説教の時間
『トスカ殿。入ってもよろしいですか?』
大浴場の入り口から女性の声がしました。これは確か……イブキという商人が連れてきた女性の声でしょうか?
「おっと、僕はそろそろ戻らないと。『女神様』に怒られるからね」
「待ってください! まだ話は!」
そう叫ぶと、人の形をしたお湯がサーっと湯船に沈んでいきました。
「トスカ殿? だ、大丈夫ですか?」
「い、いえ、何でも……って、何入ってきているんですか!」
商人が連れてきた『記憶が封印されている』と言われている少女のイブキ。黒い長い髪を後ろにまとめて、尻尾のように動いています。
目はキリッとしていて、凛々しい女性という感じでしょうか?
「す、すまぬ。なにやら危険な気配を感じたので」
「いや、それよりもここ男湯なのですが……」
「お客様の安全が最優先故、お許しを」
あ、こういう人なんですね。
「主人……いや、『今の主人』から話を伺いました。トスカ殿は二人の記憶喪失者と記憶を戻す旅をしていると」
「え、話を続けるのですか!」
いや、だからここは男湯ですよ!
イブキはリュウグウジョウの制服を着ていますが、僕は何も着ていません! 湯船に深く浸かるしか身を隠せないのですが!
「男湯でトスカ殿が身動き取れないからこそ質問をしております。トスカ殿があの中で一番気配を察知できますが、一番色々と質問できそうだと判断しました」
「確かにあの中では一番体力はありませんよ! いつも守られていますよ!」
対価として僕の心は読まれまくりですけどね!
「それに、我は記憶が無いとは言え、腕に自信がある。この『カタナ』でトスカ殿の首を切ることもたやすい」
「な、何が狙いですか?」
「我の記憶を取り戻す手段を聞けたらと存ずる」
イブキはシャムロエやマオと違って『記憶を封印』されていると、ミズハは言ってました。タマテバコを使ったところで取り戻せたとも思えませんし、心当たりなんて。
「音を使えばいいのよ」
大浴場の入り口にまた誰か立っていました。
「女将様」
「ミズハ!?」
「なにやら男湯が騒がしいと思ったから様子を見に来たのよ。それよりもイブキの記憶はあの二人とは違う理由で失っているわ」
「女将様、違う理由とは?」
「うーん、教えても良いのだけど、それだと貴女はここを出ると思うからね。人手不足を補いたいし、今は我慢して欲しーー」
スン。
目で追えない速さで『カタナ』という刃物の武器をミズハの首ギリギリに近づけました。
「貴女の実力は知っているわ。でも私は貴女より強い」
「強がり……ですか?」
「いいえ? 貴女より強いけど、それは戦ったらの話で、貴女が全力で逃げた場合私は追いつけない。だから貴女を足止めするには記憶を戻す方法を全部話すわけにもいかないのよ」
「我が逃げれることを言っても良かったのか?」
「ええ。でも貴女は記憶を戻す方法を永遠に知らないままになる。私にとって貴女の記憶はどうでも良いの」
「くっ、無礼を。申し訳ありません」
そう言って刃物を腰の鞘に入れました。
「……かげん」
そして僕は
我慢の限界を超えていました。
「ということでトスカ……って、何震えているの?」
「いいかげん」
先ほどイブキが刃物を鞘に入れた時の『音』を『掴み』ました。そして刃物が揺れる音、刃物がこすれる音。その『部分だけ』を取りました。
「いい加減に、出てってください! ここは男湯ですよ!」
☆
「精霊でも鳥肌って出るのね。それとも精霊になったから出るのかしら……ううう」
「見えない攻撃ほど恐ろしいものは無い。トスカ殿は思った以上に危険人物だった」
「トスカ……一体何をしたのよ」
お風呂を出ると、休憩所には皆が集まって話をしていました。
ミズハとイブキが震えていましたが、当然の結果です。
「鉄から発する『不快な音』だけをミズハとイブキに聞かせただけです」
「おそらくトスカにしか出来ない技だからどういうものか分からないけど、とりあえず凄く嫌な技というのが見ていてわかったわ」
「と言うよりも、従業員が男湯に入って迷惑をかけるってミズハ様は何をしているのですか!」
「違うのよ。何か騒がしいと思ったのよ。女将として様子を見にいっただけよ」
「我も最初は何か嫌な気配があったので、様子を見に行ったのだが」
シャムロエ、マオ、フーリエの三人が僕の意見を待っています。本当は? と言わんばかりの視線を止めていただきたいです。
「間違いではありません。カンパネが現れました」
「カン!」
反応したのはミズハです。
「ちょっと! あのペテン師が来たの!」
「え、ええ。そういえば知っているのでしたっけ」
「そうよ! 次会ったら『心情偽装』で頭の中かき混ぜたいくらい憎い神よ!」
キーッとなにやら悔しがるミズハ。いや、カンパネが来たといっても人型のお湯だったので、その攻撃は効かないと思いますよ。
「それで、何を言われたのよ?」
シャムロエが僕に冷たい水を渡しながら質問をしました。
「あ、ありがとうございます。えっと、ざっくりと言うと、僕たちが『時の女神』に出会う途中で大きな壁にぶつかる。そんな感じです」
「そう……ですね」
フーリエが目を逸らしました。
「どういう意味?」
「本当ならここでシャムロエとマオの記憶が蘇り、マオは元の世界に帰るという流れでしたが、ゴルドは違ったみたいです」
「……知ってた」
マオが僕を見つめます。
「……トスカ。先に謝る。ゴルドの数少ない心を読んで、ゴルドの旅の目的は知っていた」
「どうして謝るのですか?」
「……ゴルドに口止めされた」
ゴルドは原初の魔力を持つ精霊です。そしてマオの実力を一番知っているのはゴルドかもしれません。心を読まれているのは知っていたのでしょう。
「……パムレット五個で手を売った」
「後で説教です。真心込めて僕がパムレットを作ってマオに食べさせます。安心してください。栄養を考えて野菜たっぷりのパムレットです」
「……そ、それだけは!」
マオの野菜嫌いは悩みの種の一つですが、それ以上にゴルドの問題が最優先ですね。
「では今ここでゴルドの目的を話してくれれば許してあげます」
「……わかった」