女将のお呼び出し
コンコンとドアを叩き、中からの声を待ちました。
『どうぞ』
ミズハの声が聞こえて僕は中に入ります。
「呼びましたか?」
「本当にトスカは便利ね。大声で呼ぶと普通の人では聞こえない声も貴方なら聞こえるのだもの」
「聞こえるというより、見えたと言いますか……」
「シャムロエと部屋掃除をしている途中だったので、できれば途中退出はしたくなかったのですよ?」
「へえ、あの金色のお嬢さんが好みなの?」
「違いますよ。仕事を途中で抜け出すのに心苦しかっただけです」
「凄いわね。本心からそう思っている感じはなんと言うか驚きを隠せないわ」
何とでも思ってください。
「それよりも『人間』の貴方のお陰で今回の騒動をあの商人の所為にできたんだから、喜ぶべきではないかしら?」
「壊したのは紛れも無く僕たちなので、それも心苦しいですよ。今頃商人は落ち込みながら故郷へ帰り、残されたイブキは大浴場の掃除をしてますよ」
「でも、あの場でフーリエが小鉢を持ってこなかったらもっと大変なことになっていたわ。あのイブキという存在は特に危険ね」
ミズハは真剣な表情になりました。
「あのイブキという少女は記憶を無くしたわけではないわ」
「ですが、記憶を失ったと」
「忘れたの? 私は相手の記憶を見ることができるのよ。でもあの子の記憶は見えなかった。いや、『封印』されていたわね」
「封印ですか?」
記憶が封印される。それってどういう意味でしょう。
「理屈とかでは説明がつかないわね。何か大きな事をした。もしくは消しても蘇る記憶だから封印した。そんな感じね」
「では記憶を戻したら?」
「こればかりは私でも予想ができない。ただ、封印を解いて良い方向へ行くかどうかはその人次第。だけど、正直あの剣を見る限り良い方向へ行くとは思えないわね」
音よりも早く動く剣。そんなことがあって良いのかとも思いました。
「ともあれ、あの子はここで預かるし、貴方達はもう少ししたら開放。それを言いに呼んだのよ」
本当にそれだけでしょうか。そもそもそれだけならここへ呼ぶ必要もない気がします。
何か僕を試す……そんな気すら感じます。
「ところでトスカ。ちょっと気になるのだけれど」
「何でしょう?」
「さっきから『心情読破』が使えないのは何故かしら? 貴方の心が読めなくて、心苦しいのだけれど」
先ほどからミズハの目が金色に輝いていたのは知っていました。僕の心を読んで何かを読み取ろうとしたのでしょう。
「それに貴方、どうして手を前に……まるで何かを『持っている』ようなしぐさね」
未だ何かを読み取ろうとしています。正直心を読まれるのはこりごりです。考えることすら許されれないこの状況に僕はもう疲れました。
なので、仕返しをさせて頂きます。
「ところで、『リュウグウジョウにしか存在しないパムレット』はいつ食べさせてくれるのですか?」
僕の言葉に金色の目をしながらミズハはきょとんとしました。
次の瞬間。
「は? リュウグウジョウにしかないパムレット? 何を言って……ちょっと待って、え、ぱ……きゃああああああああああ!」
大きな悲鳴と共にミズハは倒れました。
「貴方……それ、私じゃなかったら死んでいたわよ」
「知っててやりました。最初から何か企んでいるようにも思えました。僕の思考を読まれるのは先手を打たれてしまうので、ここは心を鬼にしてこうしました」
「本当に鬼ね。『水球』!」
ミズハは魔術を使って水を放ちました。その水は僕の目の前で弾け、周囲に散らばりました。
「……さすがに三つ同時は無理」
『認識阻害』で姿を消していたマオが目の前に現れました。正確にはずっと僕が抱えていたのですが。
「さて、僕をここへ呼んだ本当の理由を教えて下さい」