パムレット専門店
ガラン王がミッドガルフ貿易国に来た理由は商人の行き来についての規定を固めるというものでした。
現在ガラン王国とミッドガルフ貿易国の間ではきちんとした決まりは無く、比較的自由に商人が行き来できるそうです。
ちなみにミッドガルフ貿易国とゲイルド魔術国家間では規定があり、許可証が国から発行されるとのこと。
ゲイルド魔術国家の場合は色々な薬草や素材が行き来する上で、中には危険な薬物もあるのだとか。
「無法地帯よりはむぐむぐそうやって決めた方がむぐむぐ安全よね」
「……シャムロエ、パムレットは逃げない。ゆっくり食べる(ブウン)」
「その『まるで空間を切り裂く音』をたてながら食べているマオに言われたくないわよ。ほら、口の周りにクリームがついているわよ」
「……むむ、拭き取ると勿体ない」
いや、さりげなく『まるで空間を切り裂く音』を出しておいてそののんびりな感じはなんなのですか。
僕達は今、パムレット専門店のミッドガルフ店に来ていました。
フーリエの情報通り店の中で食べられる場所があり、そこで優雅にパムレットを食べていました。
丸いテーブルに『五人』が座り、もくもくと食べていました。
「……ゴルドも早く食べると良い。逃げないとはいえパムレットはできたてが最高。芸術の塊」
「え、ええ。その、あはは」
いや、無理もありません。
ゴルドの隣にはガラン王国騎士団団長の『キューレ』が凄い難しい顔をして座っているのですから。
「何故私が……」
普段厳しい職場の所為なのか、それとも鎧を着ている所為なのか。ともあれ場違い感が凄いですね。
「ガラン王から言われた任務なのですから、遂行するのは騎士として当然では?」
とりあえず僕がそんなことを言ってみると、キューレの鋭い視線が僕を突き刺しました。
「ふむ、確かにそうなのだが……なにゆえこの『ぱむれっと』という食べ物は初めてでな」
ガラン王国に来てすぐに騎士団に入隊すれば、国の特産物のパムレットを知らないのも納得ですね。
「……パムレットを知らない?」
「ああ。普段は野菜を炒めた物、肉を炒めた物。そういう料理を食べているが、これはまるで見たことが無い。これは一体『何なのだ?』」
その言葉が聞こえた瞬間マオは立ち上がりました。
「……パムレットは何か。それは人間は何故生きているかという質問と同じくらい奥が深い。まずこの造形。ふわふわの生地にクリームが挟まれているという至って単純な形から生み出される無限の可能性は単純な形だからこそその可能性をさらに引き出されているもの。もしこれがかなり手の込んだ形であれば答えはそこで留まっている。しかしこのパムレットの形は単純故に可能性を引き出すことができる。そして何よりこのふわふわの生地が甘いクリームを包み込むことで世界が生まれる。そう、世界。パムレット界においてこの単純な世界こそが答えであり疑問でもある。そして……
がパムレットなのだとマオは思う!」
大体十分くらいですかね。マオが熱く語り、最後は満足したのか大きく鼻息を鳴らしました。
「トスカ、良く平然といられますね」
ゴルドが苦笑しながら僕に質問をしてきました。
「ん? ああ、途中から僕へ来る音を遮断して、目の前のパムレットを食べていました」
「……なっ!」
あ、なにやら言ってはいけない事を言った気がします。
「……トスカには補習を受けてもらう必要ができた。宿でじっくりと話をするか、今一瞬で頭にたたき込むかの二択を選ばせてあげる」
ん? どっちかと言われると、今一瞬で頭にたたき込まれる方が楽な気もしますが。
そう疑問を浮かべているとゴルドが再度苦笑しながら僕に話しかけてきました。
「神術の中には相手の心を無理矢理ねじ曲げる『心情偽装』というものがあるのは知ってますよね? もしトスカがマオからパムレットについて『心情偽装』を使って頭にたたき込まれたら……」
「たたき込まれたら……?」
「その後、トスカはきっとパムレットという単語しか話せなくなるでしょう」
それってどんな凶悪な魔術よりも危険ですよね!
というかレイジに『心情読破』を使わせてパムレットを無理矢理ねじ込ませた実績もあるので、それ以上の被害があると言うことですよね!
「む? レイジが『心情読破』?」
反応したのはキューレでした。え、まさかキューレも『心情読破』を?
「あ、ああ。すまない。あまりに貴方が頭を抱えていたので覗かせて貰った」
「意外ですね。魔術も使える騎士がいるとは」
「あ、いや。私は『神術』しか使えない」
「!」
「神術しか?」
「正確には今のところだ。記憶が無い故に忘れているのかも知れないが、神術だけは使えるらしい」
「そうなのですか」
とはいえ、僕の周りは心情読破を使える人が多くて困りますね。
「……シャムロエ、パムレットが消えた。新しいパムレットを所望」
「消えたんじゃなくて食べたんでしょ。仕方が無いわね。ミッドガルフ王のご厚意で半額だし、おかわりでもしようかしら」
「うむ、私も行こう。ガラン王の命により『ぱむれっと』の味を覚えるよう命じられたからな」
そう言って三人は店のパムレットが並んでいる場所へ歩いて行きました。
そんな中、ゴルドだけは椅子に座って険しい顔をしていました。
「どうしました。ゴルドが真剣な顔をするのは珍しいですね」
「ああ、すみません。ただ少し気になった事がありまして」
「何ですか?」
「『神術』しか使えない存在は一部を除いていない筈なんです」
「一部?」
「そうです。本来神術と呼ばれる術は『神々が使っていた術』です。そして魔術を使える者なら誰でも使える特別な術となります。悪魔の魔力を持つ者は呪いで神術は使えませんが」
「まあ、今まで出会ってきた人は悪魔を除いてそうですよね。ネクロノミコンを使うと悪魔でも神術は使えるそうですが」
そして一つの疑問が生まれました。
「神術が使えるのに魔術が使えないというのは、考えられる種族として一つだけ心当たりがあります」
「それは?」
「神の使者。カンパネと同類。それ以外は考えられません」




