準備フロア―5
レーンは緊張する十四人の顔を見てけらけらと笑う。ジョーもおぞましいほどの薄笑いを浮かべている。ナラシは完全に捕食者の目をしている。
思わず後ろに下がってしまいそうだ。本音を言えば片時もこの狂気に当てられたくはない。自分も狂ってしまいそうだ。
『今からアタシが指示した部屋の中に入って、ルール説明を受けてもらうだのよ。今から紙を配るから、そこに指示された通りの扉に入るだわよ。じゃあジョー、よろしくだわよ』
『はぁ~いっ! でもぉ、レーンの話聞いててくださいねぇ~』
『そうそう。ルール説明は、特例でアナウンスじゃなく、アタシが映像を通して説明してやるだのよ。カードの確認の時間、食事の時間、色々と設けてるだわよ。優しいだわよね~!』
―――いいや、全く。
その言葉はのどまで出かかったが、懸命に抑えつける。この三人の言う事はいちいちイラっとしてしまうのだ。
敵なのはわかっているが、このデスゲームを楽しんでいる感じがどうしても許せない。
そりゃあ、デスゲームを仕掛けてきたのは彼らで、彼らにとってはこれこそが楽しみだ。でも、それでもだ。
人間の心には良心があるはずなのだ。あなたはそれを信じている。その限り、デスゲームもそれを楽しむ奴らも絶対に許さない。
その間に、あなたの手にはいつの間にか紙が握らされていた。そこには、中央鉄の扉の奥に位置する小さな鉄の扉へGO! と可愛らしい字で書かれていた。
これはつまり、先程雪絵が必死になって探した鍵で開けようとした部屋だろう。確か鍵は刺しっぱなしになっていたはずだ。
特に他言無用とは書いていなかったので、話し終わって去る三人のタイミングを見計らって、あなたは刃に話しかけた。
「私、例の部屋でした。刃さんはどこでしたか?」
「あぁ、刃さんはねー、さっきまで探索してたあのピンクの部屋だね。カンナちゃんのすぐ近くさ。何かあったら駆けつけるよ」
「それは頼もしい限りです……」
「よう、少年少女達よ。私はあのピンクの部屋に入る前の隠し部屋だそうだぜ。あそこ謎しかねぇから心配なんだよなァ」
「ユキエさん!」
あはは、と苦笑いをするあなたと刃で中央扉へ向かおうとしたところ、ぎこちない笑顔でピースサインをしてくる雪絵に話しかけられた。
どうやら指示される部屋は、自分達が探索していた場所と関わりのある地域に限定されるらしい。
だが、どう考えてもあの部屋に最も関係があるのは雪絵だ。あのたかが鍵に対する執着心は素直に崇めたくなるほどのものがある。
彼女に不思議な引力があって吸い寄せられるだけなのかもしれないが。
その後雪絵は駆け足で例の部屋へ向かい、あなた達もペナルティを受ける可能性を極限まで低くするため速足で指定された部屋に向かうのだった。
もちろん、例の鍵は刺されたままで、開ける瞬間は冷汗が出た。
だがそこに有ったのは家族が使っているような丸いテーブルで、その上にはあなたの好きな食べ物がたくさん並んでいる。また涙腺が崩壊しそうだ。
真っ黒い部屋の中では、中央の壁に光るスクリーンだけが置かれていて、人が一人だけ入れるだけの狭い部屋を照らしている。
テーブルには椅子がひとつ。座れという事なのだろう。あなたは念のため椅子の上を確認してから腰を下ろす。
座ったのが随分久しぶりのように思える。どっと疲れが押し寄せてくる。
これで終わりではないのは分かっているが、体は言う事を聞かないのだ。
すると、唐突にスクリーンがちかっと光った。次の瞬間には、ジョー、レーン、ナラシの三人が手を繋いでニコニコと笑い合う絵が浮かび上がった。
狂気にあふれる現在の三人とは全く違う、純粋な笑みのイラスト。
(現実でもこうだったら、仲良くなれたかもしれないのに……)
『飯は食ってるか? 懐かしい家族の感覚は思い出したか? あったまった所でデスゲームファーストのルール説明だわよ。
まず、役職の書かれているカードの面を出すだのよ。まずは人狼ゲームから説明してやるだわ』
レーンは雑談も混じりながら人狼ゲームとその役職について説明をした。大まかにまとめると、こんな感じである。
人狼ゲームは人狼と村人の戦いである。
ゲーム内で五回朝と夜が訪れ、その度に人狼サイドと村人サイドが活動するゲーム設定である。
まず人狼サイドとして設定されている役職はそれぞれ『人狼』『妖狐』『身代り』『裏切り者』の四つの役職である。
村人サイドはそれぞれ『村人』『霊媒師』『占い師』『ボディーガード』『サイコパス』の五つの役職である。
人狼、妖狐が三人、霊媒師、占い師、村人、ボディーガード、身代り、サイコパスが一人。そして裏切り者が二人である。
聞いたことのある役職から、ゲームオリジナルの役職までがある。
