新たな記憶喪失者
話をざっと聞く限り、小太りの男は大陸でも名の知れた商人だそうです。僕がその界隈に関わっていないので知らないそうですが、商人の間ではミッドガルフ王に並ぶほど有名な人らしいですね。
『あいつがガルフの血族なんて信じられねえが、まあ王になってしまって疎遠になったものの、好敵手が一人減ったと思えば良いか』
『お友達が遠い存在になり、良いことはあったのですか?』
『へっ。良いも何も、俺の店の売り上げが異例の高さまで上った。今まであいつと俺が半分だったのが、全部俺に回ってきただけさ』
『それは良い事では? ささ、お酒をどうぞ』
『おっと、ありがてえ。まあな。こうしてここへ来れたのはその報告と後輩への自慢さ』
細い男が頭を下げながらシャムロエからのお酒をもらっていました。
『ベルミッド様はお客様のなかでも『まだ』常識人なので、大歓迎ですよ』
『へへ、ありがとよ』
小太りの男……ベルミッドもミズハから再度お酒を貰っています。
「どこに行ったかと思ったら、ここで聞き耳を立てていたのですね」
「フーリエですか。どうしました?」
突如後ろから声をかけてきました。いや、僕は音で気がついていましたし、マオも魔力で察していたのか全然驚いていません。
「あの男性、ベルミッドは商人の世界ではガルフ……ミッドガルフ王に並ぶ凄腕の商人です。そして言葉使いは荒いのですが、お客様の中でも常識が一番なっている人なのですよ」
「その、『常識がなっている』ってどういうことですか?」
「トスカ様はお酒をまだ飲んだことは?」
まだお酒を飲める年でも無いので口にしたことはありませんね。
「無いです」
「そうですか。でしたらお酒を飲みすぎた人ってどうなると思いますか?」
「それは、酔っ払って……人によっては暴れたりなどですか?」
「そうです。ですがあのベルミッド様は自分の限界を知っています。ほら、今もうミズハ様からのお酒を断りました。この場所は特別な場所なので、羽目を外すお客様が多いのです」
深海の城となれば確かに特別な場所ですが、そういうお店を営むって大変なのですね。
「……一方でお酒を一切飲まず、さっきから周囲を警戒している人もいる」
男二人は談笑しつつも女性だけは無言で周囲を見たりしています。時々料理に手をつけますが、一口食べるとまた周囲を見始めます。
黒い服に身を包む謎の黒い髪の女性。腰には細めの剣を持ち、鋭い目がちらちらとこちらを見ます。
護衛と言われれば納得いきますが、それ以上に怪しさが勝っています。
「ワタチの料理……あのお客様には合わなかったでしょうか」
フーリエが少し落ち込みました。いや、あの女性は食べているというより、飲み込んでいます。かむ音が見えません。
食べるという行為を最小限にし、周囲の警戒を最優先に行っているようにも見えますね。
『これこれ、『イブキ』。そんなぶっきらぼうな顔で食べて、せっかくの料理だぞ?』
『はっ』
ペコリと頭を下げる女性。イブキというのは名前でしょうか。
『そちらのお客様も初めてですよね? ベルミッド様の大切な方でしょうか?』
『あはは、そう見えたのなら俺としてもうれしいが、残念ながらそうじゃねえ。こいつは『記憶が無い』ものでな」
記憶が無いという言葉に反応しました。
『記憶がですか?』
『ああ。そこで一つ、女将さんにお願いがある』
『お願いですか?』
『その女の記憶を戻して欲しい』
その言葉を発した瞬間、ブワっと風が吹きました。
いつの間にかイブキと呼ばれた女性は腰に装備していた剣を構えています。
そしてミズハの前にシャムロエが酒瓶を持って構えています。
『ベルミッド様。貴方はお客様の中でも常識のなっているお方。そんな方を出入り禁止にしないといけないなんて私は残念で仕方がありません』
『つまり、方法はあると?』
『……うふふ、さあ?』
少しでも刺激を与えればイブキは腰の剣を抜くでしょう。
シャムロエがミズハの前にいますが、安心はできません。
「あまりよくありませんね。ワタチが小鉢を持って入ります!」
そう言ってフーリエが扉を開けました。
次の瞬間。
スンッ!
そんな静かな音が見えました。
そして僕は驚きました。
「先ほどから我の様子を見ていたことなど知っている。貴様、この部屋に入った理由を述べよ。さもなくば切る」
音も無く、硝子で作られた小鉢は横に切られていました。スーッとすべる音を出して、最後は上半分が地面に落ちました。
「……早すぎる」
「僕もです。音よりも早く剣を? いや、信じられません」
驚いていると僕とマオもいつの間にか部屋から丸見え状態。ミズハと目が合いました。
……そして、不気味な笑みを浮かべました。え?
この状況でどうして笑って『記憶を取り戻す箱が切られてしまった。この城の宝が!』いられ……ん? 今、頭の中がかき回されているような。
「た、大変です! 兄貴! さっきイブキさんが切った小鉢と思われる箱が記憶を取り戻す箱だったみたいです!」
「な、何!? 本当か!」
「はい! あの男に『心情読破』を使ったところ、そう言ってました!」
……とうとう僕の心は自由に思うことすら奪われたのですね。もう心が失ったも同然の人形ですよ僕は。
「……トスカの心はマオのモノ。今の『心情偽装』を防げなかったのは凄く悔しい」
「誤解を生みかねない発言止めてください。というか、フーリエ、怪我は無いですか?」
「大丈夫です。『記憶を取り戻す道具』が壊されましたが」
え、タマテバコは確かマオが『これでは記憶どころかリュウグウジョウの存亡の危機ですね。どうすれば』破壊したはずでは……『……パムレット』。
「……またしても守れなかった。ミズハの『心情偽装』は強い」
「僕が僕でなくなる前にこれだけは言っておきます。後で何ガなんでもお仕置きです」
人の心を何だと思っているのでしょうか。
そんなことを言い争っていたら、イブキは額から汗を流していました。
「記憶を取り戻す道具を……壊しただと?」
剣を腰の鞘に収め、深い深呼吸をしました。
同時にシャムロエも酒瓶を床に起きました。おそらく殺気がなくなったのでしょう。
「正直私じゃあの人に勝てないとは思ったけど、今の様子じゃ大丈夫そうね」
そして床に膝を着き、絶望を浮かべるイブキの姿がありました。
……いや、タマテバコを破壊したのはマオ『……パムレット美味しい』なんですけどね。……ついでに僕の心も破壊しかけてますよ!