寒がり店主の休憩所
三件ほど宿を巡り、全てが想像以上の値段を提示され、途方に暮れていました。
まさか銀貨十以上を求めてくるとは。しかも一泊ですよ?
「あはは、まあ状況に応じて野宿をすれば問題は無いわけだし」
「でもさすがにこの天気は……」
空を見上げると少し雲が見えました。これは夜になると雨が降りそうですね。
「せめて今日の宿だけでも見つけなけれ……ば!」
そう意気込んだ瞬間でした。
目の前に凄く厚着の服を着込んだ『何か』が立っていました。人であることには間違いありませんが。
このガラン王国は大陸の中でもそこそこ暖かい地方だと思いますが、まるで北の地方の住人かと思うほど暖かそうな布に巻かれています。
「……あれは関わって良いとは思えない」
「人を見かけで判断してはいけませんよ。ただ……ちょっと今だけは後ろに引き返しますか」
マオが僕の服の裾を先程からクイクイと引っ張るので、それに従おうとした瞬間でした。
「宿をお探しですか?」
モコモコの物体から発せられた声は思ったよりも高く、女の子とも思える声です。思ったより……幼いのでしょうか?
「は、はい。しかしどこも物価が高くて」
「でしたら、少し古い建物ですが雨風を凌げるほどの宿ならありますよ?」
「おお、でも値段は?」
「そうですね。今日は野菜などの採取も行えたので、銅貨五枚でどうですか?」
他と比べると格安です! というか大丈夫なのですか!
「ねえトスカ……大丈夫なの?」
「……怪しさの塊」
「ま、まあ、この際選り好みはできません。今日は雨も怪しいので、一日お世話になりましょう」
「ありがとうございます! こちらです!」
そして案内されたのは商店街の奥の細道を通った先にある小さな建物。それはとても古く、何か出そうな雰囲気を醸し出していました。
「ようこそ。ワタチはフーリエと言います。お店の名前は『寒がり店主の休憩所』なのです!」
☆
中に入ると、埃は少ないですが壁などが所々修復されている跡がありました。
一言で言えば強い風が吹いたら大丈夫? とも思える建築物です。
「えっと、フーリエで良いかしら?」
「はい。宿の名簿に名前を書くので、名前を教えてください」
「シャムロエよ」
「しゃむろ……え?」
店主のフーリエの手が止まりました。
「え、どうしました?」
「あ、いえ。似た名前をどこかで見たような……どこかに掘られていたような気も」
へー。どこかに掘られて……。
「ゴホッゴホッ!」
もしかしてシャムロエが現れたお墓のことでしょうか!
「……トスカ、大丈夫? 調子悪い?」
「だ、大丈夫です。世界は広いので同じ名前も沢山いますよきっと!」
「そうですね! ではシャムロエ様っと。そしてトスカ様ですね。そちらは」
「……マオ」
「はい。マオ様ですね。朝食と夕食はありますが昼だけはありません。ワタチが外に出て採取しているので」
「外って魔獣とかいますよね?」
「穴場があるのです。内緒ですけどね」
相変わらず顔しか見えないモコモコな物体。一瞬青い髪が見えた気もしますが、いまいちどんな容姿かつかめませんね。
目はくりっとしていますが、赤い瞳は不気味さを醸し出しています。
「そうなると、昼は調査兼お金稼ぎと言ったところかしら?」
「そうですね。何か得策はありますか?」
「……一石二鳥。言い換えると一つの行動で二つ行える方法がある」
「それは?」
マオの発言は以外にも大胆な物でした。
「フーリエ。この城下町で大きな広場は無い? そこで『眠れる森の腰痛治療』を演奏すれば良い」