百戦錬磨と呼ばれた少女
『第五十二回、シュークリーム大食い選手権!』
町は歓喜の声であふれていました。
って、何ですかこの先ほどまで唾の音も聞こえるほどの緊張感から一転した平和な状況は!
「トスカトスカ! あそこ、色々な食べ物が売ってるわよ!」
「……甘い香りがする。これは制覇しないと帰れない」
「マリー、どういうことですかこの状況は!」
マリーに問うと普通に歩きながら答えました。
「今日はお祭りなのよ。こんな世界でも、人々が生きるための希望を捨てないために、年に一度くらいはこうして盛り上がるのよ」
そういうとゴルドが顎に手を当てて質問をしました。
「ですが、祭りと『光』の魔力の持ち主の関係性が見えません。主催者ですか?」
「違うわよ」
「ではここの役員とかですか?」
「違うわ。その子は普通に参加者よ」
参加者って……え?
「そういえば勝負がどうのって言ってましたが、もしかして」
「そう。『彼女』が現れる条件はいくつかあって、一つが『祭り』。そしてもう一つは『大量の食品を扱った景品』なのよ」
大量の食品を扱った景品。つまり、あの『しゅーくりーむ』という名前は食べ物なのでしょうか。
「『彼女』とは顔見知りだからワタクシが会えばそれで終わりなんだけど、せっかくだし大会に出てみる?」
「どういう大会なのかしら?」
「あの『シュークリーム』というお菓子をどれくらい食べれるかを競うのよ。きっと『彼女』も参加するし、やって損はないわね」
周囲を見ると、先ほどの作った笑いは見えず、本当に心から笑っている感じに見えます。
「まあ、こういう催し物に参加するのも良いでしょう」
「ふふ、じゃあ……はい」
そう言ってマリーは右手を僕に出しました。
「?」
「いや、参加費」
「……」
僕はそっとゴルドを見ました。
ゴルドはそっと金を生成しました。
僕はそっとマリーの手に乗せました。
「ちょっとゴルド! え、まさかあの鉱石精霊が人間のトスカの下についたのかしら?」
「違います。えっと……その……トスカの心をいつも通り読んだらですね……すごく怖かったのです」
そうなの? とシャムロエがマオを見ました。
「……トスカは『普段から僕の心の自由を奪い、そして精霊や神様の争いに巻き込もうとしていた貴方がここで金の一つもくれないなんてこと……まさか無いですよね?』と笑顔のまま心で話していた」
「トスカ……その……私でよければ悩みを聞くわよ?」
時々シャムロエの優しさが突き刺さりますね。
「まあ、ちょっとした戯れですよ。ゴルドもそこまで気にしないでください。半分冗談ですよ。『半分』」
「ハイ」
「ゴルド、貴方はシャルドネの尻に敷かれている感じだったけど、千年経っても変わらないわね」
マリーが苦笑しつつも金を受け取り、代わりに模様が描かれた紙を渡されました。
「ここでの通貨よ。これで参加しなさい。参加者は四人かしら?」
「ボクは見ていますよ」
「じゃあワタクシと観戦しましょう」
そして僕たちは戦場へと向かいました。
☆
机に並ぶ大量のお菓子。
ふわふわの生地の中にトロッとした甘いものが入っているお菓子。まるで……というより『パムレット』がありました。
僕はミルダ大陸では見たことが無い量のパムレットに驚きを超えて言葉を失っていました。
シャムロエはその量の多さに苦笑しています。
マオは……。
「……これは……負けられない」
何やら闘志を燃やしています。
「この辺りでは見ない顔ね。外の人間かしら?」
そこには一人の女性が立っていました。少女というべきでしょうか。
黒い長い髪に白い肌。キリっとした目つきは一目見ると忘れられないほど印象的です。
「……あなたがマリーの言っている『彼女』」
「あら、マリーの知り合いかしら?」
「はい。僕たちは貴女に会いに来ました」
「私に? 勝負しに来たの?」
「いいえ、それはあくまで成り行きといいますか、貴女も出場されるということで、僕たちも出場してみようかという形です」
「なら本気ではないと?」
黒髪の彼女は強い目つきで僕たちを見ました。
「いいえ、私たちはやるからには本気でやるわ。私はシャムロエ。貴女の名前を教えてもらっても良いかしら?」
そして手を出しました。お互い握手をして黒髪の彼女は言いました。
「よろしく、シャムロエ。私は『カグヤ』よ」
☆
「トスカ、あとは頼んだわ!(ガクッ)」
「シャムロエー!」
まるで巨大な敵を前にして倒れる味方にかける言葉のように大声を出しましたが、実際は『しゅーくりーむ』というパムレットのようなお菓子の食べ過ぎで倒れただけですね。
『シャムロエ選手リタイアだー! 残るは三名となります!』
「一番威勢の良い娘が負けるなんてね。一周して笑ってしまうわね。でも、四位なのは褒めてあげる」
余裕な表情で次々とお菓子を口に入れるカグヤ。正直僕もお腹がいっぱいで結構つらいです。
というか中のクリームが甘くて、その味に飽きが来始めました。
「口の中がべとべとしますね」
「あら、そこに水があるわよ」
大量のお菓子で見えませんでした。器にきれいな水が入っています。
「ちょっと口直しを……」
口をつけ、水を少し飲み始めた瞬間でした。
「……! トスカ、ダメ!」
マオが叫びました。え、ダメって……。
「がっ、お、お腹が!」
突然腹痛が僕を襲いました。
まさかカグヤは水に毒を!
