逃げ道を確保するものさ。まあ、まもなく兵達も来ると思うがな」
案の定と言うべきでしょうか。寒がり店主の休憩所に一人の兵士がやってきました。
「いました! 確保ー!」
「騒ぐなよ。言うこと聞いて戻るからさ。じゃ、笛吹きの兄さん。また会おうな」
「ええ。お元気で」
そう言ってミッドガルフ王は店を出て行きました。
「そういえばガラン王はすでに戻っているのかしら?」
シャムロエの素朴な疑問にフーリエが答えました。
「キューレ騎士団長様の一件からすぐに出発されました。王の命が第一ということで、緊急避難ですね」
「……お互いの国の信頼関係は大丈夫?」
「聞いてみないと分かりません。ワタチもあっちのワタチがガラン王を見かけただけなので」
国の代表がいる状態での事件。詳細が伝わっていなくても起こった場所はミッドガルフ貿易国です。せっかく色々決まった後なのに、振り出しに戻ったら意味が無いですよね。
「通り過ぎるけれど、最初にタプル村に行くほうが良いかもしれないわね」
「そうですね。数日経てば落ち着くでしょう」
そう言って、僕は生まれ故郷のタプル村へ向かうことになりました。
☆
「なんだか久しぶりの気がしますね。この空気」
「そうね。思えばここから私達の旅って始まったんだっけ」
「……ん、あっという間」
「タプル村ってここだったのですか。なるほどなるほど」
ガラン王国領地の大草原。少し盛り上がった場所の頂上に上ると、そこからタプル村が見えました。
その少し離れた場所にはシャムロエとマオが現れた墓地が存在します。
「へえー、おそらくあそこの墓地からシャムロエとマオが現れたのですね」
ゴルドが透明な硝子を二枚重ねて見ています。遠くを見るための方法でしょうか。
「そうですね。あの時は確かシャムロエは全」
「せい!」
「ぐあ! な、何を!」
「何をじゃ無いわよ! マオが居たから良かったけど、恥ずかしかったんだからね!」
「……正直、気がついたら『全裸の女の子』を踏みつけているとは思わなかった」
「きゃあああ!」
「……むぐ、しゃふほへ、はなひへ」
「お仕置きよ! このこのこのこの!」
マオの頬をフニフニするシャムロエ。まあ、確かにあの状況は僕も驚きました。
「それにしてもちょっと変ですね」
不意に周囲を見回しましたが、この辺なら見える『音』が見えません。
僕がキョロキョロと周囲を見ていると、ゴルドが話しかけてきました。
「どうしました?」
「いえ、マーシャおばちゃんの音が見えないのですが……」
「どんな音なのですか?」
「まあ、普段はクラリネットなのですが、今は僕が持っているのでおそらく別の楽器を使っていると思うのですが……それも『見えません』」
疑問に感じつつタプル村へ行くと、いつも門番をしているお兄さんが僕を呼びました。
「と、トスカ! トスカか!」
「ガルアさん。お久しぶりです!」
「ああ、元気だったか。手紙も無いから心配してたぞ」
「あはは、色々あって。すみません」
「なんと! トスカだって!」
「ああ! トスカだ!」
村人が次々と僕のところへ歩いてきました。
「……状況把握した。シャムロエ、これはシャムロエが適任」
「ボクもそう思います」
「へ?」
後ろで何か話し声が聞こえましたが、それよりも今は最優先事項があります。
「あはは、皆さん。お久しぶりです。後ほどご挨拶に行きますので、最初にマーシャおばちゃんのところへ行ってきます」
「あ、ああ」
僕の言葉に周囲の声が静まり返りました。
「あ、あの、そういえばマーシャおばちゃんの演奏が聞こえないのですが、今もしかしてお昼寝でも?」
「と、トスカ……もしかして知らないのかい?」
「ああ、そりゃそうだよな……」
「へ?」
そしてマオとゴルドがおそらく『心情読破』を使ったのでしょう。村の人が言った真実に、しばらく気が動転してしまいました。
「マーシャさんは亡くなったよ。ちょうどトスカが旅立った翌日……いや、当日かね。その……とても良い笑顔だったよ」




