準備フロア―4
「実は、準備フロアの攻略条件を先程見つけたんです。詳しくは他言無用と書いてあったので具体的には言えませんが……カードが、あるんです」
「……見つけたさ」
「えっ!?」
詳しくは説明できないため、あなたは極限まで分かりやすく説明する。説明できるのはカードの存在だけ。文字は一ミリも口にしてはならない。
あなたの言葉に澪規は黙り、雪絵は目を丸くし、刃はわざとらしくズボンのポケットに手を置く。
そうだ。彼も同じ、カードの内容を逆手に取っている。他言無用とは、話してはいけないという事。ジェスチャーをしてはいけないとは書かれていない。
つまり、例のカードは彼もポケットにしまってあるという事。
「けど、ここで刃さんとカンナちゃんがカードを見つけてしまったという事は……向こうの部屋に意味がないという事か? 普通に考えれば、向こうの扉攻略後に出てきそうなものだがね」
「あぁ……私も見つけましたよ。カンナさん、『役目』は見ましたか……?」
「レイキさんもですか。……裏の面に書かれていた『文字』の事ですね? 勿論見ましたよ」
澪規がそっと手を挙げる。現状カードを見つけていないのは雪絵のみという事になる。現に彼女は顔面蒼白で今にも発狂しそうだ。
四人中三人が試練内容をクリアしている。この現状を見れば、刃の解釈は確かに一理ある。
ここに試練クリアに必要なものを殆ど置いているという事は、奥の恐ろしい雰囲気を放つ扉には行かなくてもいいのかもしれない。
だが、これはプレイヤーを殺すためだけに造られたデスゲーム会場。意味のない場所なんてひとつもないはずだ。
もしかしたら、今調べるべきではないのかもしれない。
だが雪絵は己の努力を否定したくないがために、未だ一生懸命鍵を探している。
刃は己の分析をさらに詳しく考察し、澪規は辺りを見渡して不審な点がないか探している。あなたは黙々と、己の役職を思い返す。
ちなみに先程の澪規との会話だが、わざわざ役職ではなく役目と文字としたのは、カードに書かれていたルール説明に違反せぬため、遠回しな言葉遣いをしているためだ。
あなたの役職だが、カードにはこう書かれていたと覚えている。
『人狼ゲーム
役職 ボディーガード
わくわくファンタジーゲーム
(戦闘ゲーム)
役職 魔法使い』
時間がなかったためにそれぞれの詳しいルール説明は見ていない。だが、下はともかく上の人狼ゲームが何なのかはさすがに分かっている。
ボディーガードとは、人狼ゲームのプレイヤーを一ラウンドにつき人狼の襲来から一回守る事が出来る、ゲームの中でも比較的重要な役職だ。
カードを見破られたら終わりなどというハンデもないし、いざとなれば自分も守れる。これ以上ない好カードだ。
少なくとも、人殺しの役目である人狼が当たってしまうよりは。
(それにしてもこのカードはいつ見ようか……ジンさんも恐らく詳しく見ている時間はなかったはずだ。どこかに隠れて見る必要があるのかな……?)
「あったッ……! あったぜぇええええ!!」
そんな考え込むあなたの耳を刺激したのは、雪絵の声だった。その手には一本の光輝く鍵が握られている。
雪絵は今にも涙を流さんばかりに鍵を掲げて喜んでいる。感情表現が激しい人だ。あなたはそれを少し羨ましく思う。
あなたは、あなたの言葉ひとつひとつに返ってくる様々な心情が怖くて、はしゃぐことすらも少なかったから。
「もうずいぶん時間が経ったなー。もうみんなカードを見つけている可能性がある。早めに中を見た方が得策だろう」
「あァ、そうだな! おっし、私が開けてやる、見てろォォ~!」
そんな彼女の様子を見ながら、刃が冷静に語り掛ける。そして雪絵は鍵を扉に差し込み、力強く力みながらそれを回す――。
がちゃり、と小気味良い音が響く。まるで家の鍵を開けているみたいで、あなたは無性に涙がこみ上げるのを感じた。
母は心配しているだろう。父は慌てているだろう。いつのまにか無くなっていたスマホには何件の着信が入っているのだろうか。
考えれば考えるほど、最初の試練場所に運ばれた時、驚いた拍子で携帯を落としてしまったのが鮮明に思い出せる。
仕方なかったことなのだが、もし携帯があればと考えてしまうのは不思議ではない。