「そんな卑怯なことなんてしないわよ。シュークリームの生地がお腹で膨らんだのよ」
「そん……な!」
そして僕はあまりの腹痛に膝をついてしまいました。
『トスカ選手リタイア! 残るはカグヤ姫選手と、今大会初出場のマオ選手だー!』
「「「おおおお!」」」
この辺ではカグヤは『カグヤ姫』と呼ばれているのでしょうか。それにしてもマオが残るとは僕も思っていませんでした。
「その小さい体でここまで来るとはね。私も予想外よ」
「……負けられない。パムレットを目の前にしてマオが敗北何て……ありえない!」
「ぱむ? よくわからないけど、私はまだ余裕よ?」
「……マオだって!」
かつてないマオの真剣な表情に涙を流しそうです。
ですが、マオは一つ一つしっかり食べています。カグヤは目にもとまらぬ速さで食べています。すでに勝負は目に見えています!
「あきらめなさい。もう勝負は決まっているわ。倍以上の差がついているのよ?」
「……もぐもぐ」
「聞いてるの?」
「……もぐもぐ」
「ちょっと! それ以上食べたらお腹を壊すわよ!」
「……残したら、このパムレット……いや、『しゅーくりーむ』は誰が食べる?」
「え?」
カグヤの手が止まりました。
「……マオは頭が良い。だからここまで食べてきた百六十二個の『しゅーくりーむ』の味はすべて覚えている。そしてこれからこの手に持っている一つもしっかり味わう。次に待っている『しゅーくりーむ』もマオが責任をもって食べる。試合なんてマオにとってはどうでも良い。先に進みたければ進めば良い。マオは一つ一つしっかり味わって、この幸せの塊をくれた『しゅーくりーむ』に感謝する!」
目に涙を浮かべながらカグヤに言いました。
山ほどあった『しゅーくりーむ』はこの大会が終わったら捨てられるのでしょうか。もしくは見ている人たちに配られるのでしょうか。
どちらにせよマオの前に出された『しゅーくりーむ』はマオの物であり、譲れないのでしょう。
ですが……。
『まもなく制限時間となります』
「……そんな!」
時間というのは待ってくれません。永遠と続けばいつかは勝てるかもしれません。もしくは『しゅーくりーむ』が無くなり、引き分けになるかもしれません。
『ごーよんーさんー!』
「……まって、まだたくさんのパムレットが!」
『にーいちー!』
「……だめえええ!」
「気に入ったわ。マリーの次に貴女を認めてあげる」
『ぜろー! って、ええええ!』
司会が驚いていました。
目の前にいた僕も驚いていました。
山盛りにあった『しゅーくりーむ』が一瞬にして消えていました。しかもカグヤとマオの目の前。そして僕やシャムロエの前に置いてあった『しゅーくりーむ』まで無くなっていました。
「合計千個といったところかしら。それと貴女に言いたいことが一つあるわ」
「……?」
カグヤは手をマオに差し伸べました。
「私も一つ一つしっかり味わって食べたわ。すべて美味しく、時に苦いものもあって、楽しい大会だったわ」
『優勝は、『百戦錬磨のカグヤ姫』だあああああ!』