二度目の寒がり店主の休憩所ミッドガルフ店
『寒がり店主の休憩所』ミッドガルフ貿易国店は二度目ですね。他と異なって一番きれいな宿かもしれません。
扉を開けると店主のフーリエと、外で出会ったシグレットが会話をしていました。
「絶対にこの瓶は破裂させないでくださいね! ワタチが消えますから!」
「わかってるよ。大げさだなー」
「もし一体でも消したら、全ワタチが貴方を襲います」
「……わかったから、本当にやらないからそう目を光らせないでくれよ」
なるほど。これが上下関係というやつですね。
「えっと、入っても良いですか?」
「あ、いらっしゃいませ。トスカ様」
「フーリエって部下には容赦しない性格なのね。マオ、もしも職に困っても魔術研究所に入るときは上層部に気をつけなさいね」
「なっ! ワタチはとてもやさしい上司ですよ!」
☆
ミッドガルフ王との会話を簡単に話すと、シグレットは所々驚いていました。
「噂は聞いていたけど、改めて本人から各地の問題を解決していたなんて聞くと、何も言葉が出ないな」
「誰から噂を聞いていたのよ?」
シャムロエの質問にシグレットは答えました。
「ああ、今のガラン王とガラン王国のフーリエさ」
「ガラン王と知り合いなの?」
「おう。ガラン王国の近所の森に俺の隠れ家がある。そこで薬の実験をしているんだ」
薬師と言っていましたが、そもそもどんな薬を作っているのでしょうか?
「ガラン王国の近所の森に隠れ家。意外と近所に住んでいたのですね。どんな薬を?」
その質問の答えは僕たちを戸惑わせるものでした。
「魔獣の血を使った薬の実験さ」
かつて悪魔の血を使った薬が流行っていました。それと近い。率直にそう思いました。
「ああ、勘違いしないでくれ。俺は『魔術研究所所属』で、この実験は公認なんだ」
「公認?」
「そうさ。魔獣というのは本来誰かから召喚されて出てきた生物で、その血は魔力に満ちている。そのまま飲めば中毒になるが、毒を抜けば良薬になるのさ」
そう言ってシグレットは小さなビンを僕たちに見せました。微かに光る液体からは何か不思議な力を見て感じ取れます。
「これは……凄い濃い魔力ですね」
「ゴルド、見てわかるのですか?」
「はい。ただフーリエも言ってましたが、これは悪魔に対して絶大な効果を生み出すものですね。一体どうやって」
ゴルドの疑問にシグレットは首を横に振りました。
「残念だが製法は『まだ』秘密だ」
「まだ?」
「ああ。この製法は特殊でね。過程に問題があるんだ」
そういうとマオがボソッと答えました。
「……問題の過程はおそらく魔獣の召喚」
「おっと。心を読まれないように『心情偽装』を使っていたのに、よく分かったな」
「予想は簡単。ただ魔獣の召喚方法は知らない」
シグレットが苦笑しながら話を続けました。
「そこの魔術師ちゃんが言ったように、この薬には『魔獣召喚』が必要となる。魔獣の血だけを抽出できる魔術が発見できれば飛躍的にこの研究は進むんだけどね」
「ではシグレットはこの薬を作るために魔獣召喚を?」
「いや、とても怖くてできないよ。だから魔獣が大量発生していると聞いてこの地に来たのさ」
ですが実際は悪魔の魔力も混ざっている魔獣ということで、血液を入手しても役に立たないと続けて話しました。
「薬さえできれば悪魔を一撃で倒すことができる武器になるが、最初から悪魔の魔力が混入していると悪魔の魔力の方が勝ってしまい、純粋な魔獣の血が採取できないのさ」
「奥が深いのですね。それにしてもどうしてそんな危険な研究を?」
僕が尋ねると答えはフーリエから返ってきました。
「それは先代のゲイルド女王が行っていたのをシグレットが引き継いだのです」
「ゲイルド女王が?」
「はい。ワタチも詳しくは言えませんが、かつて先代のゲイルド女王はシグレット同様に『魔術師以外が魔術を使える薬を』ということで研究をしていました。そして魔獣の血液が重要な鍵を握っているところまでは掴んだのです」
「そこまで研究が進んでいたなら各国に広まっていてもおかしくないのでは?」
「それが、当時の製法では魔獣の血から純粋な魔力だけを抽出できず、魔獣の血の中毒になってしまったのです」
そんなことが各国に広まれば、ゲイルド魔術国家の気品に欠けるとか当時は思ったのでしょうか。
「はは、他言はよしてくれよ。これが広まったら俺の仕事が無くなってしまうからな」
「わかりました。その代わりに一つ質問をして良いですか?」
「ん? なんだ?」
そして僕はここへ来た本来の目的を言いました。
「レイジについてです。何か情報を知っていたら教えてください」
そう問うと、シグレットはため息をついてフーリエに暖かい飲み物を注文しました。
「ああ。いいぜ。だがこの話は他の客の耳には入れたくないな。俺の部屋で良いか?」
「はい」




