実験の成果
寒がり店主の休憩所に戻った僕とシャムロエが最初に見た光景は、とてもオドロオドロしいものでした。
「……我、混沌に眠る夢魔へ呼びかけそうろう」
「荒波に渦巻く曇りなき眼の~」
「ワタチ……こほん、我の言葉に耳を傾け」
「はい、フーリエ。間違えたのでやり直しです」
「ええ! 今ここまで来ましたよ! 続けましょう!」
「一体何をやっているのよ」
さすがのシャムロエも苦笑しています。
「あ、お帰りなさいませシャムロエ様。今このビンの中の水の色を変える実験をしていました」
「それであんな変な儀式が必要なの? やっぱりその『ネクロノミコン』は変ね」
「……シャムロエの意見も間違いではない。実際回りくどい呪文が多い。火を出すだけでかなり長い文章が書かれていたり、中には魔術とは関係の無いものまで書いてある」
「へえ。というかずいぶんと解読が進んだのね。シグレットの成果かしら?」
「あー、そこの魔術師ちゃんがすらすらと読み始めてな。俺は手も足も出なかったさ」
マオが凄いというべきか、それとも異世界の本だから読めたから当然というべきなのか、なかなか判断が難しいですね。
「それはそうと、そこまで解読が進んだのなら一つ質問良いですか?」
「……ん?」
「『ネクロノミコン』に記憶を取り戻す呪文は無いのかなと思いまして」
率直な質問に全員の視線はマオに集まりました。
「……期待の眼差しが眩しい。でも残念なことにこの本には書いていない。書いていたらマオの記憶をまず呼び出している」
「そう言われればそうですね」
なかなか世の中上手く行くとも限らないという事ですね。
「……でも、二つほど興味深い内容はあった」
「興味深い内容?」
「……一つは『時間を吸い取る箱』のお話。これはさっき言った『呪文では無い部分』に書いてあった」
「時間を吸い取る箱……」
反応したのはフーリエでした。何か心当たりがあるのでしょうか?
「……限定的ではあるけど、その物の時間を吸い取る箱というものが存在するらしい。どこにあるかはわからないけど、『原初の魔力』に関連した物だと書いてあった」
「まさか」
そう言ってフーリエは黙り込みました。目を閉じて頷いています。
「フーリエ?」
シャムロエが肩をぽんと叩くと、フーリエはにこっと笑いました。
「その箱なら『別なワタチ』の近くにあります。少し遠いですが、そこまで来てくださればご案内しますよ!」
「さすがは大陸の情報を握っているだけあるわね。でも時間を吸い取るのと記憶を戻すのってどこか関係しているのかしら?」
「……昨日まで覚えていた内容を今日は忘れていたとする。その際昨日の状態に頭の中の時間を巻き戻せば昨日覚えていた内容は復元されるという仕組み。上手く行くかは分からない」
「うーん、ちょっと怖いけど実験する価値はあるということね」
つまり、次に向かう場所はその箱の場所ということですね。
「フーリエ、その箱はどこにあるのですか?」
「ガラン王国の南。ミルダ大陸の最南端にある『リュウグウ』と呼ばれる地です」
「国なのかしら?」
「いえ、国としては認定されていませんが、貴族や観光客が長期休暇を過ごす場所として有名になりつつある場所です!」
というと、『寒がり店主の休憩所』でも一番お客さんが多く来る場所でしょうか。
「海の地ですか……。そこにフーリエの店はあるのですか?」
「残念ながらそこにだけワタチの店はありません。変わりに『リュウグウジョウ』という施設はあります。そこの店主の補助をワタチがやってます」
全フーリエが店主かと思ったら、場所によっては補助に入っているのですね。全フーリエというのも変な単語ですが。
「じゃあ次はそこの土地へ目指しましょう。どうせガラン王国にも行きたいでしょ?」
僕をチラッと見るシャムロエ。まあ、マーシャおばちゃんにも会いたいですし、報告はしたいですよね。
「……もう一つは多分『トスカについて』関係する文章だった」
「僕ですか?」
マオが『ネクロノミコン』を持って読み始めました。
「……ある土地に現れた『音を操る男』のお話。興味ある?」
「はい。是非聞かせてください」




