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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただキミを幸せにする為の物語

SSランクの幸運スキルを持つ俺は、パーティーを追放されたのでSSランクの不幸少女と最強のパーティーを組みます。一方俺を追放したパーティーは壊滅した模様

作者: 山外大河

 俺は人並み外れた幸運の持ち主だ。

 ……幸運の持ち主の筈である。


「クビクビクビクビィッ! お前はクビッ! 疫病神はパーティーから追放!」


 そんな幸運の持ち主である筈の俺は、Sランクの高難易度クエストを終えた直後にパーティーのリーダーである戦士、アレックスから物凄い勢いでそう言い渡される。

 何事かと思い、先の激戦を共に乗りきった仲間である残り二人。魔法使いのクロウと弓使いのユアンに視線を向けてみるが、二人は俺を擁護する所か深く頷いた。


 つまり俺以外の三人は全員俺をクビにしたがっている訳だ。


 ギルドから依頼を受注してそれを達成する事を生業とする冒険者にとって、仕事仲間。所謂パーティの存在は必要不可欠だ。

 依頼をより効率よく確実にこなす為という理由もあるが、ソロでは余程名の知れた冒険者で無ければ受けられる仕事も限られてくる。

 故に割と冗談抜きで冒険者としては死活問題な訳で、俺は流石に三人に抗議する。


「ちょ、急になんだよ三人とも! 俺が一体何したってんだよ!」


 アレックスと同じく戦士として前衛を務める俺の動きは、自分で言うのもなんだが決して悪いものではなかったと思える。

 悪くなかった所か、今回の討伐対象だったダークドラゴンにトドメを刺したのは他ならぬ俺である。

 それなのに俺が何故クビにならなければならないのか。意味が分からなかった。

 だから俺は徹底的に抗議してやるつもりだった。


「んなもんお前のスキルに聞いてみろや! もう我慢の限界だわマジでよ!」


「……」


 だけど意味が分かってしまったから。それ以上は強く言えなくなってしまった。


 人間は生まれつきスキルという能力をその身に宿す。

 FランクからSSランク。そしてEX。そのランクが高ければ高い程強力な力で希少な物となる。

 俺のスキルは『幸運』。ランクはSS。

 文字通り幸運を齎すスキルの訳だけれど。本来はその筈なのだけれど。俺の場合、そうとも言いきれない現象が発生しているのだ。

 いや、現象というよりはまだ疑惑段階かもしれないけれど。いずれにしても大きな不利益は起きている。


 一緒に行動している他者の運気を吸い取っている説である。

 今日の戦いだって心当たりはあった。疫病神と呼ばれる心当たりは確かにあった。


 俺に対して殆ど攻撃が飛んでこない。

 代わりにアレックス達三人には攻撃が集中し、それどころか運がなかったと思わざるを得ない様な激しく強力な攻撃が雨の様に振る。

 アレックス達は俺より一段二段上の実力者だ。故に辛うじてどうにかなりはした。


 だけど結果がどうであれ、俺を除く三人の過程が酷い物であった事は間違いないのだ。


 だから、何も言えない。

 ……きっと俺のせいだから。


「俺達はお前が幸運のスキル持ちで、しかもSSランクだっていうから仲間に誘ったのに何だよクソ! いつもいつもお前は不幸しか持ってこねえじゃねえか!」


「……」


 考えてみればアレックス達は辛抱した方なのかもしれない。

 寧ろ毎回毎回迷惑ばかり掛けているのに、俺が何をしたなんて言葉が出てくる俺の方がどうしようもなかった。

 一瞬意味が分からなかった俺の方がどうかしていた。


