騎士団長キューレ
キューレが腰の剣を構えて僕達を睨んでいます。先ほどの目つきとは全く異なります。
「シグレット、一体どういう事ですか?」
「そこの精霊から少し聞いてな。あの書物は『使えない術も解読ができるのと、魔力さえあれば使用可能になる』っていう代物さ」
「それと今のキューレとの会話はどういう繋がりが」
「あいつはさっき言っただろ? 『神術』しか使えないって」
「まあ」
「だったら何故そこの精霊が魔術の指示を出した時、何の躊躇いも無く放ったんだ?」
確かにその通りではあります。
確か『火球』は魔術の分類で、『神術』は心を読む術など。系統が異なっていて、魔術師は使い分けを行っていると言ってましたっけ。
「……でも、何故シグレットがその会話を知っている。シグレットが駆けつけたのはこの爆風の後の筈」
「悪いな。トスカに『心情読破』を使わせて貰った」
「え!」
「状況が一瞬で把握できるからな。悪いな」
それは良いのですが、シグレットって数百歳ですよね? てっきりフーリエと同じで悪魔か何かだと思っていたのですが。
「ああ? 俺は人間だぜ。ただ、ちょっと薬で長生きをしているだけだ」
確かそんなことを言っていました。てっきり言葉の文だと思っていましたが、本当だったのですね。
「おしゃべりはその辺にして、そろそろ私の相手でもしてもらおうか?」
「おっと、別にかまわないが……戦う理由は?」
「ふん。私の独断だ。この世界は『ヤツ』の作った物や『異物』が多くてな。『あの方』の邪魔になるものはできるだけ排除したいと思ったんだ」
一体何を言っているのか意味が分からないです。
あの方というのは……ミッドガルフ王とは思えません。
「おっと、その前にその本はこちらで預かろう。『あの方』が恐れた数少ない道具だからな」
「……させない。『プル・グラビティ』!」
マオが『ネクロノミコン』を引き寄せて僕が本を受け止めました。
「少年。その本をこちらに渡せ。そうすれば助けてやる」
「ずいぶんと上から目線ですね。昨日までの貴女とは別人ですよ」
「バレたのであれば隠す必要も無い。なかなか『心情偽装』を維持するのは辛かったがな」
そこまでしてやりたい事とは一体。
「……! トスカ、マオの背に!」
見えない何かが迫ってくる感じがしました。マオが間一髪で魔術の壁を生成して守ってくれました。
「あ、ありがとうございます」
「……お礼は良い。それよりもここから逃げる方法を考えないと」
「逃がすとでも?」
いつの間にか後ろにキューレは立っていました。
「おっと、背中は俺の陣地だ。『空腹の小悪魔』!」
「うむ? 闇の魔術だと? なかなか面白い術式を使えるな」
「先生が良かったんでね」
目に翼だけが生えた気色の悪い生物が召喚されて、キューレに飛びつきます。
しかしキューレの剣により一瞬で粉々に消え去りました。少し可愛そうにも思えます。
「はは、神の使者相手にこれほど長い時間を使わせたのは初めてだろう。いや、そこの『鉱石精霊』とそこの娘の親族が最長か?」
キューレは何か楽しむように踊りながら『空腹の小悪魔』を切り刻んでいます。
「シグレット、何か良い手は!」
「あるわけ無いだろ! ミッドガルフ王が来ないということは神術が使われたんだろうし」
「……多分範囲を指定した『認識阻害』。あれだけの爆風を立てておいて、その後来たのはフーリエとシグレットだけ。外に出ないと打破できない」
「ならばその『認識阻害』を消せば良いのですね!」
僕は思いっきり息を吸いました。
「む?」
キューレが僕を見て何をするのかと身構えました。
そして、思いっきり高い音を響かせました。
『神術』が消し飛ぶ音。そう念じて立てた音は城中響き渡り、何か靄が飛ぶような気もしました。
「なっ! 貴様、どうやって」
「……ビンゴ。そしてトスカ、ないす」
「意味はわかりませんが、とりあえず良かったということですよね!」
「くっ! 『認識阻害』!」
再度周囲に何か結界の様な物が張られた気がします。再度音を出してもまた『神術』を使われるのでしょうか。
そんな葛藤としている中、僕の頭に声が響きました。
(あはは。お困りの様子だね)
聞き覚えのある声です。これは……。
「くっ! 今取り込み中です! 何の用ですか!」
「……トスカ? 何か聞こえるの?」
「はあ、はあ、それよりも傷を治すような音を貰える?」
心配そうに僕を眺めるマオと、立っているだけで精一杯のシャムロエが僕に声をかけました。この声は僕にしか聞こえないのでしょうか?
(そうさ。それに、先ほど『認識阻害』を一瞬でも解いたから僕が気がついたのさ。ファインプレーだよ)
「意味がわかりません! 僕に話しかけるなら後にしてください! もしくはここへ来てください!」
(そうしたいのは山々なんだけど、僕が地上に降りるのは難しくてね。お手軽方法だとそこの『鉱石精霊』の体を借りるくらいかな?)
「借りる?」
(ああ。今回の出来事は僕にも責任がある。だから少し手伝わせて欲しい。そこの『鉱石精霊』を眠らせてくれるかな?)
「なんとかしてくださいね『自称神様』! そしてゴルド、すみませんが少し寝てください!」
「え、あ、一体……」
ゴルドの有無を聞かずに僕の取った行動は一つ。
本来『眠る』という行動を行わない精霊に対して『眠って』という命令を込めた音。
ゴルドには申し訳ありませんが、この状況を打破するにはこれしかありません!
「トスカ、一体何を!」
「……ゴルドに……音?」
僕の奏でたクラリネットの音はまっすぐゴルドを突き刺し、そしてゴルドはその場で倒れました。
「と、トスカ! ゴルドにトドメを刺したの!」
「……人でなし」
「違います! 打破する可能性に賭けただけです!」
「何をごちゃごちゃと言っているんだ!」
「!」
キューレが再度見えない魔力の球を僕らに向けて発射しました。
マオが急ぎ魔術壁を生成しようと……。
「それでは遅いかな。これくらい強くないとキューレさんには勝てないよ?」
目の前にはゴルドが立っていました。しかしいつもと口調と声色が異なります。
「その声、その魔力、貴様、カンパネか!」
キューレの発言に僕以外の人は皆驚きました。




