旅館の仕事
「団体十五名様、お待ちしておりました。こちらになります」
笑顔でミズハはお客様を迎え入れていました。
今まであまり気にしていなかったのですが、ここは深海に潜む秘境の宿。富豪や大量の魔力を持った魔術師が命がけで来る場所です。
ミズハの話だと、『数百年も経てばそれなりに建物は大きくなるわ。海底から眺める景色は人間にとって斬新みたいだし、フーリエの料理も美味しいから評判は良いのよ』だそうです。
僕はノームの力を借りてここへ来ましたが、他の人は自力で海底に潜り込み、あらゆる最新の技術を使って来るわけですから、殆ど自己満足なのでしょう。
「というより、海底にあるのにどうやって予約を取るのでしょうか?」
ここへ到着してようやく出会える宿主のミズハ。しかし海底に住んでいるので予約は取れないのでは?
「ふっふっふ、実は一度来たことがある方にだけ『秘密の予約方法』を教えているのです!」
フーリエが腰に手を当てて不気味な笑みを浮かべました。
「……ああ、フーリエに言えば良いのですね」
「なんと! 正解です!」
フーリエの事情を知っているのは大陸でも僅かですよね。そもそもフーリエが大陸全土にいると言う事実を知っている人は何人居るのでしょうか?
「寒がり店主とリュウグウジョウの間に何かつながりがあるとか思われるのでは無いですか?」
「ご心配無く、ワタチと言っても各地のワタチが受け付けているわけではなく、『魔術研究所』のワタチだけが唯一つながっていると言っているのです」
「なるほど、ここへ来るのに相当な魔術師を同行させる必要もあるそうなので妥当ですね」
「はい。それに魔術研究所の館長へ手紙となれば、それなりの人じゃないと受付ができません。信頼における商人や国の上層の方などですね」
色々と都合が良いそうですね。でもそれだと客はそれほど多くないのでは?
「ええ、それほど多くは無いわね」
ミズハが疲れた顔をして僕とフーリエのところへ来ました。
「料理の準備はもう終わったのかしら?」
「はい。トスカ様は手先が器用だったので教えることが少なかったです」
「へえ。それなら良かったわ」
マーシャおばちゃんに料理を作ったりしていて、今では野営などでも時々料理を作っていたので、それが活躍しました。何がどう役に立つかわかりませんね。
「それよりもお客が少ないとのことですが、大丈夫なのですか?」
「何が?」
「いえ、日々の生活費などに困らないのかなと思いまして」
タプル村のような小さな集落では一番価値の低い銅貨を定期的に集金し、それを使ってガラン王国への手紙や柵の修繕などに使っていました。
ここではそういう集金等はないのでしょうか?
「税金という制度はここには無いわね。そもそもここはどこの国にも属していないもの」
「では警備などはどうやって?」
ガラン王国では住民から税金を取り、そこから兵士の給料を出しているとの事。この『リュウグウジョウ』ではどのようにしているのでしょうか?
「ここは私が警備にあたっているわね。あとフーリエもよ」
「そうなのですか?」
「そもそも私がここに来た……いや、呼ばれた理由がここの世界の神である『カンパネ』がこの海の魔獣退治を依頼したからなのよ」
カンパネ。
僕にとってはあまり聞きたくない単語になりつつありますが、ぐっと言葉を飲み込みました。
「あら、カンパネを知っているの?」
「はい。カンパネから助言を貰ってここへ来ました」
「ふーん。ということは『あの』カンパネですら予想していなかった事態に陥ったということね」
不気味に微笑むミズハ。何かカンパネに恨みでもあるのでしょうか?
と、そんな話をしていたら、奥からわずかですが小さい声が届きました。
『ウメの間にご飯』
うん。こういう時凄く便利ですね。
「ミズ……女将、ウメの間の準備が終わったそうです」
「あら、では行かないとね。フーリエ、準備をお願い。トスカはフーリエに教えてもらって頂戴」
「わかりました」
そしてウメの間で宴会が始まりました。