人狼は人間に化けて、朝の人間の会議に参加することができる。その会議で選ばれた人が脱落する。例えそれが村人サイドでもだ。
だが、人狼ゲームでの脱落は死を意味するわけではない。第二ラウンドがあるらしいが、それはその時に説明するそうだ。
そして脱落しなかった人狼は、夜になれば誰か一人を気付かれること無く脱落させることができる。
三人いるが、三人全員で一人を選ぶらしい。次は役職の説明だ。
『人狼』――毎晩誰かを選んで脱落させることができる。
『霊媒師』――脱落者のカードを見ることができる。発表するかどうかは己の判断。
『村人』――特に能力はない。同じ村人グループが全滅したら負け。
『サイコパス』――一回きりだが人狼を見て殺すことができる。その場合は連帯で自分も脱落する。占い師にカードを見られ発表された時点で自動で脱落。
『妖狐』――人間のふりをしている狐。村人サイドを惑わし、発言を不可能にすることができる。毎回一人までしか指定ができない。
『占い師』――毎回ターンが来るたびに誰かのカードを見ることができる。発表するかは自由。
『ボディーガード』――毎回ターンが来るたびに誰かを指定して守る事が出来る。誰が人狼かは分からない。一人だけ妖狐の能力が効かない。
『裏切り者』――一度だけ誰かのカードを見て、ゲームマスターにその人の役職を言ってもらうことができる。他色々。
『身代り』――選ばれることで勝利となる。選ばれたら、誰かを選んで代わりに死んでもらうことができ、自分は生存する。
―――と、いう形らしい。これを見るとボディーガードがとても強力そうには見えるが、実はそうでもない。
誤って人狼を守ってしまうと、とんでもない過ちとなるのだ。何故ならボディーガードはカードを見れるわけではないから。
(想像以上に重要な役だ……)
あなたが冷汗を流している間も、レーンの説明は続いている。
『ゲームはそれぞれの部屋の中で行われるだのよ。朝の議会は全員が広場に転送されるだわよ。夜の殺しは人狼だけが広場に転送されるだのよ。質問はある?』
「あの、夜に人狼が殺したら、ボディーガードが守るまで間に合わないのでは?」
『うーん、グッドクエスチョン! 人狼が誰を殺そうとしたかの発表はないだのよ。もし本当にそいつが死んだなら、全ての会議が終わった後に発表されるだの。だから、朝に発動するボディーガードの能力は、人狼の能力に対抗できるだわよ。深く考えないでよろしい』
つまり、人狼の能力は即効性ではないという事だ。朝になってボディーガードが守る事が出来るのだ。
まあ、ゲームであって現実ではないのだから、そういうご都合主義があっても仕方がないだろう。そして、やはり戦慄する。
ボディーガードは一人しかいない。この『一人』の重要さ、重さ。
(人狼は、誰なんだろう……誰も疑いたくない。全員守りたいのに……。そういえば、楓は何のカードだったんだろう。マサトさんと話してたから聞きに行けなかったけど……人狼サイドのカードじゃないといいなあ……)
長い間一緒に居た楓を守りたい、脱落させたくないと思う気持ちは強い。例え人狼サイドだろうが、人狼でなければ脱落してしまう。
かといって楓ばかり守っていたら自分達が全滅する。ボディーガードはそう言う役目なのだ。
感情で守る相手を左右してはいけない、村を守る騎士なのだ。
(誰がどのカードなのか知れる占い師を味方につけたい。けど、その場には人狼もいる。公表したら次の夜に殺されることは間違いない。私はボディーガードだから守ると言ったら今度は私が殺される。どうする、どうすればいいんだ……!?)
―――落ち着きな。
唐突に、あなたの耳に、澄んだ湖を体現しているような綺麗な声が響き渡った。あなたは思わず硬直し、唇を震わせる。
だって、その声は、その声は―――。
―――まずは深呼吸だよ。それから、自分のすべきことを考えな。
すう。
はあ。
深く、深呼吸。そうだ、思い出した。これは過去にあなたが語り掛けられた言葉である。過去の言葉であろうと、役に立つのだ。
気持ちが落ち着いた。頭が澄み渡っている。適切な選択が、出来そうだ。
『じゃあ、ゲーム開始っ! 飯は減らないから、好きな時に食うだのよ。あ、ちなみに脱落しても鑑賞室で広場のみ状況を観測できるからよろしくだわ。んじゃあ切るだのよ。アナウンスやお知らせ、必要な情報は常時このスクリーンに掲示されるから、よく見てるだわよ!』
放送終わりを告げる小気味いい音は、今度は響かなかった。ぶちっといい感じの音と共にスクリーンが切れて、真っ暗になっただけだった。
ルール説明は簡潔に、、、
章の終わりに詳しくルールを書いたりキャラ紹介しますので、お楽しみに。