最初の試練―1
「私には価値があるッ! 殺すならあいつを殺せッ!」
「わたしは……わたしは、もう、死んでも構いません……もう、いいんです……」
「お兄ちゃぁぁぁあああああ―――んっ!」
「ドアホ! オレがここで死んでたまるかっちゅーの!」
「だから、君だけは死なないでね」
お願い。
あなたが死ぬまで、の。
〇 〇
その日の部活帰り、あなたは街灯が消えている事に気が付いた。部活が遅くまで長引いてしまい、現在は六時半である。
高校生特例のスマホで見たおかげだ。
最近は暗くなる時間が早い。六時半でも街灯が必要だ。あなたは暗い道を歩く気になれず、回り道をしようと思いため息をつきながら振り返った。
「なーにしてんの、環奈。あー、でもそうだよね、なんか街灯切れてるし」
「楓……! 楓って確か帰宅部、だよね? お母さん心配するよ」
そんなあなたの肩を叩いたのは、学校の友人である佐藤楓である。普段も部活が終わるまで待っていてくれるが、彼女は部活には入っていない。
校門前にはいなかったし、さすがに今日はいないだろうとあなたも思ってはいたが、まさかこんなところで待ち伏せているとは思わなかった。
わざわざ帰宅部の楓があなたを送ったりしてくれる理由は、彼女の友達があなたしかいないからである。
彼女は所為いじめられっ子というもので、あなたが勇気を振り絞って助けたのである。あなたの正義感はとても強く、あなたにも追加された嫌がらせもはねのけ、今では両方嫌がらせ行為はない。
それ以来楓はあなたを強く尊敬し、今度はいつかあなたを守ろうとこうして一緒に帰ってくれているのだ。
ちなみに、スマホは未だ手に持ったままである。
「あぁ~うん、大丈夫だよ。特に門限はないし、まだ六時半だしさ」
「うっわあ、楓ってばイケメン!」
「何ってことないさ! って、言いたいんだけどねえ。課題が終わらないんだよ」
「……課題は終わらなくていいの、うん」
高校生としてあるあるな難題を吐露した楓だったが、あなたは遠い目をして顔をそむけた。今日の夜にやろうと思っていた課題が終わっていないのだ。
しかも、締め切りは明日である。
これも早めに行っておかなかったあなたのミスではあるのだが、人とは楽をしたくなる生き物だ。あなたはそっとその事を心に仕舞っておいた。
そう、全ては何とかなるのだ。生きているのだから、何とかなるのだ。
「そう言えば楓ちゃんってば~ボーイフレンドは決まりそうですかい?」
「ちょっと、いきなり何を言い出すのさ!」
「だってさ~? この前デートするって言ったじゃん。何かあったの? 進展は?」
「はぁ……環奈ってば本当に人の恋愛事情に興味あるよね。あたしとは違って、女子力が高くて羨ましいくらいだよ。進展はそんなになかったさ、ただ、色々と話しはしたね」
その時の楓の横顔には、何か決意のようなものが見て取れた。あなたは空気を読んで、それ以上尋ねるのはやめておいた。
楓は確かにあなたを慕ってはいるし、聞けばきっと何でも応えてくれるだろう。
けれど、だからこそあなたの方からセーブしなければならないと思ったのだ。楓は、人から内情に踏み込まれることを極端に嫌っているのを、あなただけが知っている。
誰も興味を持とうとしなかった佐藤楓という少女の本質を、共に過ごしていく間にあなたは見抜いていたのだ。
中学校の時に出会って、現在は高校二年生。出会って五年目にもなれば、さすがにしていい話題とそうではないモノくらいは分別できる。
「それにしてもおかしいなぁ……」
「ん? どうしたの、環奈?」
楓があなたの顔を覗き込んでくる。あなたはあぁ、と頷いてスマホを胸の前あたりまで持ってきて、メール画面を開く。
「これがねぇ……さっきお母さんにメールを送ったんだよ。もうすぐ帰る、心配したでしょって。だけどなぜか圏外で送れないんだよね、何かのバグかなあ」
「うーん、さすがにあたしじゃあ分からないね。あたしも、IT専門じゃないからさ。お父さん、そう言うの詳しいらしいね、見てもらえば?」
「確かに! 楓名案! って、私がバカなだけかなあ……」
