4『綻び』
少女の手首に手が巻きついた。
「!!」
「――――っ――――」
初めて術を破られた少女の戦慄も知らず、奏士青年は今一度、敵とみなした相手を掴んだ首ごと壁に押し付けた。
「っ......、!」
「久遠石は、どちらに」
「...見苦しいとは思わないの?」
窮地に立たされてなお、桔梗は非難の視線を彼に浴びせる。
「自分で記憶を他人に投げ出しておきながら、女の首を締め上げてまで躍起に取り返そうとするなんて...シビトさんだったかしら?同感よ。ご執心なんて、らしくない」
「久遠石は、どちらに」
「絶対に渡さない」
少女は強く言い切る。
「母の形見よ。あなたの身勝手な目的のために手放すなんてごめんだわ。他を当たって頂戴」
「......」
奏士は少女の言葉を無視して、彼女の身体を見回し――――短刀の柄で、細い右の二の腕を小突いた。
袖布を通して、コン、と鈍い金属音が響く。
「腕輪ですね」
「!」
目当てのモノを探し当てた物盗りに、少女の紫紺の瞳はいよいよ怒りを宿し――――矢先、青年の手が首から離れる。
疑問が湧くより速く、闇から飛び出した一振りの短刀が、青年を狙う。
「!」
青年は闇の向こうに刮目しながら、偶然持っていた短刀は冷静に投擲を叩き落とす。
「どなたです」
彼は懐に手を入れ、抜きざまに札を投げ放つ。
霊符と呼ばれる霊術師の小道具は、点火したまま宙を漂い、路地裏を、その先にいる敵をほの明るく照らし出す。
真っ先に目に飛び込んで来たのは、鬼の面だった。
白地に青い塗料で描かれた、不気味に表情の抜け落ちている鬼の貌。
忍装束に身を包んだ刺客である。
「「――――!」」
驚きは二人に等しく、しかし、心当たりはそれぞれに異なった。
「あの面は...」
「――――来た」
思い出しかける青年に、悟ったように呟く少女。
そのどちらにも無遠慮に、鬼面が短刀片手に飛びかかる。
「!」
刹那のうちに勝敗は決した。
霊符を使うまでもなかった。
斬られた忍者は血を吹くが、その様がおかしい。
命を絶たれた瞬間に、刺客の姿は噴き上げた血飛沫ごと、黒霧のなり損ないのような粒子となって消える。
それはまるで、人の手に歪められた輪廻の道を通って、またどこかへ還っていくかのような...
その眺めに呆然と立ち尽くす、少女の身体を手が捕まえた。
「っ...!!」
伸びてきた腕は二本に留まらない。
振り向けば、先の刺客と同じ装いの忍たちが、幾人も潜んでいた。彼らは寄ってたかって、少女の肢体を雁字搦めに締め上げていく。
「っ、卑しくってよ!!!」
鋭い声とともに、少女に触れていた手首が爆ぜ飛んだ。
長時間の心身干渉に加え、先に放った霊力波が、少女の消耗を引き起こした結果として...彼女はそのまま崩れ落ちる。
「!」
前方集団と対峙していた奏士が振り向けば――――コツン、と足元に何かが当たる。
精緻な彫刻の施された、腕輪だった。
中央に収まっている虹みがかった蒼い石は、間違いない。シビトの要求に見合う、大粒の久遠石。
青年は腕輪を拾い上げた。
そこで終われなかった綻が、すべての始まりであり、彼のすべてであり。