「……悪い。分かったよ。俺はパーティから抜ける。今まで世話になった」


 だからそんな言葉は自然と出てきた。


「おう、さっさとどっか行けお前は。お前が俺達の近くにいるだけで命がいくつあっても足りねえ」


「……悪い。じゃあな」


 そうして俺は一人になった。

 またしても一人になった。




 そもそも俺が冒険者という職業になったのは、最悪人とか関わらなくてもいい職業だからである。

 当然一人というのはデメリットは大きい。報酬こそ独り占めだが、アレックスに解雇通告をされて反論した時に思ったように、そもそも依頼を受けられない事が多いからだ。

 だけど当時の俺には一つだけ大きなメリットがあったのだ。


 だって一人なら、誰にも迷惑を掛けないですむから。

 俺は人を不幸にするから。


 嫌でも、何度でも思い出す。


 以前、住んでいた村が山賊に襲われた。

 奇跡的に死者は出なかったが、皆散々な目に会って。その中で俺だけが何の被害も受けなかった。

 それからも厄災が起きる度に俺だけが何事もなく、もはや皆の運気を俺が吸いとり、結果皆に厄災が降りかかり、俺だけが無事という事になっているとしか思えなくなっていた。


 ……俺も、周りも。


 そして16才の誕生日の日、俺は村を出た。出ざるを得ない状況だった。

 そういう空気もあったし、俺もこれ以上周りに迷惑を掛けたくなかったんだ。


 そして俺は、村には無かった冒険者ギルドがある王都にやってきたんだ。

 冒険者になるために。

 必要以上に誰とも関わらずに最低限食っていく仕事に付くために。


 そしてソロでしょうもない依頼をこなし続けて1ヶ月程が経過したある日の事だ。


「俺達とパーティーを組まないか?」


 アレックスが俺に声を掛けてきたのは。

 当然断るべきだった。

 断るべきだった筈なんだ。

 だけどそれでも俺がアレックスのパーティーに入ったのは、決してアレックスの押しが使ったからとかそういう訳ではない。


 一重に俺が一人で誰とも関わらない生活に、精神的な限界を迎えていたから。


 当然だ。

 一人で生きていける人間が誰もいないとは言わないが、それでも大多数の人間は人と関わらないと生きていけないのだから

 俺もまた、その大多数の一人なのだから。


 だから俺は自分の決意も、自分が持つ幸運スキルの真相を棚に上げてアレックス達のパーティーに入ったんだ。

 そういう道に逃げだしたんだ。


 だからアレックスのパーティーを抜けたのは精神的に堪えた。

 翌日待っていた現実も、流石に堪えた。


「……」


 翌日冒険者ギルドに足を運ぶと、妙な視線を感じた。

 そして聞こえてくる噂話。


 どうやら広がっているのだ。悪評が。

 

 恐らくというか間違いなくアレックス達の仕業だろう。

 まあ当然の事だとは思う。

 それだけの事を俺はしたわけで。

 これから関わる人間にも同じ事をする事になるわけで。

 アレックス達の行動は俺への恨み云々よりも、他の冒険者への注意喚起という側面の方が強いのだろう。


 だから誰ともまともに会話が成立しなかった。

 これではパーティーを組めない。


 そうだ、俺はこの期に及んで誰かとパーティーを組もうとしていた。

 今度は誰かからではなく、自分から。


 最初はソロで依頼を受けに来たつもりだったが、それこそそう簡単には行かない。

 一度逃げることを知った人間は、どうしようもなく脆くなる。

 つまりはアレックス達との出会いが俺にとってのターニングポイントだったんだ。

 あそこでそれでも一人を貫いていれば、多分俺はあのまま一人で大丈夫な人間に変わっていき。

 貫けなかった俺は脆くなった。

 