大人たちの携帯もすでに敵に奪われているらしい。それに、既に何人かは試練で死んでいる中、今更そんなことを思っても意味がないのは、あなたも分かっている。
それにあなたの手元に携帯があったとして、敵が気づかないはずがない。絶対に連絡手段はとらせないだろう。
「うしっ!」
雪絵のガッツポーズがやや遠く見える。そのために、あなたには刃の複雑な顔が見えなかった。もし、それがばっちりわかる澪規の位置に居たとしたら。
ほんの少しだけ――未来が変わっていたのかもしれない。
ほんの少しだけ――今までの思いやりや頼りになる行動の理由を察せたかもしれないのに。
だが、運命は残酷だ。
雪絵の手がドアノブに届くか届かないか。その距離で、声は響いた。
ピーンポーンパーンポーン。やはりこの音である。最近はもう使い古されて聞き慣れてしまっているこの音が、無性に恐怖を呼ぶ。
『ようお前ら! デスゲームを順調に楽しんでくれているところ申し訳ないだのよ。全員が準備フロアの試練を突破しただのよ。探索を止めて速やかに広場に戻るだわよ。もちろん、違反者は即死刑執行だの。ジョーにナラシ、そしてアタシが待ってるだわよ~』
もう一度例の音がして、レーンの声が消え去っていく。つまり今はもうこの扉を開けられないという事だが―――。
第二回デスゲームになると、一階はもう使えない。ならば、何故この扉を開くことが許されなかったのだろうか。
セカンドやサードで開かれる時間ができるのだとしたら、何故ファーストである今、この扉が見えている必要があったのだろうか。
いや、それよりも疑問なのは―――。
「ユキエさんっ、カードを見つけていたんですかっ!?」
「そんな目で見んじゃねぇーよ、たった今だよ。如何やら鍵を見つけた報酬的な感じのようだぜ。鍵を見つけた喜びで言ってなかったんだ、すまねぇな。おっと、別に疑って貰っても構わねぇぜ? このスリルが私にとっちゃァたまらねぇんだよ」
「うわあ、犯罪者みたいなことを言ってるよ」
「おい貴様」
「軽いジョークだよ、ジョーク。さあ、急いで広場に行った方が良い。そうでもしないと、ペナルティが降りるみたいだからね……」
あなたは驚きで思わず声がかすれてしまう。だが、雪絵は微塵もそれを気にせずに大らかに笑って見せた。
本当に疑われる事を気にしていない。疑われるような事をしていないから、そんな必要もないというのが彼女の持論。
本来ならば避けるべき行動を、二階堂雪絵はすんなりとやってのける。
刃の軽口にも応じて眉を吊り上げているあたり、喧嘩っ早い性格ではあるようだ。だが、性格以上に強靭なプライドが彼女の中にはある。
―――ああ、羨ましい―――。
広場に向けて歩く間、あなたはその感情をもとに、彼女と話して居た。
「髪の毛、どうして紫色なんですか?」
「あぁ、染めたんだよ。家族には大反対されちまったけど、こっちの方が目立つと思うし、何よりなァ……私はちと、二次元が大好きなんだよ。少しでも近づきたかった。いつか、死ぬときにでも神様の寛大な心で二次元にぶっ飛ばしてもらえるかなァと思ってな!」
「は、はぁ……なんかすごい持論ですね」
「いやァ、これが誰にも理解されないんだな。ハッハッハ! ハーっハッハッハ!」
それはとても悲しい事のはずだ。けれど、彼女はそんなもの気にしてはいない。所詮三次元の評価に過ぎない、と。
現実を見て現実から逃げない性格でありながらの矛盾。それも、雪絵が人に理解されない傾向にある所以のひとつだろう。
そうこう話して居ると、広場についてしまった。全員揃っている。あなた達は駆け足で急いで中心に向かった。
アナウンスの通り、ジョー、ナラシ、レーンが全員の前に立っている。
『さぁて、第一回デスゲームファーストのルール説明をしていくだのよ』
そうだ。話している場合ではない。覚悟を決めなくてはいけないのだ。
此処から始まるのは本格的な殺し合い。今までのように運と信念に頼って何とかなる物ではない。
あなたは制服のスカートを力強く握りしめ、昂る感情を抑えた。
次はまだタイトルが変わりませんが……ようやく始まった本格的なデスゲーム。あの扉の作用とは。刃の過去、あなたの過去、そして楓の秘密―――。