世界の決まり
ゴルドの目的は、ゴルドの故郷にいる『女神』と呼ばれる驚異的な存在を倒すこと。
そして、そこに捕まっているであろうシャムロエの娘、『シャルドネ』を助けることでした。
かつてゴルドは故郷で好き勝手に暴れていた『女神』に抗議し、圧倒的な力の差に負けてしまい、この世界に落ちてしまったとの事。
そして再度戦うべく力をつけていく中で出会った仲間が『シャルドネ』という少女でした。
シャルドネと共に故郷へ行き、再度挑みましたが、またしても圧倒的な力に屈し、シャルドネは捕らえられてしまいました。
ゴルドはまたこの大陸に落ち、僕が見つけるまで誰にも見つからないまま過ごしていたとのことです。
「フーリエは知っていたのですか?」
「ワタチが知っているのは、大陸を旅してガナリ様がいる孤島へ行くところまでです。その後すぐに帰ってきていたのはしりませんでした。それこそミッドガルフ貿易国でトスカ様が連れてきたのが久しぶりの再会だったのです」
そういえばあの時、ゴルドを見た途端すぐに駆け寄ってましたね。
「シャルドネ様については知っています。ゴルド様と再会してすぐに話を聞きました。シャムロエ様はゴルド様の魔力とマオ様の魔力に反応して転生したことも」
「そこまで」
「はい。なので……」
フーリエが凄く真剣な表情で言いました。
「恐れ多いのですが、シャムロエ様の魔力ってすっごく美味しくないのです」
「凄く失礼じゃない! 何か落ち込むんだけど!」
何を言うかと思ったら……。
「こ、こほん。とにかく、ゴルド様の様子を見る限り、マオ様を元の世界に返す途中でこういう提案をすると予想していました。『ちょっと寄り道していきませんか?』と」
寄り道というのはおそらくゴルドの故郷のことでしょう。
「……ゴルドは戦力が欲しい。そこで鍵を握っているのがトスカ」
「僕ですか? シャムロエの身体能力とマオの魔力が目的じゃないのですか?」
「……それは副産物。確かにシャムロエとマオは強いけど、それは『一般的に』という意味。トスカはそもそも強いという概念ではなく『その能力』が重要」
原初の魔力『音』でしょうか?
「……ミッドガルフの鉱山で、シャムロエもマオも強力な『認識阻害』によってゴルドを見つけることができなかった。それをトスカは見つけるだけでなく、『認識阻害』の解除もできた。これは本当に凄い」
そこへミズハが間に入って言いました。
「もう一つ付け足すと、私へ攻撃したのも凄いことよ? そこのお嬢さんも強いけど、それは魔力の量に乗じた強さ。貴方のは魔力という概念すらすっ飛ばしてほんの少し『音』を操っただけで身動きが取れなくなったのよ」
褒められて……まあ、いるのですよね?
ちょっと照れていると、すかさずシャムロエが言いました。
「その能力をゴルドは必要としている。憶測だけど、私の娘というのが本当にいるのなら、私はゴルド側につく。もしかしてだけど、力ずくでもゴルドはトスカ達を巻き込もうとしているのかしら?」
その言葉に、一同が黙りました。
「トスカ様、これだけは信じて欲しいのです」
フーリエが赤い目を輝かせて言いました。
「ゴルド様は決して騙していません。黙っていたかもしれませんが、ゴルド様も深い事情あってのことです。信じて欲しいのです」
「フーリエ……」
マーシャおばちゃんに育てられ、これと言って何もないのどかな村で育てられた僕ですが、まさか精霊の事情に巻き込まれるなんて思っていませんでした。
「一日考えさせていただいても?」
「一体何を考えるのかしら?」
「考えが次から次へと出てきて、整理がつきません。唯一一人になれる時間もカンパネやイブキやミズハに邪魔されたので、本当に一人になりたいのです」
「トスカ」
そして僕は客室へ行きました。とにかく今は、考えをまとめたい。それだけが僕の願いです。
☆
部屋で最初に僕が行ったことは、クラリネットの掃除でした。
ノーム達に作ってもらった後、一度も拭き掃除すらしていなかったので、丁度良かったです。
「というか、全然錆びていないですね。この木も全然汚れが……」
そう言えばこのクラリネットは精霊たちによって作ってくれた特別なクラリネットでした。
「知らない間にお世話になっていたのですよね」
構造はもともとのクラリネットを参考に作ってくれたのか、分解できました。
口を付ける部分、ボタンを押す部分、音が出る下部。三つに分けたクラリネットを順番に拭きました。
「三つ。そういえば世界も三つでしたね。ミルダ大陸にマオの世界にゴルドの故郷。そもそも異なる世界ってどういうことでしょうか。海の向こうでしょうか?」
僕は初めて海の向こうという単語が出てきました。シャムロエが以前話していた時は全然気にならなかった単語です。
ですが、仮に海の向こうだとしたら、カンパネは直接こっちに来れる。マオも突然何もないところから現れる必要もありません。
というと、空?
