新天地へ
ガナリが普段寝床にしている場所には、大きな鐘がありました。
叩くと大きな音が鳴り響き、それはとても心地よく体を震わせます。
この鐘はゴルドが生成したものらしく、ガナリはここからあふれ出る魔力から生まれたとのこと。
「父様は時々冷静さを失うこともあるが、基本的に良い精霊なのだよ」
「そうなのですねー」
ガナリの自慢話を聞き流しながら僕はクラリネットの掃除をしていました。
シャムロエは周囲の探索。
マオとフーリエはネクロノミコンを解読して、『チキュウ』へ行く方法を考えていました。
ゴルドは頭を冷やすと言って、近くにあるという川へ行きました。
「それよりもそれは……楽器かい?」
「はい。クラリネットという物です」
「名は初めて聞くが、見た目は懐かしい」
「懐かしい?」
「ああ。ガナリが人間に会うのは今日で三度目。一度目はフーリエの姉。三度目はお前。そして二度目は『笛吹き男』だ」
笛吹き男?
「彼は変な服を着ていた。派手な色の模様の服で、突然『認識阻害』を破ってここへ来たんだ」
「え……それって」
ゴルドを見つけたとき、僕は音を見てゴルドを見つけました。
まるでそれと似たような。
「その笛吹き男は?」
「ああ、楽器を無くしたと言ってガナリが作った。それを持って消えていったよ」
笛吹き男。認識阻害を無視できる能力。それはまるで……。
「……トスカ、できた」
マオの声にはっと気がつきました。
「……『チキュウ』へは結構簡単に行ける。ただしそこからここへ来るのは大変。行きは簡単帰りは辛い」
「でも帰れるのですね?」
「……まあ」
「パムレット何個で帰れますか?」
「……三十」
頑張ればできるという感じですが二桁ですか……これは相当きついですね。少なくともガラン王国ではなく物価の安いミッドガルフ貿易国でパムレットを買い占めましょう。
「……あー、値段の安いパムレットなら百」
「つまり気分次第で転移可能ということが分かったので十分です。皆さんを呼びましょう」
そして全員を招集して、マオが床に何かを描き始めました。
「ガナリの庭に落書きとは」
「……これはゴルド専用の召喚陣。万が一の事態にゴルドとその周囲を転移できる。ただし一方通行」
「十個くらい描いて下さい。なんならその陣をガナリにも教えてください」
「あ、私も欲しいわね。『どこでもゴルド陣』」
「ワタチも教えてください。『どこでもゴルド陣』」
「ちょっと! ボクを便利に使わないでください!」
「……稀にトスカが召還される。その時は許して欲しい」
「「「…………」」」
「ちょっと! 聞き捨てなら無い言葉を発しましたね!」
まるで僕が出てきたら残念でしたという感じじゃないですか。
「あ、ワタチはそれでもかまいません。リュウグウジョウで人手不足のとき、それを使うので」
「僕はかまいますよ!」
これから未知の世界に行くと言うのに緊張感も無い状態ですね。
そんなことを思っていたら、シャムロエが僕に話しかけてきました。
「トスカ、大丈夫よ」
「え?」
「ここに居る皆、緊張している。マオも冗談を言っているけど、凄く怖いのだと思う」
よく見るとマオの心臓の音がいつもより早いです。
そうでしたか。こんなことを言っておかないと、怖いのですよね。
「……できた。こっちの陣は『チキュウ』へ行く陣。これに乗れば皆転移できる」
「では行きましょう」
そう言って陣に入りました。
「ええ」
「……ん」
「はい」
「わかりました」
……ん?
「え、僕とシャムロエとマオとゴルドはわかるのですが、フーリエも来るのですか?」
「はい。これはゴルド様と交わした約束です。ワタチも今回同行します!」
まさかの予想外の仲間が一人増えました。
★
トスカ一行が転移され、ガナリは空を見上げていた。
これでゴルドと別れたのは二度目。精霊だから寂しいという感情こそ無いが、それでも何か心細いものがあった。
目の前の草を抜いて、それをくるっと回して輪を作り、一人で遊ぶ。
大きな鐘から鳴り響く音を聞いて、のんびりする。
数百年こうして遊んできた。
「やあ、こんにちは」
「!」
突然声が聞こえた。
「だ、誰だい!」
「あはは、驚かないでくれ。ちょっと人を探しているんだ」
「人を?」
「ああ。俺はシグレット。人間だ」
「人間がこの『認識阻害』で囲まれた地に入れるはずがない」
「ああ、人間と言ってもちょっと事情があるのさ。もう数百年は生きている」
「……一体何のようだい?」
「ああ。この孤島にトスカという少年やシャムロエという少女を見なかったかい? ちょっと知らせたいことがあったんだが」
シグレットは一枚の紙を持ってガナリに尋ねた。
「それなら、今転移していったよ。『チキュウ』という場所へ」
「何! それは本当か!」
「え?」
紙を落とし、それが風に揺られてガナリの目の前に落ちた。
『この世界の存在がバレた。急げ。カンパネ』




