一難去ってまた一難
「ぐう、不覚。このワタクシを捕まえるなんて」
「さあ、早くゴルド様に『ネクロノミコン』を返してください」
フーリエがロープで身動きを封じているレイジに話しかけますが、残念ながら交渉には応じない対応をしています。
「『風爪』……うん、この辺りにはあるみたいですね」
ゴルドが右手から小さな風を生成して何かを確かめます。
「今出した魔術は本来ゴルドには出せないのですか?」
「はい。これは『風の精霊術』で、ボクは『鉱石の精霊術』しか使えません。魔術とはまた少し異なった分類なのです」
「魔術に縁が無いとなかなかその区別が難しいですね」
そう言って僕は周囲の音を見ます。
何やら四角いものがうっすらとレイジの隣に落ちています。
「なるほど。ゴルドにかかっていた『凄い認識阻害』で包まれているのですね」
「見えるのですね」
「見えない何かがあるという感じです。僕も不思議に感じますが……とりあえず」
僕はクラリネットで適当に音を鳴らし、その四角い何かに向けて放ちました。
すると。
「こ、これは」
禍々しい黒い本が現れました。それこそがネクロノミコンというやつでしょうか。
「なっ、純粋な『神術』までも……やはり貴様は最初に出会ったときに始末するべきでした」
キッとシャムロエがレイジを睨み黙らせます。
「……マオもようやく『ネクロノミコン』を目視できるようになった」
「そうなるとレイジはこの本を見えていたのかが不思議ですね」
認識阻害が使われていたということは普通見えないはずですよね。でもレイジはこれを見つけていた。
「……答えは単純だった」
マオが目を黄色に光らせて答えました。
「……このレイジには『心が無い』。つまり、人間的な『感情』が存在しないから、ネクロノミコンを見つけることができた」
「えっと、悪魔だからですか?」
「……少し違う。それだとフーリエも同類になる。レイジは心もすでに悪魔に染まっている。だから隙があればトスカをいつでも狙っている」
「僅かな心ですら読んでくるとは、小さな魔術師もまた強いですね」
レイジがずっとロープを力ずくで切ろうとしていたのはずっと僕を狙っていたのですか。少し背筋が凍りそうでした。
「……大丈夫。シャムロエがずっと見張っている。マオも守っている」
「ありがとうございます」
「良いのよ。それよりもそのネクロノミコンはどうするのよ?」
そう言ってシャムロエはゴルドを見ました。
「そうですね。しばらくは僕が持つことにします。本当は魔術研究所にでも渡したいのですが、郵送は危険そうなので」
「あ、だったら俺に少し内容を教えてくれないか?」
そう言い出したのはシグレットだった。
「え、あ、悪用しなければ」
「中身は読めないから悪用もできないさ。ゴルドに読んで貰うという条件下でしばらく内容を教えてほしい」
「まあ良いですけど」
ネクロノミコンはとりあえず誰がどうするかが決まりました。あとは。
「レイジをどうするかですね」
「マオの聖術一発で倒せるんじゃ?」
「マオに人殺しをさせるのですか?」
「まあ、それもそうよね」
なんだか教育方針を決める親みたいな会話ですね。相手は悪魔なのでそれほどほっこりした会話では無いのですが。
「ワタチに良い考えがあります」
「フーリエが?」
「はい。まず『空腹の小悪魔』を召喚します」
おぞましい目と羽の悪魔が召喚されました。
「そしてレイジを見せます」
ギロっと悪魔はレイジを見つめました。
「食べさせます」
「マオ! あっちにパムレットがあります!」
「身長より大きいパムレットよ! ほら、ゴルドも見えるでしょ!」
「『銅壁』『銅壁』『銅壁』『風爪』! あ、あそこにはパムレットのモニュメントまで! パムレットのお祭りでしょうか!」
突如ミッドガルフ貿易国の広場の中心からパムレットの形をした大きめの銅像が三つ現れました。
「……ふおおおお! ぱ、パムレット祭。事前情報には無い。これは一体」
「きっと不定期なのよ! ほ、ほら! 一緒にパムレットを食べに行きましょう!」
「ボクも行きましょう!」
「……シャムロエもゴルドもパムレット好きだったとは知らなかった。マオ感激」
そう言って三人はゴルドの作ったパムレットの銅像の場所へ走って行きました。
「す、すみません。配慮が足りませんでした」
振り返るとおそらくそこにはレイジがいた場所は黒い痕跡が残っています。どう見てもこれは血ですよね。
「いや、これは悪魔の魔力だ。そしてレイジは最後まで笑っていた」
話したのはシグレットです。
「どういうことですか?」
「あいつはそもそもネクロノミコンを持っていた。つまり、館長の様に自身を増やせるなら既に増やしているんじゃ無いか?」
「あ」
一件落着と思いきや、まだ一難は去っていなかった事に今気がつきました。




