寒がり店主の休憩所『チキュウ店』
クロノは同行できない代わりに、別の形で協力してくれると約束をしてくれたので、僕たちはカグヤの力を使って本拠地へ戻りました。
シャムロエはまだ目を覚ましていないので僕が背負っています。
「あ、お帰りなさいませ!」
「フーリエ、ただい……何ですかこれは?」
本拠地という名のマリーの自宅なのですが、玄関に大きく『寒がり店主の休憩所』と書いてあります。
「聞いてください! とうとうワタチはやりとげました!」
「何をですか?」
「世界という壁を越えた系列店! ワタチの店は今やこの世で一番広い存在となったのです!」
「と言ってますが、マリー、良いのですか?」
「まあ、ワタクシは良いわよ。キョウカも良いわね?」
「ここ……ぼくの……家……」
マリーの家じゃなかったのですか!
「まあ、ワタクシとしては願ったり叶ったりなのよ」
「どういう事ですか?」
その瞬間、僕の背中におぶられていたシャムロエが目を覚ましました。
「マリーも『神々が住む世界』へ行く。つまり、キョウカをここへ残すということね?」
「!」
キョウカは驚きました。
「ま……りー、出ていく?」
「ええ。正直ワタクシを『ドッペルゲンガー』で増やすとか、色々考えたけど、答えは出ないままになっちゃったのよ。でもフーリエが来てくれたおかげで安心したわ」
そこへマオと手をつないで歩いているサイトウが話始めました。
「三日に一度のマリーの『素材の味そのものを堪能できる料理』は辛かったな……とはいえ、しばらくは俺とキョウカが教えてあげるか」
「そ……の、必要は……きっと……ない」
うすうす感じていましたが、キョウカは人と話すのが苦手そうですね。すごく途切れ途切れです。
「フーリエの……料理、絶品。む……しろ、ぼく……たちが……教わる」
「何!」
「料理当番はワタチに任せてください。ワタチは家事全般が得意なただの悪魔なので!」
えっへんと胸を張りました。
って、ん? ちょっと待ってください。
「フーリエは帰らないのですか?」
「はい。というより、ワタチはミルダ大陸にもいるので、問題ありません」
「それはそうですが……」
確かに同一人物なのですが、それはそれでちょっと複雑ですね。
「まあ、積もる話もあることだし、フーリエのご飯も食べたいから、まずは休憩をするわ」
「……マオも」
「ボクもそうします。あ、トスカ、フーリエのご飯の味がわかる音お願いします」
異世界にきてもいつもの雰囲気に若干ほっとしてしまいました。
☆
食事を終え、クラリネットの手入れをしていました。
ゴルドがご飯を食べるときはいつも音を出すので、きちんと手入れをしないと悪くなってしまいます。
と、そこへコツコツと足音が聞こえました。
「サイトウ博士でしたっけ?」
「ほう。見ないでもわかるとは。さすがは原初の魔力の持ち主だ」
サイトウは僕の椅子の隣に座りました。
そして深々と頭を下げました。
「な、ど、どういうつもりですか?」
「マオを連れてきてくれてありがとう。改めてお礼をと思ってな」
「それは……どうも」
「マオがこの世界から消えた時、俺はほっとしたよ。テロリスト……武装した敵に囲まれ絶体絶命の中、マオだけは逃がしてあげたくてね」
「僕はただ偶然、マオが現れた場所にいただけですよ」
「本当に偶然だろうか?」
「どういう意味ですか?」
サイトウ博士は人差し指をぴんと立てました。
「俺はこの中で唯一『本当にただの人間』だ。だから一番人間的に想像できると自負している」
「はあ」
「原初の魔力とやらが複数揃って、大きな敵に立ち向かう。まるで君は何かの主人公のようだと思わないかい?」
「え?」
サイトウは僕のクラリネットを見ました。
「クラリネット。地球の楽器がこことは異なる世界に存在し、ようやくこの世界に帰ってきた。古い文献を読むとかつて姿を消したクラリネット吹きの少女の話なんてのもあったな」
「クラリネット吹きの少女ですか?」
「ああ。名前は『マーシャ』と言ったな」
僕は驚きました。
まさかここに来てマーシャおばちゃんの名前を聞くとは思いませんでした。
「マリーやキョウカと出会うまでは地球以外の世界なんて考えたことなんてなかった。地球だけでも戦争だらけで精一杯なのに、異世界なんてものが存在するとなればさらに俺の仕事が増える。いっそ消えたいとも思ったな」
「ですが、サイトウは生きていますね」
「ああ。キョウカがマオを見つけてくれた。俺の生きる希望を見つけ出した。初めて科学で証明できない『魔法』とやらを目撃してあきらめたんだよ」
魔法……魔術ではなく?
サイトウは立ち上がりました。
「俺の『娘に会う』という最大の目的は達成された。本当ならその後も平穏に生活したいなども考えていたが、それは俺の我儘だ。親としては娘のやりたいことを応援してやりたい」
「何を言っているのですか?」
「マオに言われたんだ。トスカについていくってな。だから……親としてお願いだ。マオを……娘を頼んだ」
……えっと、一応言っておきますが、僕はまだ十六ですよ?