 誰かと関わりたかったんだ。

 慣れ合いたかったんだ。

 一人になりたく無い。


 この仕事を選んだ理由などかなぐり捨てて、そんな事の為に行動する。

 何よりもまず、誰かとパーティーを組むために行動をしていたわけだ。

 それは昼まで失敗の連続で、どうしようもなかったのだけれど。


「……参ったな、クソ」


 本当に。本当に誰も相手にしてくれない。

 当然だ。こんなもの当然だ。


 関わったら危なスキルを持つ男を。しかもそれがSSランクと来たらそれこそ自殺行為なのだ。

 俺も他の連中の立場なら声なんてそう簡単に掛けられない。

 まともに話なんてしようとは思わない。

 余程の要件があって、尚且つ何かが起きてもある程度対応できる様な対策を持った上で無ければ必要異常な接触は避けたい。


 だからまあ、仕方がない。だからと言って諦めはしないけれど。


「……ま、とりあえず先に昼飯だ」


 もう昼である。何も進展がないままに昼である。

 腹ごしらえをしなければ何も始まらない。した所で始まるかは分からないけど。

 そう考えながら、俺はギルド内にある飲食店へと足を運ぶ。


 ギルド内には冒険者として登録している者なら安く利用できる食堂がある。

 安くてうまい。最高である。良い場所だ。

 ……アレックス達に声を掛けてもらったのもこの場所だ。

 人の迷惑にならないよう隅の方で飯食ってたら、勝手に周りの席に座ってきて……楽しかったな、あの時。


 そんな事を考えながら俺はカレーを購入する。

 冒険者ギルド名物。ギルドカレー。

 うまい。とにかくうまい。無茶苦茶うまい。それ以外の感想はない。


 ……さて、席はどうするか。


 ……なんか俺が此処に来た瞬間、また嫌な視線を向けられてるし……アレックス達みたいに突然隣りに座ったりしたら、冒険者仲間が座ってきたというよりは死神が急に隣りに座ってきたという感じみたいに思うのだろうか。

 少なくとも俺なら絶対に嫌である。勘弁してほしいと思う。


 ……となれば、今は隅っこの方に座ろう。


 積極的に声は掛けてきたけれど、だからと言って他人の食事まで邪魔する気にはなれないから。


 と、そんな事を考えながら隅の方の席に視線を向けたその時だった。


 そこには既に先客がいるのに気付いた。


 セミロングの金髪の小柄な少女。


 話した事はない。だけど知らない顔でもない。何しろ彼女は有名人だから。


 名前は確かアリサだ。


 彼女の冒険者としての実力がどの程度なのかと言われれば、正直な話全く知らない。多分このギルドに出入りしている人間の大半は知らないと思う。

 何しろ誰も彼女と関わろうとしないから。


 それでも有名人なのは、それこそ彼女が誰も関わろうとしない様な存在だからである。


 『不運』SSランク。

 それが彼女の持つスキルらしい。


 自分のみならず関わった人間の運気を大幅に低下させる。目も当てられない程酷いマイナススキル。しかもSSランクという高ランクの。

 いわば関われば命に関わるレベルで不幸になる。そんな相手。

 だから誰も関わろうとしない。

 アレックスからも以前アイツとは関わるなって言われた覚えがある。


 ……なんだ、同じじゃないか。


 俺も人を不幸にする。だから誰からも相手にして貰えないのだから。


「……」


 自然と勝手に親近感が沸いてきた。

 だけど……親近感が沸いたから、かもしれない。


 俺はアリサに声を掛けるのをやめる事にした。


 冷静に考えれば、少なくとも自分は幸運なんて奴が、同類面で近寄ってもアリサには不快にしか映らないだろうから。

 そもそも人の運気を吸い取るスキルである事が明白になっている今、そんな俺がデフォルトから不幸な奴に接触するのはもはや嫌がらせな気もしなくはない。

 というよりもそれは明白な嫌がらせだ。


 似たような境遇な奴にはこれ以上不幸になってもらいたくはない。



 そんな考えを抱きながらアリサから視線を外そうとした時、それは起きた。


「……ぁ」


 アリサが小さな声を上げた。上げるような状況だった。

 アリサは俺と同じくカレーを食べていたみたいだが、それを口に運ぶまでの間に木製のスプーンがぽっきりと折れた。

 当然そうなれば彼女の衣服にベチャリとカレーがつく。

 なんというか不幸……不幸、だけど……そんな事ある?


