トスカの能力
タプル村とガラン王国の間には森がありました。この森は通称『精霊の森』や『魔女の住む森』など、色々な異名を持っています。
その昔、子供がいたずらに入らないようにするための異名らしいですが、今は魔獣が住みついていて何処も危険です。
「勢いで村を出たけど、良かったの? というかせっかくの黒髪なのに寝癖が凄いわよ?」
手で髪を触りつつ、寝癖を直しながらシャムロエの質問に答えます。
普段はまっすぐな黒髪も、今日だけは珍しくボサボサしています。時間が解決してくれるでしょうけど。
「何か問題でも?」
「ほら、マーシャさんの介護とか村の仕事とか」
「マーシャおばちゃんは毎日演奏していて、いつも誰か来ていました。きっと大丈夫でしょう」
「でも、そのマーシャさんの楽器は今トスカが持っているのよね?」
「……きっと口笛で村人を感動させますよ。マーシャおばちゃんなら」
「何者なのよ。マーシャさん」
若干呆れ顔をされましたが、実際マーシャおばちゃんの演奏はどの楽器を使っても感動するものばかりです。きっと『クラリネット』が無くても大丈夫ですよ。
「それと一つ気になっている事があるんだけど、改めてトスカの能力についてよね」
「僕の能力ですか?」
「ええ、音に関する能力。見えるってどういう風に見えるの?」
「そうですね……水たまりに石を投げた時の波紋が一番良い例えですね」
「輪になって広がる感じ?」
軽く手を叩くと、僕にだけ手を叩いた音が見えます。ふわっと広がり、それがシャムロエや銀髪の少女に当たり、跳ね返ってきます。
「そしてその音をこうやって『掴んで』……えい!」
跳ね返った音を手でかき集めて、それをシャムロエに向けて『投げました』。他者から見ればただ空気を引っ掻いているだけのような行動ですね。
「わっ! 同じ音がもう一回聞こえた?」
「はい。僕は音を見る事ができ、掴むことができ、暗示を乗せて放つことができます」
「昨日の夜のあの音よね」
暗示と言っても大層なものではありません。単純に強く願うだけで、魔術の様に陣を描く等の事はしません。
「あの時は動きを止められたけど、他には何ができるの?」
「そうですね……」
最近の出来事を振り返ります。そういえばマーシャおばちゃんが腰を痛めた時に口笛を吹いたような。
「……腰痛治療とか?」
「地味ね」
「地味とはなんですか!」
腰痛治療は立派なお仕事ですよ! これ、村人にはなかなか好評だったのです!
「というと、結構広い範囲で何かできるのね。じゃあ『この子』にも音に何かを念じて話せば伝わるかしら?」
この子というのは先ほどから無言でついて来ている銀髪の幼い少女の事です。
そういえば以前は僕の名前を名乗っただけなので、そこに『名前だよ』と念じて話せば伝わるかもしれません。
「やってみましょう」
そう言って銀髪の幼い少女の目を見ます。僕の真剣な眼差しにも驚かず、じっと僕を見つめ返されました。
『僕はトスカです』
「!」
何か伝わったそうです。
「……マオ」
そう一言だけ話しました。マオ。どうやらこの少女の名前はマオみたいですね。
「大成功ね! 名前さえわかれば困ったときに呼ぶことはできるわ!」
「会話は後々の課題として、一歩前進と考えましょう」
いやー、まさか僕の能力って他の言語を使う人にも「……言語の理解した」伝わるとは思いませんでし……。
「「え!」」
幻聴かと思いましたが、明らかに僕とシャムロエ以外の人物の声が聞こえました。しかも僕の低い位置から!
「……早くは話せない。マオはマオ。魔術を使って言葉を発している」
「か……」
「魔術。つまりマオは魔術師なのですか?」
「か……」
「……わからない。少なくともこの世界の人間では無い事は確か。言葉や文字が知っている物のどれにも当てはまらない」
「か……」
「そうなのですか。ところでマオ。逃げる準備をした方が良いですよ?」
「か……」
「……理解できない。この場で「可愛い声ね!」……理解した。そしてこの抱きつかれている状態から助けて欲しい!」
シャムロエは銀髪の幼い少女のマオに頬を擦り付けて抱きついています。
確かに可愛い声ですが、シャムロエはあれですか。可愛い生物には飛びつく性質でも持っているのですね。
☆
まるで全てを吸い尽くされたかのようにその場でうつ伏せになるマオ。そして全てを吸い尽くして満足したという表情のシャムロエ。
このメンバーでこれから冒険をと思うと少々不安ですが魔術師が一人いるだけでもガラン王国には行けるでしょう。
「……ん、待ってください」
「どうしたの?」
「……獣の声……いえ、魔獣です!」
右から濁った音が見えました。
これは紛れもない魔獣です!
「へえ、来るタイミングは分かる?」
「この速さだと、五秒後です!」
「それなら……」
シャムロエはその場で構えました。
「何をしているのですか! 魔獣が迫っているのですよ!」
「何って戦うのよ。まあ安心して良いわよ。何故かわからないけど、どうやらこの体は結構強いみたいよ?」
『ガアアアアアア!』
そして茂みの中から魔獣が飛びかかってきました。
見た目は四本足のオオカミと呼ばれる分類の魔獣です!
「てええええい!」
襲い掛かった瞬間、シャムロエはグルンとその場で横に回り、足を上げて回し蹴りの体制を取りました。そして。
ぱあああああん!
大きな音を立てて、魔獣の顔面に強い蹴りが入りました。って、この音は絶対に骨とか折れてますよ!
『ぎゅああああ!』
魔獣は苦しんでいます。これは……正直驚き過ぎて何も考えられません。
「……まだ生きている。トドメなら任せて」
そう言って今度はマオの手が光りました。
「え、それって!」
「……『火球』!」
マオの手からは小さな火の球が発射され、それが魔獣に命中しました。そして魔獣は燃え尽き、灰になりました。
「つ、強い!」
「……加減が難しい」
「加減したのですか!」
思わぬ発言に驚くも、まだ油断できません。周囲を見るとまだ魔獣の音が見えます!
「油断しないでください! まだ周囲にいます!」
「じゃあさっきの連携で行くわよ!」
「……わかった」
こうして、僕達の戦術は固まりました。
というか、男の僕が前に出ないのはなかなか情けないですね。
プロローグ最初に繋がるお話です。次回からプロローグの最初の部分の次に当たるところに入ります。