ミルダ大陸の神の焦り
カンパネはいつも女神の目の前で星が生成され、そして壊されていく行く末をずっと見せつけられていた。
ある一人の人生を大きく狂わせ、その愉快な人間の行動に一喜一憂し、そして飽きたら星ごと壊す。
そこに住む人間はすべて作り物であり、数分前に作られた人間でも、人間にとっては『数十年生きてきた』という記憶までも作られていた。
苦しむ暇もなく、一瞬で星は破裂し、人間も消えていく。
作られた人間数十億人はあくまで女神様が生成した動く人形でしか無い。
しかしカンパネは少し考えた。
ある時、奇跡的に『太陽』という温かい星が生まれ、周囲に『地球』という星が生まれた。
そこには女神様が生成したわけでもなく、その星自身が生物を生み出し、人間を生み出し、そして文明を生み出した。
人間は少ない時間の中で文明を作り出し、そしてその文明や知識は後世に残す。
カンパネは初めてそこで人間に可能性を感じた。
原初の魔力の『神』は他の魔力とは異なり、無から有を生み出し、それは概念すらも生み出す。故に目にも見えず、そして目で見ることもできる。そういう魔力である。
唯一無二の魔力だと思っていたが、何も魔力である必要は無いと感じた。
だからこそ、カンパネは自身の半分の力を使い切って『地球』の神に交渉した。
『光の神『天照大神』様。どうか、女神様に対抗できる人間を一人、お貸しできませんか?』
カンパネは『神』だが、女神から生まれた神。力は原初の魔力の神と呼ばれる存在には到底敵わない。
いつ消されてもおかしくない状況に震えながらカンパネは頭を下げた。
『ふむ、あやつの暴挙には困ったものじゃ。かといってお主に我の大切な子を預けるのも道理ではない』
『そこを!』
地に頭をつけ、さらにお願いをする。
『はあ、我の子……は渡せぬ。じゃから、身勝手なあやつの魔力を宿した人間を渡そう』
『あやつ?』
『我の星では基本的に魔術という概念は無い。故に魔力を持つ人間をどうするか悩んでおった。どうじゃ? 引き取るか?』
『それは一体……』
そして引き取った人間は、『音の魔力』を持つ『マーシャ』という名の人間だった。
★
『ここは?』
マーシャは白い部屋の中へ急に呼ばれ、驚いていた。
『初めまして。僕はカンパネ』
『カンパネ? 小さい……鈴?』
若い女性はカンパネを見て、首を傾げた。人間のような……人間ではないような。そんな疑問を頭に浮かべていた。
『君は今日から僕の世界で生活してもらう』
『え?』
『君は話によると、音の魔力を持っているそうだね?』
『音の……魔力?』
マーシャは何を言われているのかわからない。そんな表情をした。
『君は音を見たり、その音に不思議な力を付与することができるよね?』
『ああ、あの力の事ですか……』
『どうしたんだい? とても良い力じゃないか?』
『あの力は使うと『魔女裁判』が行われるのです』
聞きなれない単語にカンパネは首を傾げた。
『私の町ではこの力を使うと『悪魔の子供』と言われ、死刑にあいます。だからこの力は誰にも話すなと』
『そういうことか。だったら大丈夫。僕の世界ではその力を存分に使ってほしい!』
『貴方の……世界?』
カンパネはマーシャの前に一つの映像を見せた。
広い草原に小さな町が一つ。とても平和な風景だった。
『ここでは魔術が一般的なんだ。だからその力を存分に使ってほしい。そしてその力を継承して欲しい!』
『継承……って』
突然マーシャは顔を赤くした。
『僕はこの白い部屋で捕らわれているんだ。そこから出るには君の力が必要なんだ』
『私の?』
『そしてこの世界は僕のほとんどの力を使って作った世界。誰にも……女神様にも触れさせない!』
カンパネの意思は強かった。これ以上目の前で人間が無自覚に消されていく状況をみるのは耐えがたかった。
だからこそ、わずかに神へ対抗できる『人間』と、体内に秘める『原初の魔力』の可能性を信じていた。
そして、カンパネの強い思いに。
『わかり……ました』
マーシャは折れざるを得なかった。
『私は何をすれば良いですか?』
『貴女よりも強い魔力を持つ子ができるまで……生きて、そして育ててください』
『……これも、神から与えられた運命……なのですね』
そしてマーシャは転移された。
しばらく経つと、転移先でマーシャは運命の相手となる男性と結ばれた。
幸せな家庭。幸せな生活。笑顔が絶えない毎日を過ごしていた。
しかし……。
『ま、魔力が宿っていない!』
カンパネは絶望した。
てっきり、最初の子供が魔力を継承し、カンパネはその子に運命を託すつもりだった。
しかし、生まれてきたのはただの人間だった。
これでは……意味が……無い。
急がなければ、カンパネの魔力が尽きてしまい、この世界の存在がばれてしまう。
その焦る気持ちを抱き、カンパネはマーシャを焦らせる行動に出た。
『レイス! 起きて! ああ、どうしてこんなところに魔獣なんて……』
『あうあ?』
『そう……カンパネ様……私は『そういう運命』なのですね』
空を眺めるマーシャ。その先にはカンパネがいるわけでもない。ただ、カンパネは空を眺めるマーシャを見ていた。
そして約二十年。
マーシャにとって初めての孫が生まれた。
『母さん。見てくれ! かわいい男の子だ!』
『そうね。大切に……大切に育てないとね』
マーシャの孫。残念なことに、マーシャよりも魔力は少なかった。
魔力を持たない子供と比べ、わずかな希望を持つも、カンパネは冷酷だった。
『ハーシス……守れなくて……ごめんなさい』
またしても魔獣。
カンパネによって生成された魔獣はマーシャを避け、ハーシスだけを狙った。
そして数百年。
タプル村では『静寂の鈴の巫女と似た能力を持つ人』と言われていた。ただし、その血族と子を作ると、死の運命が待っているとまで言われていた。
普通ならだれもがその血族との結婚を避けるだろう。
しかし、マーシャの背景にはカンパネが存在しており、魔獣が圧をかけていた。
そんな長い時間を過ごし、ようやく小さな男の子が生まれた。
『ああああああ!』
大きな泣き声。それを『見た』マーシャはとっさにその音を掴んだ。
『マーシャおば様?』
『よ、ようやく……いえ、よくやったわ。私の使命は……ああ……』
泣き崩れるマーシャ。それをなだめるマーシャの血族。もう何代目かもわからず、名前も覚えていない。
『マーシャおば様。この子の名前はどうしましょう』
『私が提案しても良いかしら?』
『おば様が? はい。とても光栄です』
『この子はトスカ。幾千の災いから逃れた奇跡の子よ』
『トスカ……そういえばマーシャおば様のくらりねっと? もそういう名前だったような……』
『ふふ、これから忙しくなるわよ。そうでしょう……カンパネ様』