☆出会い
息を潜め、僕は周囲の音を『見ていました』。
右からは何も見えません。
左からは……魔獣の心臓の音!
「シャムロエ! 左です!」
「分かったわ!」
金髪の少女が勢いよく左の茂みの中へ突っ込みました。姿が消え、ガサゴソっと音が微かに聞こえます。そして……。
『いたわ! 蹴り上げるわよおおおお!』
ゴッという鈍い音が鳴り響きました。数秒後に黒い大きな魔獣の姿がこちらに飛んで……え?
「って、こっちですか!?」
いや、『音は見えても』僕はそれほど体を鍛えているわけではないので力に自信はありませんよ!
そう焦っていると僕の目の前に銀髪の幼女が現れ、ぼそっとつぶやきました。
「……任せて。『火球』」
ボウっと炎が僕の目の前を横切り、魔獣は見事焼き払われました。
「……調整難しい」
「いや、十分ですよ。それに魔獣は食べられませんので、これくらい焼かないと」
「あはは、マオに向かって蹴ったつもりだったんだけど」
「次はお願いしますよ。シャムロエ」
「はーい。んじゃ、この辺で野宿をしましょう。トスカ」
「はい」
まさか田舎で平凡に過ごしていた僕がこうして魔獣と戦う日が来るなんて、数日前までは考えもしませんでした。
☆
ー数日前ー
ミルダ歴1040年。
静寂の鈴の巫女と呼ばれる聖女が年を定めてから今日でちょうど新しい年となりました。
新年と言っても特別な行事は無く、僕の住む『タプル村』はいつも通りの日常がやってきます。
「トスカ。今日の当番はお前だろう?」
「あ、そうだった!」
別室のベッドから僕に向かって話しかけてくるマーシャおばちゃんは僕の育ての親であり、遠い親戚だそうです。
幼い頃に両親が魔獣で亡くなってから、ずっとマーシャおばちゃんに育ててもらっていました。
いつも『クラリネット』という楽器を吹いていて、時々その演奏を聴きに誰かが訪ねて来ます。
マーシャおばちゃんの言っていた当番というのは『集団墓地の掃除当番』の事で、村の古くから存在する墓地の簡単な清掃活動です。
小さな村だからこそ皆で協力し合う。当然の流れにも思えますが、城下町などではこういう当番は無いのでしょう。少し羨ましいとも思えます。
清掃道具を持ち、マーシャおばちゃんに声をかけました。
「行ってきます。マーシャおばちゃん」
「ああ、気をつけてね。魔獣が最近また増えたって言ってたから」
「わかりました」
マーシャおばちゃんは布団からは出ることが難しいほど高齢なのですが、一体何歳なのでしょう。
しかし、そんな高齢でもマーシャおばちゃんの奏でる『クラリネット』の演奏はとても綺麗です。
流れる水の様に、そして心が躍る音楽。それはきっとマーシャおばちゃんしか出せない音です。
そんな事を考えていたらマーシャおばちゃんは演奏を始めました。いつも同じ曲調の楽しい曲。確か『呼声』という曲名をつけていたと思います。
「ん、おばちゃん、一瞬音が途切れたのが『見えました』よ?」
「ふふ、よく分かったね。気がつくか試したんだよ」
「急な問題やめてください! 落ち着いて聴けないじゃないですか!」
「ごめんよ。というより落ち着いて聞く暇はあるのかい? 掃除当番行ってきなさい」
「はーい」
そう言って僕は家を出ました。
「……そう、長くは持たないかね」
そんな言葉も耳に入りましたが、何の事かはわかりませんでした。
☆
掃除当番と言っても数十個ある墓石を拭き掃除したり、周囲の草刈り等です。
毎日誰かが行っているため、実はとても綺麗な状態が保たれているのですが、だからといって僕だけが手を抜くわけにもいきません。
一人は皆のために精神を大事に、今日は僕が全員のお墓を綺麗にするのです。
ただ、二つほど難易度が高い墓石があるのですよね。
「こればっかりは、一日かけても難しいですよ」
二つ並んだお墓。それは千年以上も昔から存在するお墓で、それぞれ墓石の上の方に金色の宝石と赤色の宝石が飾られていました。
苔が多くて何て書いてあるかわかりませんが、ミルダ歴が定められてからこういう歴史的な物の管理がしやすくなったらしく、魔術なんかも歴史を追って解読とかしているそうですね。
まあ、僕には全く縁が無い物ですけどね!
さて、全く縁が無いというのはあくまで魔術や歴史についてです。お墓の掃除は別問題。昔住んでいた人の供養は大事な事なので苔が多くてもやれる所まではしっかりやります!
まずはこのつかめそうな苔を抜いて……。
引き抜くと、文字が見えました。
「ん、これは……『シャムロ……」
言いかけた瞬間でした。
ファァァァアアアアアア!!
僕の目の前に凄まじい光の球体が現れました。
光が眩しすぎて目を開けられません。よって逃げることもできません。
「な、何ですかこれは! お、音は!」
特に変な音も聞こえません。目を開けられないので音を見ることもできませんが、何が……。
ばあああああああああああああああん!
凄まじい爆発音が聞こえました。
それと同時に、大きな衝撃もそこから生まれ、一瞬僕は宙に浮きました。
「なああ! 一体何ですか!」
光の球体は徐々に小さくなり、ようやく周囲を確認できる状態まで落ち着きました。
一体目の前で何が起こったのですか!
落ち着いて目の前を見てみると、そこには二人の少女がいました。
一人は金髪の少女。その少女はうつ伏せで顔が見えません……あ、今顔だけ起き上がって僕と目が合いました。目はキリッとしていて、整った顔つきはこの世界で美少女と呼ばれる分類でしょう。
もう一人は銀髪の幼い少女。白い肌と小さな手足で白いローブを纏っています。くりっとした目は透き通っていて、しばらく僕をじっと見ていました。いや、それよりも……。
その少女はうつ伏せの金髪の少女に乗っかっているのです。
「……えっと、色々ありすぎてよく分かりませんが、魔獣だったら人を呼んできて良いですか?」
我ながら馬鹿な質問です。魔獣が自ら『魔獣です。食べて良いですか?』とは言いません。つまり僕は凄く動揺しているのです。
立ち上がろうとした瞬間、金髪の少女が僕に話しかけました。
「待ちなさい! そしてその状態から本当に動かないで!」
何やら凄く真剣な口調ですが、貴女は顔しか見えない状態なのと、貴女の上には銀髪の幼女が正座をしているのでこの滑稽な光景から今すぐ逃げたいのですが。
「……人を呼ぶなら後にして欲しいの。その、大きめの布で良いから持ってきてくれる?」
布? 何の為にでしょう。
「……私もよく分からないのだけれど、これだけは言える。今の私、何も着ていないの」
「了解しました!」
僕は全力で走りました。途中で知人にも出会いましたが、無視して走りました。
自宅から薄い布団を一枚持って、再度墓地へ向かって思いっきり投げて目を両手で隠し、深呼吸をしました。
「……一体何が起こっているのですか?」