時の箱の弁償
「あ、トスカ、ちょっとお願いがあるのよ」
「何でしょう?」
「瓦礫を持ち上げたら腰をやっちゃってね、ちょっと治療してくれるかしら?」
「腰痛治療の方法として僕の演奏を候補に考えないでください。ほら、そこに横になってください」
「わーい。ありが」
「何ほのぼの腰痛治療しているのよー! 小屋が木っ端微塵じゃない!」
ミズハについていくと、たどり着いた場所は先ほどマオが壮大に破壊した広場でした。小屋があったと思われる場所はどうやら海とこの空間の間にある結界の近くで、見事その結果はマオによって破壊。そして外から流れ込んだ水が小屋を襲い、跡形も無い状態でした。
「トスカ様ー、マオ様をお呼びしましたー」
「……周囲探索楽しかった」
ミズハの部屋を出たマオはどこに行ったかわからなかったので、とりあえずこの場所を熟知しているフーリエにお願いをして探してもらっていました。
「タマテバコは! 時の魔力の宝は!」
「あー、えっと……これかしら?」
どうやらシャムロエが見つけてくれたみたいですね。良かった良かった。
「良くないわよ! ガッツリと壊れているじゃない! 魔力も消えているわ!」
「え、それって……」
いや、まさかとは思いますが。
「ええ、記憶どころか『時間』に関する操作ができなくなったわ」
「ええ! どうするんですか! 僕たちずっとこの箱を求めて大陸を歩いたんですよ!」
「知らないわよ! 文句ならそこの爆破少女に言いなさい!」
そう言ってマオに指をさしました。
「……っ! ……うぐ」
急に指をさされ驚いたのか、マオは一瞬ビクッとしました。
そして普段は眠そうな目をしているマオですが、その目には大きな一粒の涙があります。だんだん大きくなり、耳は赤くなり、やがて零れ落ちていきました。
「……マオ、ミズハの言う通り全力で魔術撃った。……マオ、悪く……」
「え、あ、そのー、ね?」
「……ああああああああああ!」
魔術などが一切使われていない、普通の大泣きです。
「あー、よしよし。そうだねー。マオは悪くないわねー」
「そうなのです! マオ様はミズハ様の言う通りのことをやっただけで、ぜんぜん悪くは無いのです!」
「ああああああああああ!」
ドンという軽い衝撃が僕に当たりました。大粒の涙を流しながらマオは僕にしがみつきました。って、僕ですか!?
「あー、よしよし、『とりあえず落ち着いてください。ゆっくりとお話をしましょう』」
「うう……ああ……○○○○?」
「ん?」
いつもは話す言葉を変換させていますが、おそらく今話した言語は別の世界の言語でしょう。魔術の制御ができないほど辛く感じたのでしょうね。よしよし。
「はあ、過去を覗いてなんとなく見覚えのある風景だったけど、まさか地球の『日本』出身だとはね」
「一体何を?」
「いえ、こっちの話。それよりも泣き止んだかしら? その、確かに私は全力でって言ったわ。私にも悪い部分はあるけど、そもそも施設を破壊したんだから、ちょっとは反省して欲しい……わね」
「……ん。ごめんなさい」
涙声で僕の服を掴みながら謝る姿は、すさまじい魔術を放った者とは思えない、ただの小さな女の子でした。
ぽんぽんと頭を撫でて、再度落ち着かせます。
☆
「とりあえず箱と小屋の破壊に関しては僕たちも責任がありますので、修理費用かそれに見合う何かでお返しします」
「そう言ってもらえて内心ホッとしているわ……その子がさっきから目を真っ赤にして私をにらんでいるんだもの」
マオは僕の服をしっかり握った状態で後ろに隠れています。実際実力はマオのほうが上にも思えますが、きっとそれ以上に何かあるのでしょう。
「……マオにも分からない。でも、怒られるのは嫌。トスカにも注意をされることはあるけど、理不尽な叱咤は嫌い」
「こういう時、何故私じゃなくてトスカなのか今一度じっくりと話したいところね。妹が誰かに奪われた感じね」
何故かシャムロエまでも僕を敵視していますが、とりあえず無視しましょう。
「こほん。さて、今回の一件は正直ごめんなさいで済む問題ではないわ。かといって私にも責任はあるし、正直対処に困る案件だけど、一つ提案を出させてもらえるかしら?」
「と言いますと?」
「小屋と『時の箱』については弁償してもらうわ。この後数日ほど団体客が来て忙しくなるの」
「小屋はともかく、『時の箱』の弁償って……」
原初の魔力を宿った箱。その値段はこの世界で一番のお金持ちでも払えないでしょう。
「そうね。『それ相応の人物が所持していたら』払えないわね」
「それ相応?」
「例えば魔術研究所でこの箱を所持していた場合は一生働いても払えない金額になるわね」
ピクリとフーリエが反応しました。
魔術研究所はあらゆる魔術を研究する施設。よって原初の魔力を宿している物となれば超重要な物品ですね。
「でも持っていたのは私よ。この箱はただの箱くらいの扱いしかしていないわ。壊れた状態だけどこうして見つけたのは数百年ぶりね」
「となると?」
「もちろんこの箱の彩色や形などの芸術的観点からそれなりの金額は取る。それ以外は考えないわ」
「良いのですか! ミズハ様!」
フーリエが声を上げました。当然と言われれば当然です。フーリエは魔術研究所館長で、この箱の価値を誰よりも知っています。
「ええ。所持者の私がそう言った以上、変えるつもりはないわ。それを踏まえてここ数日働いてもらいたいの」
「悪くないわね。と言うより好条件ね。何か裏が有るようにも思えるわね」
シャムロエが睨みました。
「……シャムロエ。この人は何もたくらんでいない。むしろ次の案がマオたちにとって重要」
「次の案?」
「はあ、相変わらず私に『心情読破』を使うなんてね。そうよ、ここ数日働いて弁償してもらうのと、それとは別に『ある情報』を教えるわ」
「情報?」
そして僕達はのどを鳴らしました。
「私の元々いた世界。『日本』に存在する時間の女神『クロノ』について、教えてあげる」