全く異なる世界……いや、大陸の問題に僕がおいそれと関わってよいのか考えました。
三つのクラリネットを一つに組み立てました。そこでふと気が付きました。
『原初の魔力』
ミズハは確かマオの住む世界から来たと言っています。ゴルドやカンパネの住む世界はカンパネの口ぶりから察するに異なる世界でしょう。
ですが、『原初の魔力』という物は共通の認識です。そしてこの『音』の魔力はマーシャおばちゃんから代々伝わったもので、マーシャおばちゃんは元々マオの住む世界出身。
そしてゴルドはこの世界でもなく、マオの世界の出身でも無いのに『鉱石』という魔力を持っています。
つまり、原初の魔力という共通のモノがあるということは、この一本のクラリネットの様に世界はつながっているかもしれません。
もしゴルドが相手をしている『女神』が猛威をふるってこの世界に何か影響を与えたら?
それを唯一止める事ができるのは『原初の魔力』だとしたら?
震えが止まりません。そんな重大な責任を生まれてから課せられているなんて、思っていませんでした。
そして。
「フーリエ、聞き耳を立てないでください」
「はひ!」
きいっと音を立てて扉が開きました。
「す、すみません。トスカ様」
心臓の音が出ないフーリエならばれないとでも思ったのでしょうが、残念なことに足音とフーリエの服がすれる音でわかりました。
「原初の魔力についてもう一度教えてください」
「は、はい」
しょぼんと落ち込みながら僕の前に座りました。
「原初の魔力は『時間』『音』『鉱石』『光』『神』の五つです。これらはありとあらゆる世界が誕生した時に生まれた物と言われています」
「本当に五つなのですか? それ以上もある気がしますが」
「人間で言う親戚となる魔力があります。鉱石はあらゆる固形物質。つまり土や水につながります。そこから火や風など、一つの魔力からいくつの魔力へとつながります」
「時間や音もですか?」
「『時間』の魔力からは『運命』『変化』など、人間にとって抽象的な物がつながっているという研究結果が出ています。『音』はすみません、わかりません」
「神というのがわかりませんね」
「『神』も一番謎です。唯一の手掛かりが『神術』です」
「神々が地上で使った魔術ですか」
「魔術という表現は『火』や『土』などの自然の物に近い物質を魔力で生成することを魔術と言っています。『心情読破』は『神術』。そう言う表現しかできません」
やはり魔術研究所の館長は凄いですね。魔術に関しての質問は殆ど答えてくれます。
「ではどうしてフーリエは『神術』を使えないのですか?」
確か悪魔だから使えないと言っていた気がしますが。
「そういう決まりを『神』が設けたからです。悪魔は神の技を使う事ができない。そういう決まりなのです」
「それっていつ決まったのですか?」
その質問にフーリエは一瞬黙りました。
「フーリエ?」
「トスカ様、忠告です。これ以上は禁忌です。ワタチは人間を止めて、この千年間色々な実験を繰り返して知った事です。もしトスカ様がこれを知れば今後の人生を左右するかもしれません」
「言いたくないのですか?」
「茶化していません。真面目な話です。ワタチは現役時代にこの大陸で唯一悪魔の研究をしていました。禁忌を知るということは禁忌に触れるということです」
その言葉に僕は怯みました。
「そう、ですね。フーリエは僕よりも相当目上の人だという認識が抜けていました」
「いえ、言い過ぎました。それ以外の事ならお話しします」
「ではゴルドは何故僕を巻き込もうとしているのでしょう?」
音を操ることができるというだけで、それ以外は魔術も使えないのが僕です。
「『さっき』聞きました」
ああ、そういえば別なフーリエはゴルドと合流しているのでしたっけ。
「『原初の魔力に対抗できるのは原初の魔力』だそうです」
「つまり、音の魔力を所持している僕が必要だと?」
そう言うとフーリエはゆっくりと首を縦に振りました。
「わかりました。これで色々と考えがまとまりました」
「では、ゴルド様に?」
「ええ。その前に……ゴルドに伝言をお願いします」
「はい?」
僕はゆっくりと、確実に、間違いの無いように慎重に言いました。
「『一度マオの世界に行きましょう』。そう言ってください」