時間のハザマ
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トスカが代々受け継がれた音を奏でている場面を遠くからエルは眺めていた。
『いいの? 本当は近くに行きたいんじゃないの?』
クロノが手を光らせながらエルに話しかけた。
『ええ。私はここで良いのよ。私はエルであってマーシャではない』
『そう。でも記憶はそこにあるのでしょう?』
エルの中にはマーシャの記憶が宿っている。マーシャの命が尽きたと同時にエルの体内へ取り込まれ、記憶が一気に流れ込んできた。
マーシャの記憶は今までの人間の記憶とは桁違いに多く、そしてかなり欠けていた。
人間の身でありながら、必死に自身の奏でる音によって長生きし、自分よりも多く音の魔力を持つ人間が生まれるまではただ流れ作業のように人生を歩んでいた。
そんな過酷な人生に終止符を打ち、希望をくれたのがトスカだった。マーシャにとってトスカは特別な存在であり、その記憶を引き継いだエルにとってもトスカは特別な存在だと思えるようになった。
『私が今トスカの元へ行けば『また』音の魔力を宿す人間が現れてしまうから。それを言うならクロノも直接かかわらずにあの紫髪の少女に道具だけ渡して被害を最小限に抑えたのでしょう?』
クロノはため息をついた。
『ええ。あのマリーとかいう少女は『神』相手に心を壊すつもりだったからね。神の内側に入ると精霊だろうと人間だろうと許されない行為。ただ、それを唯一『なかったことにできる』のが私の魔力よ』
『優しいわね』
ふふっとエルは笑った。
マリーは女神に向けて『心情偽装』を使うことはすでに決めていた。そしてそれを使うと反動で身動きが取れなくなることまで予想していた。
だからマリーはクロノから『時間を戻す道具』を作ってもらい、それを使用して『心情偽装』を使う前の自分へ戻すことで、何事もなかった状態へと戻ることができた。
『ちなみにあの紫髪の少女は……『何回失敗』したのですか?』
エルの質問にクロノが苦笑した。
『軽く百は超えているわね。一度でもあの時計を使わずに死んでしまったら、もうこの世界にはいないでしょうね。それに使った後も時間跳躍を使って女神の攻撃を避けている。もしかしたらあの子は私達の想像を超えてる年月を生きているかもね』
『あの子は人間なのかしら?』
『人間をやめているわよ。まあ、人間の中にもそういうモノに自分からなる場合もあるわね』
『愚かですね』
そう言ってエルはトスカを見た。
『でも、せめてその争いが始まるまでは、あの子には……トスカには幸せな生活を送ってほしいわ。『私』の代わりに……』
その一人称はおそらくマーシャの記憶から自然と出た言葉だろう。目からは一粒の涙が流れ、じっとトスカを見た。
『さあ、エル。もう私の世界は崩れるわ。地球へ行くのかしら? それとも『カミノセカイ』へ行くのかしら?』
『最後の仕事をしたら地球へ帰るわ。クロノ、もう少しだけ付き合ってくれるかしら?』
『はあ、やっぱり貴女は……あの音操人の親ということね』
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