説得の時間
部屋の外では宴会が始まり、徐々ににぎやかな音が聞こえていました。
そんな中僕の目の前にいるミズハは先ほどの『パムレット攻撃』の反動か、頭をさすりながら僕に話しかけます。
「本当の目的と言っても、それほどたいしたことは無いわよ。ただ、覚悟があるのか聞きたかったのよ」
「覚悟ですか?」
ミズハの目の色が青色になりました。本来の色になったという感じですね。
「ええ。だからそこのお嬢さんにはあまり聞かれたくないのだけど……まあ、私にこんな技をしかけたんだし良いわ」
「……お気に召したなら何度でもやる」
「け、結構よ。もうお腹一杯」
一歩引くミズハ。それほどマオのパムレット攻撃は強いのですね。
「話は戻るけど、貴方のお仲間二人の記憶を取り戻すにはこの子の故郷へ行って、『時の女神クロノ』にお願いするしか無いわね」
「時の女神ですか?」
原初の魔力の中に『時間』というものがありました。タマテバコがその魔力を秘めている道具だとして、魔力自体を秘めている……つまり僕のような存在がいるということですよね。
「時の女神は私もあっちの世界で何度か出会ったんだけど、自分勝手でどこに出没するか不明。正直あっちの世界に行ってもすぐに出会えるとは限らないわね」
「ですが、その時の女神に出会わないと、二人の記憶が戻らないのですよね」
「そうよ。幸いその子が持つ怪しげな本がその世界へ行ける唯一の手段ね」
マオがネクロノミコンを取り出しました。まさかこの本に別の世界へ行く手段があったなんて。
「でも、今すぐは止めておきなさい」
「どうしてですか?」
「行くなら貴方の仲間の鉱石精霊を連れて行きなさい。きっと役に立つはずよ」
「一つ気になるのがあるのですが、ゴルドとミズハは知り合いですか?」
原初の魔力を持つと言っても、その人や精霊が有名とは限りません。僕がその証拠です。音を操り見える人ですが、原初の魔力『音』が知られているだけで、僕個人は無名です。
「直接は会ったこと無いわね。あっちの世界で数少ない人間……の知り合いに鉱石精霊の話をしていた人がいるのよ」
「ゴルドの話をした人が?」
「そう。人間のはずなのに私の住居へ来て、色々お話をしたわ。どうしてそこまで知っているのか、世界について何故人間がそこまで知っているのか。そしてその子同様に私の心を息を吸うように読んでいたわね」
確か精霊などの心や考えを読むのは凄く難しいとのこと。その出会ったという人物もマオと同じくらい凄いのでしょうか。
「……つまり、単独で行くよりもゴルドを連れて、その人に会った方が『時の女神クロノ』に出会える可能性が高い」
「察しが良くて助かるわ。だから貴方はその世界に行く覚悟があるのか聞いているのよ」
別な世界に行く覚悟。先ほどから真剣に話していますが、田舎出身の僕がミッドガルフ貿易国やゲイルド魔術国家を見ただけでも別世界に感じたので、今更な気もします。
「……トスカ、これについてはもう少し慎重に考えたほうが良い」
「どういう事ですか?」
「……マオの世界がどういうものかは記憶が無いからわからないけど、それでも唯一知っているのは、『言葉が違う』」
そこで僕はマーシャおばちゃんとマオが最初に交わした会話を思い出しました。
記憶喪失でも声は出せたマオ。そしてその言葉を偶然にも理解できたマーシャおばちゃん。
少なくとも言葉が違うということですか。
「それなら問題ないかと思います」
「……どうして言い切れる?」
「そうよ? その子が常に貴方に魔術を使って通訳をするわけにもいかないでしょ?」
「忘れたのですか?」
時の女神は『時間』の魔力を所有する。同様に僕は『音』の魔力を所有し、操ることができます。
「幸いにも声は音です。『僕は別の世界でも会話ができる』」
