ゲイルド魔術国家
ゲイルド魔術国家
大陸の北に位置するこの地方は気温が極端に低く、動物が生きていくには厳しい環境だと思われていました。
しかしこの地域の空気中の魔力は濃く、その空気を吸った人間は多少なりとも影響はありました。
一日二日では飛躍的な成長は見えないものの、それが千年と続けば代々引き継がれるものもあるでしょう。
「ということで、この先は魔術師が多く住むゲイルド魔術国家です。決して不審な行動はとらないでください」
「どうして?」
僕の注意にシャムロエが答えました。
「ここには『静寂の鈴の巫女』が住んでいます。大陸の象徴であり、言ってしまえばこの大陸で一番すごい人が住んでいます」
「ミルダだっけ? あの分厚い本に色々書かれてあったけど、まるで物語を読んでいるようだったわね」
魔獣退治から悪魔封印。戦争を鎮めたりなど、色々事細かく書いてありました。細かすぎるからこそ、嘘とは思いにくいほどに長々と書いてありましたね。
「……大丈夫。マオ、良い子。悪い事なんて考えていない」
「仮に『心情読破』を使われたらどうするのですか?」
「……素の状態でも問題ない。マオはパムレットしか考えて」
「大丈夫そうで何よりです。では検問に行きますよ」
なんとなく言いたい事が分かったので話しを打ち切りました。
☆
取調室に入れられました。
「いえ、だから、この子は本当の事を考えていただけでですね?」
「だからって検問の魔術師が『心情読破』で気絶するか?」
「本当に『パムレット』しか考えていないのですよ!」
「うむ、いや、一瞬使ったんだが……むしろ怪しすぎるんだよ!」
検問にて、一人一人入国の目的を聞かれる際に、僕は『魔術研究所に用がある』と答えました。
ゴルドも同様でしょう。
シャムロエも同様でしょう。
マオが見事に引っかかりました。
いや、本当に『パムレット』しか考えて無く、魔術師のメモからは『パムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレットパムレット……』という文字が……。
僕が困っているとゴルドがとても小さな声で僕に話しかけてきました。
(マオの行動はある意味正しいかもしれません。マオは異世界から来たのであれば心情読破を使われたら異国の言葉が出てしまいます。むしろパムレットだけしか言えなかったかもしれません)
だとしたらせめて『パムレット食べに来た』という単語は頑張って覚えて、心でもそう思えば良かったと思うのですが?
年相応だと思いますし。
(……それもそうですね)
時に心を読めるのと、どんな音でも見る事が出来ることができる能力があるからこそ可能な会話。いや、この時のための物ではありませんからね!
「~~~~! ~~!」
と、検問と終わりそうにない会話を続けていたら、遠くから『見覚えのある』音が。
あれは、つい昨日も見かけた布でまかれた……。
「あ、ここに居ましたか! はい、この四名です。ワタチの知り合いなので通してください!」
「「「「フーリエ!」」」」
悪魔のはずのフーリエですが、この時ばかりは天使に見えました。布でぐるぐる巻きの天使ってなんでしょうね。
「フーリエ様。ですがこの子は」
「大丈夫です。本当にここへはパムレットしか考えていません。その証拠に……」
フーリエは右手から何かを取り出しました。
「この地域限定の『アイス・パムレット』です。あまりの美味しさに頬はとろけるでしょう」
「……! マオは誓う。もしフーリエに何か困ったことがあったら全力で助けると」
膝を地に着けるマオ。いやいや、そこまで大それたことをやっているようには見えないのですが!
「まさか、本当にパムレットのために……くぅ、お嬢ちゃん。美味しいパムレットを食べるんだぞ?」
検問は何か誤解したのか、マオに小さなクッキーを渡しました。
「……これは?」
「この地で作られている食べ物だ。お菓子とは程遠く、非常食だが俺にはこれしか持ってねえ。しかし、お嬢ちゃんのそのお菓子に対する情熱に負けたぜ。これを食べて明日も元気に生きるんだぞ!」
「……感謝する」
そう言ってマオは小さなクッキーを一口で食べた。
「一体何なのよ」
「知りませんよ」
僕とシャムロエはそれをただただ眺めるしかできませんでした。




