納得のいかない貸し借り
静寂の鈴の巫女のお願いというのは『この国に潜む影を見つけて欲しい』とのことでした。
つまり、いつもの問題解決ですね。
ここのところ魔力の流れが少し変わったとかなんとか。それが何なのかが分からないため、静寂の鈴の巫女は『影』と称して警戒しているそうです。
「心配無いわ! ガラン王国での借りを返す良いきっかけよ!」
「……ミッドガルフ貿易国での借りも返せる」
「できればもっと有意義なことで返して欲しかったですよ!」
二人とも親指を立てて僕に見せつけてきました。
マーシャおばちゃんの恩人のお願いとなると断る理由がありません。つまり今回は僕のお願いと言うことになります。
シャムロエとマオはそれぞれ各国で『腰痛が酷いから』とか『パムレットが食べられなくなるから』という理由で国の問題を解決しました。
できれば僕もそういう平和な我が儘を言ってみたいです。
「腰痛が酷いというのが平和なのかは不明ですが、とりあえず今日はフーリエの宿に行って休みましょう」
「そうですね」
「それと、次回はボクも我が儘を言って良いのですか?」
「鉱石精霊が何を言っているんですか!」
そもそも僕が『認識阻害』を消した事でこうして話せるようになったのですから、僕が助けたと言っても過言では無いと思うのですが!
「あはは、冗談ですよ」
「……ゴルド可愛そう。マオはゴルドのお願いも極力聞く」
「ありがとうございます。マオ」
この間もマオとゴルドは僕の心の叫びを聞いているのでしょうね。
教会を出てある程度離れると、鈴の音は『見える』物の、小さすぎて聞くことは困難です。それに伴って静寂の鈴の効果も薄れているのか、マオは普通に話せるようになりました。
「……正直ミルダと話しているとき、トスカの腕振りが地味に目障りだった。でもそうじゃないと会話が出来ないから我慢していた」
「僕もまさかあそこまで腕を振らないと音を分散できないとは思いませんでしたよ。絶対明日は筋肉痛です」
ため息を漏らし歩いていると、目の前には布でグルグル巻きのフーリエが買い物袋を持って手を振ってました。
「トスカ様! 皆様! お帰りなさいです!」
「フーリエ、ただいま。ずいぶんと大荷物ね」
「はい! 実は二日後にゲイルド魔術国家主催の競技会が行われるのです!」
「競技会?」
「はい! 各国から腕自慢の人が集まって、模擬戦を行う大会で、明日から少しお客さんが増えるのです!」
競技会。これまた良い時期に僕達がたどり着きましたね。
「え、フーリエの宿に私たち以外が宿泊するの?」
「失礼ですね! ちゃんと宿泊しますよ! ガラン王国だけは特殊ですが、毎日誰かしら来ていますよ!」
そこに驚きです。だってご飯食べているときって基本僕達しかいませんからね。
「ふむ」
ゴルドが目を閉じて考え込みました。
「フーリエ、その競技会の参加者はどういう人が参加するのですか?」
「え? そうですね。各国の腕自慢の剣士、魔術師達が参加します。二人一組での参加で、基本的には誰でも応募できますよ」
「優勝するとどうなるのですか?」
「まずゲイルド魔術国家の勲章が貰えます。特別待遇でゲイルド魔術国家の魔術師や兵士になれる権利がついていますね。あとは各国や地域の偉い人たちとのご飯ですね」
「……ごはん?」
ゲイルド魔術国家を支える魔術師に入れるという部分は、おそらく魔術師にとっては一番の近道なのでしょう。
本来厳しい試験を乗り越えてようやく魔術師として資格を与えられ、そこから長年働きながら魔術を極める。
よっぽどの天才じゃ無い限りはその地域の班長までという噂ですけどね。
それよりもご飯という言葉に引っかかりました。
「優勝者をお祝いする行事ですか?」
「それもありますが、各地域の市長や代表が子を連れて参加するのです。優勝者は将来有望な魔術師や兵士なので、その人と縁を結ぶというのが目的でしょう」
淡々と話すフーリエ。さすがは千年生きているだけあって、何にも疑問を持たずに話すのでこちらも頷くしかありません。
「そうですか。ではトスカ、ボク達も参加しましょう」
「なんでそうなるのですか!」
「え、いや、ボクの直感がそう言ってます。ミルダの言う影という存在も意外とそういう場で遭遇するかもしれませんし」
「影? ゴルド様、何の話ですか?」
一理あると言えばあるのですが……。
「一旦ここで話すのをやめてフーリエの店で話しましょう」
「それもそうですね」
人が多すぎるのでここでそういう話題が万が一『影』たる存在に聞かれた場合危険ですからね。
「……フーリエ、一つ質問」
「何でしょう?」
「……そのご飯、パムレットは出るの?」
「そりゃ、あそこでしか食べれないパムレットが出ると思いますよ?」
あ、これは参加しないという選択肢が消えました。宿ではいかに騒ぎを起こさずに競技会に参加するかを考えるしか無さそうですね。




