神の希望
別世界に居ながらにして元居た世界の状況を共有できるというのはとても便利ですね。と言っても、本人は二つ以上の状況を体験しているわけですから、頭の中がごちゃごちゃになりそうですが。
「フーリエ、情報源は?」
「えっと、今ミルダ大陸のワタチの目の前で息を切らしたシグレットが話しています。『誰かが』シグレットに情報を送ったみたいです」
誰か……。
僕はこの時少し違和感を感じました。
シグレットに誰かが女神という存在にミルダ大陸がばれて、それを『誰か』が守っている。
ですが、僕はその誰かという存在を『忘れている』気がします。いや、さっきまで忘れているというか……。
何も覚えていないに近い感覚です。
「ゴルド……の……情報から……神の住む……世界を見た。女神……が……トスカの……せかい……を、消そうと……している!」
キョウカが目を輝かせて……そして震えています。
「かん……ぱね……? 女神……は、そう……今、つぶやい……た」
……カンパネ?
一体『誰の名前でしょうか』?
「トスカ!」
シャムロエが僕を呼びました。
「『カンパネ』よ! いつも私たちのいく場所を決めていた身勝手な自称神よ!」
「えっと……」
ダメです。全く覚えていません。え、シャムロエはその『かんぱね?』という存在を知っているのでしょうか?
「なるほどね」
「マリー?」
「仮定の話だけど、もしかしたらその『カンパネ』という存在は女神によって消されたんじゃないかしら?」
「消された?」
「色々な条件付きで皆から忘れ去られるような、強力な『認識阻害』でも使われた……としか考えられないわね」
そういえばゴルドは最初に出会ったとき、強力な認識阻害によって封印されていました。もしかしたらその『カンパネ』という者も封印されてしまった。ですが、シャムロエだけはその人物を忘れることは無かったのはなぜでしょう?
「ともあれ、あっちの世界が消されかけているのは一大事ね。さっさと準備をして行きましょう!」
「無事にお帰りになられたら、ご馳走をご用意してお待ちしております!」
そう言って、僕とシャムロエとマオとマリーはカグヤを囲む形で立ちました。
「マオ」
サイトウがマオを呼びました。
「あの時はとにかくお前を逃がすために必死だった。だが、今は違う。例えていうなら、学校へ行く娘を送り届ける感覚だな」
「……?」
「ああ、いや。とにかく、トスカ君。マオを頼んだよ」
「はい!」
そう言って、僕たちは白い光の中に飲み込まれました。
☆
白い部屋。
周囲は何も無い世界。
そして。
「何ぼっと突っ立ってるのよ!」
すさまじい衝撃が体に伝わってきました。
「なっ!」
そして、気が付けば僕の上にはシャムロエが乗っていました。いや、何をして……。
「へえ、よく避けたわね」
「危なかったわよ。貴方が『女神』?」
ゆっくりと起き上がり、目の前を見ると、そこには目には見えない恐怖が可視化できるほどのオーラをまとった『何か』が立っていました。
「トスカ! 思ったより気を失っている時間が長くて焦りましたよ!」
ゴルドが鉱石で大きな盾を生成し、それを『何か』に向けていました。
「……これは、ヤバイ」
「ふふ、まさかここまでとはね。魔力量とか最大値とか、そんな簡単な言葉では収まらない量の魔力ね」
「あら、貴女は私と同じ魔力を持っているわね……ああ、もしかして」
「そうよ。ワタクシは貴女が誰かと喧嘩をして生まれてしまった人間よ」
マリーが構えながら大声で話しています。
ただし僕にはマリーの心臓の音が『見えました』。かなりの恐怖に耐えています。
「へえ、つまり私の娘ってことかしら? ふふ、じゃあ私のところへおいで?」
「それは無理な相談ね。数千年も生かされて、今更母親と名乗る正体不明の何かに『帰れ』と言われて、ついていく方が無理な相談よ」
強気に言っていますが、若干声が震えています。
ふと、『女神』と呼ばれている女性の後ろに目が行きました。そこには一人の女性が何本もの木の枝によって捕らわれている状態でした。
「……トスカ、一発で決める。優先事項は……」
マオがとても小さな声で話しました。それは僕にしか聞こえない声でしょう。
首を縦に振り、カグヤを見て目で合図を送りました。
「遊びはここまでにしましょう。私の娘……を、返してもらうわよ!」
「あら、娘ってこの子? 貴女って人間よね? どうして生きているのかしら?」
「娘を思う気持ちが高ぶって、転生したーとでも言おうかしら?」
その瞬間でした。
「……『雷柱』!」
すさまじい轟音と共に、光輝く雷の一線が女神の元へ向かいました。
しかし。
「魔術なんて人間の技は、私には届かないわよ」
片手でそれを弾きました。音を見る限りすさまじい威力のはずですが、全く効いていません!
