☆トスカ達 対 黒服男レイジ
「があ、ぐう、何故ロープが切れる! あれは悪魔の尻尾で作った魔力を通さない特殊な」
「うるさい!」
次々と飛び交う強打に黒服男は後ろに下がるしかできません。
「いらいらしているのよ。王女だの妻だの、私の知らない人が私を知っているなんて、気味が悪いのよ!」
「があ!」
強い蹴りが黒服男の腹部に命中しました。
「はあ、はあ、くそ、ようやく、ようやくここまで来たのに、またしてもかああ!」
黒服男が叫びました。その声は人間では出すことが出来ないほど大きな声で、喉を潰す勢いです。
「はは、はははは、まあ良いです。力でねじ伏せるのがこのガラン王国流なので、流儀に則って貰います!」
黒服男は指を鳴らしました。あれは普通の音ではありません、黒い何かが見えます!
突如左右の窓硝子が割れ、兵士達が入ってきました。
「なっ! これは!」
「総勢五十名の精鋭。そして全員が悪魔契約済み。この力に三人がどうあがくか見せて貰いましょう!」
「悪魔契約だと! レイジ、どういう意味だ!」
「黙ってください代用。もう用済みなのでこの国から出て行ってください!」
再度『火球』が放たれるもマオがそれを相殺します。
「その魔術師、思った以上に強いですね。是非ワタクシの軍勢に入って欲しいです」
「……パムレット千個貰っても入らない」
「それは残念です。ではここで朽ち果ててください!」
黒服男が右手を前に差し出し、合図を出しました。やはりあそこから何か変な音が出ていまーー
「半分は倒したわ。残り半分ね」
「相変わらず空気を読まないですね! でも凄いですよ!」
向かって右側の兵士が全員倒れていました。突然の展開に若干僕が追いつけませんが、残りは左側の兵士だけです。流石に黒服男も驚いて顔に一滴の汗が流れています。
「や、やはり王女は強いですね。どこでその力を」
「さあね、転生してからの事なんて知らないわよ」
「転生! はは、生きていたわけではなく転生! これまた素晴らしいです」
やっぱりあの黒服男は怪しいです。早急に始末をしないといけまーー
「……半分倒した。もう兵士はいない」
「僕ってもしかして勝手に焦っているだけで、実はとても安全だったりしますか!?」
向かって左側を見ると兵士が全員倒れています。何ですかこれは!
「ちょっと待ってください。悪魔契約者ですよ! どうしてそんな簡単に倒せるのですか!」
「知らないわよ。強いて言えば私達は強いのよ」
「そんな理屈は通りません! いえ、強いことは結構です。ですが制御が」
「ぐだぐだ言ってないで、そこでおとなしく寝ていなさいよ!」
ばあん!
そんな音を立てて黒服男を拳で吹っ飛ばしました。
「があああっ! だ、だが、ワタクシは死なない。死ねない! 生きて生きて、絶対にこの運命に終止符を、歴史を繰り返させてはいけないのだから!」
黒服男が突如右手を腰のナイフで軽く切って、血を出し始めました。
「なっ、何を!」
「悪魔召喚はそれなりの代償が必要です。ふふ、ここで朽ち果てるわけにはいきません!」
黒い陣が描かれ、そこから巨大な触手が現れました。
禍々しい触手でとても口では表現できません。これは一体。
「『深海の邪神』ですね」
後ろから声が聞こえました。
振り返ると、いつも宿屋で見るあの布状でグルグル巻きの店主フーリエの姿がありました。
「な、き、貴様は!」
「お久しぶりです。『レイジ』」
二人は知り合いだったのですか!
「フーリエ、一体」
「話は後です。ワタチがあの触手をなんとかしますから、トスカ様は本体のレイジを狙ってください!」
フーリエが『様』をつけずに人の名前を呼ぶのを初めて聞きました。
「わかりました。後でしっかり理由を聞きますからね!」
「はい。ではワタチも……年ぶりに本気を出しますよ」
そしてフーリエから何か黒い霧が出てきました。というか先ほど黒服男……レイジの手から出ていた物と似た色をしていますよ?
「くう、言うことを聞きなさい、この使えない触手があああ!」
「無駄ですよ。きちんと『闇の魔術』を勉強しないからです」
「小娘がああああ!」
苦しむレイジに僕は何をするべきか悩みました。
ふと、周囲の音を聞きました。
レイジから心臓の音が聞こえない事に気がつきました。
「なら、これならどうです!」
強く念じました。
念じる内容は一つ。『悪魔封印』です。
そして指を咥えます。
「せーの……」
ぴいいいいいいいいいいい!
一直線に伸びた音はレイジの腹部を貫きました。それはまるで高速の弾のように飛び、全くブレずにレイジに突き刺さりました。そしてこれは僕にしか見えません。
レイジは何か異変に気が付いたのか、僕を見ました。
「き、貴様、ワタクシに何を……した?」
見てはいますが目は合っていません。まるで僕が立っていた場所を思い出し、ただ顔を向けているだけのようです。
「貴方に念じました。『悪魔封印』と。そして音を出しました」
「馬鹿な。音……だと? 王女と強き魔術師よりも……気にかける相手がいたとは……いたと……はっ!」
パタリとその場で倒れ、レイジは砂へと変わり、消えていきました。
まるで子供が遊ぶ砂の山が、強い風で崩れる様に。