そう楓に言いながら、あなたはきっと心配しているだろう母のことを思って、罪悪感を募らせる。此処まで部活で遅く帰ったのは初めてだ。
母には何も言っていなかったのだから、もしかしたら誘拐されたと思っているかもしれない。
家庭主婦である彼女は、非常に潔癖で心配性だ。ファッションに知識もあって、主婦をするのがもったいないくらい学業知識が脳内に詰まっている。
そして父は父で優秀なサラリーマンで、少なくとも娘であるあなたにとっては何でもできる、万能で尊敬のできる父である。
帰ったらどう説明しよう、と思いながらあなたはため息をつき―――
―――そしてそれが、日常の終わりのスイッチとなる。
『―――環奈ちゃん!』
その声は、幸か不幸か、あなたと楓の耳に届くことは無かった。
突如として視界が歪む。目の前が歪になり、しっかりと腹に力を入れないと倒れそうになる強風に襲われる。目も、開けられないような。
それが仇となったのだろうか、あなたと楓が目を閉じている間に、世界が急激に反転し、ねじ曲がり、別の場所へと変わってゆく。
二人が消えた地面には、あなたの手から離れたグレーのカバーが付けられたスマホが寂しく落下していく。ゆっくり、ゆっくりと―――
―――次、目を開けたときには、場所は既に変わっていた。
白いタイル。白い壁。全てが白で揃えられた空間に、あなたは一人立っていた。真っ先に思い立つのは、楓の存在である。
一人は怖いのだ。こんな、知らないところに居るのは、絶対に嫌だ。
あの暗い夜道だって、知っている場所だから一人でもまだ良かった。逃げ道は知っている。だが、こんな訳の分からないところは一刻でも早く立ち去りたい。
「楓! 楓っ! あ、かえ―――」
必死になってあなたは楓の名前を叫び、辺りを見回して見慣れた姿を発見する。声をかけようとした瞬間――あなたは異変に気付く。
楓が両手を鎖で拘束され、ダーツ板のようなものに括りつけられている。足は縛られてはいないが、手が縛られていては抵抗も意味はないだろう。
そしてあなたはさらに血の気が引く。
楓の足元には拳銃が落ちていた。見たところ楓に怪我はないため、撃たれたということは無いだろうが、一般の女子高校生が拳銃を見ることなど僅かな確率だろう。
平和な日本に生きてきたゆとり世代は、それを見ただけでも恐怖に震えあがりそうになる。だが、笑う膝を叩いてあなたは楓を見る。
助けなくては。
「楓っ……! 今助けるから」
「……か、ん……な……来ない、で……はなれ、て……!」
「そんな事出来るわけないでしょ! 私は縛られてないんだから、絶対助ける!」
あなたが足を一歩前に踏み出したその時、アナウンスが入る。ピーンポーンパーンポーンという楽し気な音は、いつもなら気にはしないが今はあなたたちを笑っているように聞こえ、心の底から怒気を引き起こす。
『どうもこんにちはだわよ。アタシは第一回連絡人レーン・ラックーだのよ。お前たちが試練に挑む資格があるか、わざわざお前達のために用意してあげたステージが、それだのよ。今からルール説明をするだわ。一度しか言わねーから、しっかり聞いとけだわよ』
そうだ、ここにスピーカーらしきものは見当たらない。なのに、楽し気な声が、身を震え上がらせるような声が、嘲笑うように降りかかってくる。
第一回連絡人、レーン・ラックー。試練に挑む資格。用意したステージ。ルール説明。
レーンが話した言葉を、あなたと楓は懸命に脳内で反芻し、しかし理解には至らない。そんな二人を見て、レーンは高笑いの声を上げる。
『アタシの人生、冥利に尽きただわ~! こんな楽しい情景を目に出来るなんて、ほんと感謝だのよ! さァて、耳洗ってよく聞けだわ。
―――今からお前らには、銃当てゲームをしてもらうだのよ』
それが何なのかわからずに固まるあなたと楓に、レーンはまた楽しそうにけたけたと笑う。嗤う。哂う。そして、ぴたりと止める。
『つまりだのよ。陰陽寺環奈、お前の手が滑ったら、佐藤楓の命はない、という事だのよ』
それは、あなたが楓を、大親友を殺してしまうかもしれないという事で。
あなたにとっては、決して許すことはできない言葉であった。