5『理無きもの』
夜を映した川土手に、一組の男女が座っていた。
「何がなんだか、サッパリだわ」
暗い水面を眺めながら、少女が口を開く。
「どうして助けてくれたの?」
「...あなたこそ、私には分かりません」
青年もまた、黒い川面に視線を預けたままに言う。
「先の腕輪...故意に落としたのは何故です。大切なモノでは無かったのですか」
「人の命より重い宝石があると思って?」
「――――何を」
迷いない少女に、青年は迷わされる。
「私は理由を言ったわ。あなたの理由も聞かせて頂戴」
腕輪さえ手に入れば、青年があの場に残る必要はない。
それを見越しての少女の策は、まったく予想外の展開を迎えた。
「腕輪さえあれば良かったのでしょう?どうして助けてくれたの?」
「それは......私にも...」
「...分からない?」
「...はい」
「......私ね。諫雨って言うの。三柘諫雨」
言って、諫雨は青年のほうを向く。
「あなたは?」
「既に、把握しておられるのでは...」
「あなたの口から聞きたいの」
戸惑いという濁りに軋む人形は、やがて諫雨の言うことに従う青年となる。
「奏士です。姓は宮条ですが、使われる機会は滅多にありません」
「そう。それじゃあ、これからは奏士って呼ぶわね」
「これから...?」
諫雨は奏士との距離を詰めて座ると、綺麗な人差し指をすっと立てた。
「見たでしょう?さっきの。私、あれに追われているみたいなの。どこの誰だか、まったく心当たりもないし...きっと、また私を攫いに来る。さっきみたいに、私が万が一動けなくなったら、それでお終い。
だから、私を守って。あの鬼モドキを何とかしてくれれば...」
「久遠石を、私に?」
「そういうこと」
艶やかで清らかな諫雨の笑顔はとても――――
「――――私は」
首を傾げる、彼女の黒髪が揺れる。
「あなたといると、きっと道を誤ってしまいます」
口をついて出たのがそれだった。諫雨は「まあ...」と紫紺の瞳を丸くする。そして、やはり微笑む。
「あなた、そういうことだったのね」
「?」
「ふふ...言わないわ。ふふ...」
奏士が拒絶を口走った瞬間、諫雨の彼を見る目は一変した。
初めて目が合ったときに灯った熱も、助けてくれたことも。元より、青年の中に理由などありはしないのだ。
恋心に、理屈など無いのだから。
「それじゃあ、行きましょうか」
奏士が快諾したも同然の態度で、諫雨は立ち上がり、土手をのぼっていく。
「み...三柘さん、どちらへ...?」
「あなたも来るのよ。行き先は、そうね...分からないわ。どこに辿り着きたいのかは、分からない。けれど、どんな道を歩みたいか、それは今、はっきりしたわ」
「...?」
奏士は戸惑うが、しかし、諫雨を断る為の言葉はついに飛び出して来なかった。
人形のようなそれの正体は、子どもだ。心の波に初めて触れては戸惑う、ウブな子ども。
だから、少女は亡き母の仕草を真似て、少し遠くなった彼に手を差し出した。
「行きましょう。あなたの心を取り戻す道行きに」