☆
驚いた二人の顔に、僕は少しだけ焦っていました。
だって、二人は凄く強いですからね。
「驚いたわ。『ニホンゴ』で話しかけてくるなんてね」
「……だったら、マオと初めて出会ったとき、会話できた?」
「時間の問題でしょう。マオがここではない世界の出身という事を知れば、『マオの世界の言葉』と念じて声を出していたと思います」
「……魔力を使わずに魔術的なことをするトスカの技は時々ずるいと思う。腰痛治療とか」
「腰痛治療がずるい対象だとしたら認識を改めてください。アレは悪魔祓いです」
シャムロエにはあとでおしおきをしないとですね。マオの中では僕の特技が『腰痛・頭痛・その他色々な効能を持つ力』くらいの認識なのでしょう。
「まあ、言葉以外にも問題は多々あると思うわ。あっちの世界では魔術は無い……いや、使える人は少ないだろうし、とにかく早く鉱石精霊の知り合いに会うことね」
そんなことをミズハが言ったら、シャムロエが部屋に入ってきました。
「いたいた。どこでサボっていたと思ったら、内緒話?」
「いえ、別の世界についての情報を聞いていました」
「私も関係しているのに、仲間はずれは悲しいわね」
「あら、ちゃんと理由はあるわよ? 貴女はここの従業員より数十倍早く行動できるから、私とトスカが離れても支障出ないと思ったのよ。というか、ここで働かないかしら?」
「お断りよ。さっさと記憶を取り戻して、ついでに娘とやらを救って、この世界に帰るのよ」
そうシャムロエが言うと、ミズハがシャムロエを睨みました。
「そう簡単にここへ帰れると思っているの?」
「どういう意味よ」
「もしその本の力が一方通行だったらとか、貴女の娘とやらがどこで何をしているかわからないけど、無事ではなかったらとか、色々と問題しか無い旅になるわよ?」
鋭い声がシャムロエに届きました。そして。
「やってみないとわからないわね」
あっさりと返しました。
「それに、ミズハがあっちの世界で知り合った人間? それって本当に人間なの?」
「どういう意味?」
「ゴルドの知り合いって言ってたけど、ゴルドは数百年眠っていたのよ。フーリエから聞いたけど、ゴルドと分かれてから百年以上は経過した後貴女がこの世界に来たのよね? それなのに、どうしてその『人間』は生きているのかしら?」
もしかして最初から聞いていたのでしょうか? 宴会の音が大きかったので、シャムロエの音に気がつきませんでした。
「そうね。ここで働いているフーリエ同様に『元』人間ね。何でそうなったかは分からないけど、何かの力を使って生きているわ」
「そんな世界。そしてこの世界も魔獣や悪魔が蔓延っている状況。どこが安全か分からないし、別の世界に行っても対して大変とは思わないわよ。きっとね」
その言葉に少し驚きつつも、僕は深呼吸をしてミズハを見ました。
「はあ。分かったわよ。いや、別に私の許可が必要というわけじゃないけど、貴方達が死んじゃうと悲しむ悪魔がいるから上司として心配してあげたのよ」
「それもそうですね。フーリエにはお世話になっていますしね」
そう言って僕たちの会話は終わりました。
「とおおおおすううううかあああさあああまあああ! 料理場に戻ってください! 忙しい時間にどこへ行ってたのですか!」
目を真っ赤にして、両手には調理器具を持ち、せわしなく料理をしているフーリエが叫びました。
周囲にはフーリエが召還したであろう『空腹の小悪魔』が数匹漂い、皿を運んでいます。
「ご、ごめんなさい。ミズハに呼ばれたので」
「『ほうれんそう』です! 何事も報告・連絡・相談が大事なのですよ!」
「は、はあ。覚えておきますね」
そして僕は調理。シャムロエとマオは接客をして、今日一日の仕事は終わりました。