☆オト・アヤツリビトの行進曲
一週間の時が経ちました。
僕とシャムロエとマオとシャルドネはガナリの住む孤島へ転移し、少し休憩をした後フーリエが迎えに来てガラン王国へ向かいました。
「えへへーおかーさんー」
「……」
「あ、ねえねえ、小さいころ寝る前にしていたお話を今日の夜してほしいなー」
「……うん」
シャムロエの目に光がありません。
嫌というわけでは無さそうですが……それこそ初日は毎日撫でていたり、一緒にご飯を食べあっていたりしていたのですが、それが一週間……しかも船の上まで同じ状況が続けば疲れますよね。
とはいえ、親子と言ってもシャムロエは転生して見た目十六歳くらいなので、どう見ても瓜二つの双子にしか見えないのですよね。
「……マオは初めて『やきもち』というモノを覚えた。トスカ、抱っこ」
「はいはい」
今まで姉妹のように仲の良かったシャムロエとマオですが、シャルドネに取られたようですこぶる機嫌が悪いですね。
「あ、だったらマオちゃんは私が抱っこするわよ! だってかわいいもの!」
ギュー。
「……とす……か、マオは……最後に……パムレットを……たくさん食べたか……た」
「シャルドネ! 力加減! マオがどこか遠くへ行ってしまいそうです!」
「あ、久々で忘れていたわ。ごめんねマオちゃん!」
「……シャルドネ。いつかシャムロエを賭けて勝負」
「望むところよ。お母さんは渡さないわ」
そう言ってバチバチと闘志を燃やしていました。
「まもなくガラン王国の港に到着します! お荷物の準備をお願いします!」
フーリエの声が響き、船の外を見ると大陸が見えていました。
☆
ガラン王国に到着して早々に兵士からガラン王国城へ来てくださいと、伝言をもらいました。
旅の最初は牢屋に入れられたりしたので、城へ行くのは少しだけ抵抗がありますね。
城へ到着すると大きな門がゆっくりと開き、兵士がずらっと並んでいました。
「わわ! 何事!」
『シャムロエ様へー、啓礼!』
バシッ!
兵士が一気に剣を前に突き出しました。
ここまで一気にそろうと圧巻ですね。
「へえ、何事かしら? 『ガラン王』」
正面にはガラン王が立っていました。以前よりもやせており、すっかり王様という感じになっています。
「お帰りなさいませ。シャムロエ様。そしてフーリエ殿から話は伺っております。お隣におられるのがシャルドネ様ですね」
「そうね」
ガラン王が僕たちの方へ近づいてきました。
「シャムロエ様。あなたには二つの道がございます。どちらを選ばれてもここにいる者は誰も意を唱えません」
「何かしら?」
「一つはミルダ大陸の人間として、『新たな人生』を歩まれること」
シャムロエは転生したので身寄りがありません。まあ、安定した仕事が見つかるまでは僕の家で面倒は見るつもりです。
と言っても僕もタプル村では決まった仕事をしていたわけではないので、一緒に職探しから始まりそうですね。
「もう一つは……『ガランの王女』として歩まれる道です」
転生前はガラン王の妻でした。正確にはそういう記憶を作られただけですが、ガラン王国の王女になる資格は持っています。
「もし後者を選んだ場合、貴方はどうなるのかしら?」
「王の座をお譲りし、国事から一歩引いた場所で働かせていただければと思います」
現ガラン王は今までのガラン王国を少なからず守っていました。レイジによって多少間違った方向へ進んでいましたが、今はしっかりと王様をしています。
「お母さん?」
「ふふ、大丈夫。答えは決まっているわ。そして……決心もできている」
深呼吸をするシャムロエ。そしてすさまじい心臓の音が『見えました』。なんだかとても早く、そして大きいです。
「ガラン王。今日までの国事、お疲れ様でした。その業務は私が引き継ぎます。これからは王としてでは無く、その知恵で各国の会談などを任せます」
「はっ!」
ガラン王……いや、ガランは頭の王冠を取りました。
それをシャムロエに渡しました。シャムロエはその王冠をじっと見つめ、そして僕の方へ振り返りました。
って、え?
しばらく静かな時間が続き、ポンポンと背中を小さな手で叩かれました。
「……ん、トスカ」
「どうしました?」
叩いたのはマオです。
「……シャムロエはこれからの事をずっと考えていた。そしてしっかりと決心した。トスカはそれに答えないといけない。適当はマオが許さない」
「え?」
「ほら! お母さんのところに行って……よっ!」
どんっ! と、シャルドネに背中を叩かれました。え?
「トスカ」
「は、はい!」
シャムロエは王冠を持ちながら、時折下を向いて頬を染めています。なんでしょう……この言葉にできない状況は。
「トスカは本当に優しいわ。私やマオ、そして人間ではないゴルドのお願いも聞いてくれた。『ありがとう』という言葉だけでは足りないくらいのことをしてくれたわ」
「い、いえいえ!」
てくてくとシャムロエは僕に近づいてきました。
「だから、最後に……私にとって最後のお願いを聞いてくれるかしら?」
最後……。
「この国の王となって、私と……私たちと一緒に良い国にしましょう?」
♢
音とは。
口笛を吹くと流れる音を『見て』ぼーっと考えました。
音と音が重なると大きくなります。
ですが音と音が重なると小さくもなります。これは不思議な現象ですね。
音と音が重なると別な音にもなります。
音が消えればなくなります。
クラリネットに口をつけて、マーシャおばちゃんから引き継がれた『呼声』を吹きました。
音は確かに時間と共に消えますが、誰かが覚えている限り消えることはありません。
神様たちが住む世界へ行った時、『原初の魔力』について色々と考えさせられましたが、結局は僕とマーシャおばちゃんをつなぐ証拠にすぎません。決してすごいものではありません。
「トスカ、『国家』を吹いてどうしたの?」
気が付けばシャムロエが部屋に入っていました。僕が足音を聞き逃すほど集中……いや、ぼーっとしていたのですね。
「いや、皆に聞かせる前に一度くらいは練習しないと」
「ふふ、まじめなんだから」
そう言ってシャムロエは僕の頭の上に王冠をのせました。
「そうそう、マオから伝言よ」
「マオが?」
「ミッドガルフ貿易国でパムレット早食いに優勝したって」
「元気そうで何よりです」
マオはいつの間にか僕たちの前からいなくなっていました。ですが、時々フーリエを通じて元気な情報が入ってきます。
シャムロエの娘のシャルドネは『ガラン王国の姫』として国事に参加し、時々兵士の剣の相手をしています。というか一番強いです。
ゴルドは……まだあっちの世界で忙しいのでしょうか。
「さて、そろそろ時間よ。『トスカ王』」
「わかった。『シャムロエ王女』」
シャムロエの最後のお願いはおそらく今までのお願いの中で一番大変なお願いだと思います。
同時に僕にとっては一番しあわ……いや、これを考えるのは野暮ですね。
「演奏しながら会場に向かうのも楽し気で良いかもしれません」
「王の威厳は無いけどね」
「歩きながらですし、その速度に合わせた曲にしましょう」
「へえ、歩く速度に合わせた曲ね。曲名は?」
曲名ですか……考えながら吹くので全然決めていませんが……。
「なら、こんなのはどうかしら?」
「なんですか?」
その曲名は僕を表した僕が僕に向けての名前でした。
『音操人の行進曲』