「……『光球』!」
「無駄よ」
「……さらに、『光球』」
「無駄って言ってるでしょ?」
マオが額に汗をかきながらも交戦しています。その時でした。
「……本命はこっちだから、無駄ではない」
「へえ、そういえば『光』がいたのを忘れていたわ」
カグヤが捕らわれている少女の元へ立っていました。
「『光柱』!」
木の枝のようなものへ攻撃し、少女を開放しようとしました。
が、
「ふふ。残念でした。そっちは別にそれほど心配していないの。私が作った『壊れない鎖』だから、その子は絶対に逃げられないし助けることもできないわよ」
「なっ!」
「ということで、そろそろ飽きてきたからここにいる皆も『あの子』と同じように消えてもらおうかしら」
「あの子……」
女神の言葉に違和感を感じました。あの子というのは捕らわれている少女……というわけではなく……誰のことでしょうか?
もしかして、先ほどシャムロエが言っていた『カンパネ』という者でしょうか?
「トスカ、『カンパネ』よ!」
「え?」
「だから『そこにいるカンパネ』を出して!」
「えっと、シャムロエ……」
何を言っているのかわかりませんでした。
その……そこにいるって……『何もいませんよ』?
そう思った瞬間、女神は少し驚いていました。
「え、なんで貴女はあの子を『覚えている』の? というか、『見えているの』? 存在を消して、人や神や精霊からも認識されない術を使っているのよ?」
その言葉にシャムロエははっと驚いていました。そしてゴルドを見ました。
「ゴルド! 貴方の父の名は何!」
「え? ぼ、ボクですか? ……『いませんよ』?」
僕の中で何かが割れた感覚がありました。
確か『原初の魔力』というのは、それぞれ頂点に立つ『神』がいるはずです。クロノが神同士の戦いを避けているということは原初の魔力にはそれぞれ頂点の神がいると仮定できます。
それなのに、鉱石の精霊であるゴルドの父が『いない』というのは『おかしい』です。
「トスカ!」
「理解しました! いえ、理解できなかったことに理解しました! ゴルド、音が響く鉄の棒を数本生成してください!」
「わかりました! 『鉄柱』!」
僕の周辺に鉄の柱が五本生成されました。そして僕は思いっきりクラリネットを吹きました。
クラリネットを吹く際、二通りの吹き方があります。
一つは何も考えずに自由に音を出す方法。
もう一つは、何かを念じて音に何かを乗せるような感じで吹く方法です!
『女神に消された神や精霊が存在を取り戻せる音!』
ブワッと広がった音は僕を中心に真っ白な部屋を駆け巡りました。
そして。
「あはは、よくやった。僕の最後の希望」
目の前には……すべて思い出しました。そう、『カンパネ』の姿がありました。
いや、きっとずっとそこにいたのでしょう。
ゴルドと最初に出会ったころのように、強力な『認識阻害』を使われて、『わからなかった』のでしょう。
そして。
「鉱石の……父様!」
ゴルドの目の前には少し老いた男が立っていました。
さっきの音で戻ったということは、女神によって消されていたのでしょうか。
「ふむ、ゴルド。よく戻ってきた」
「い、いえ、ボクは貴方の事を今まで忘れて」
「それはよい。今は目の前の敵じゃよ」
構える鉱石の精霊とその神。女神はそれを見て少し驚いていました。
「音ですって? 一番厄介で嫌いな魔力がどうしてここに……
まさか、カンパネっ!」
女神はカンパネを睨みつけました。
「女神様、ようやく貴女に一言言える日が来ました」
そしてカンパネは大声で、女神に向かって言い放ちました。
「貴女は狂ってる!」