「……」


 本人も本人でまたか、みたいな表情してるし。

 なに? これよくある事なの?

 ……だとすれば紛れもなく不幸なのだろう。


 そしてアリサの不幸はそれで終わらない。


 アリサは備え付けられていた紙ナプキンを手にし、とりあえず服に付着したカレーを取りにかかる。

 そしてその時、微妙に体勢が変わった事により、椅子に掛かる負荷の掛かり方が変わったのだろう。

 まあもっとも、だからどうしたんだと普通はなるだろうけど……突然スプーンがへし折れるような不運を持つアリサにそんな常識は通用しない。


 椅子の足が折れた。


「うわ……ッ!?」


 そしてそのままアリサは勢いよく倒れ……って大丈夫かアイツ! ヤベエ位思いっきり頭打ってるぞ!


「……ッ」


 俺は自然と周囲を見渡す。

 流石に椅子の足が折れ、悲鳴が漏れ、人が倒れればそれなりに気づく人がいる。

 とりあえず一番近い奴でいいから誰か助けに――、


「……マジかよ」


 冗談の様な光景だった。

 分かってる。みんな彼女と関わりたくは無いのだろう。

 でも……それにしたって、一人くらい、動いたっていい筈だ。

 アリサを心配するような人間がいたっていい筈だ。いなければならない筈だ。


 なのにどうして……誰一人として動かない。

 どうして皆、一瞬視線を向けただけで、自分の世界に戻っていく?

 ……いや、どうしてじゃない。答えは分かってるだろ。


 皆、巻き込まれたくないから動かないんだ。


「……」


 アリサはなおも動かなかった。

 本当に打ち所が悪かったのかもしれない。


「……クソッ!」


 自然と体が動いていた。

 分かってる。俺が動くという事はそれだけ事態を深刻化させる可能性がある事は。

 だけど……放っておけなかった。


「おい、大丈夫か!?」


 近くのテーブルにカレーを置いて屈み込み、床に蹲ってるアリサに声を掛ける。

 返事がない。意識もない。

 ……多分コレ、脳震盪だ。


「……ッ」


 ちょっと待て。ちょっと待て。こういう時ってどうすればいいんだっけ?

 とにかく誰かどうにかできる奴に助けを……って駄目だクソ。

 元より誰も動かなかったのに、呼びかけるのはよりにもよって俺だぞ?


 そんなもん、誰も助けてくれる訳がねえだろ。


「……しょうがねえ」


 とにかく頭打って意識を失う。それも数秒とかじゃなく長時間ってのは素人目でみてもマズい事は理解できる。

 ……とにかく早急にすべき事は一つだ。


 俺はアリサを背負って立ち上がる。


 このまま病院に連れて行く。

 こういう時は専門家に診せるのが一番だ。


 そして俺はアリサを背負って冒険者ギルドを跳び出した。


 ……その間、誰からも声を掛けられる事は無かった。





 一か月以上も王都で生活していれば、一度も行った事がなくたって病院の位置位は分かる。

 腕がいいかどうかは知らない。基本的に医者に掛かるような事は物心付いた時から一度も無かったから。だからその辺は分からない。知ろうともしなかった。 

 だけどそれでも、あのまま放置しておくよりもよっぽど良い筈だ。

 ……今、まだ目を覚まさないコイツをどうにかする、俺が思いつく以上の最善策を提示してくれれば、それでいい。


 ……だけどそもそも医者はコイツを診てくれるのだろうか?

 向かった先の医者がコイツの事を知っていたら。コイツのスキルの事を知っていたら、そもそも診断すらして貰えるかどうか分からないぞ。

 ……というか医者にどうにかしてもらうとして、コイツの運気ではコトがまともに運ぶのかすら分からねえ。

 ……大丈夫なのか、このままで本当に。


 そう、自分の行動の先の未来を不安に思った時だった。


「……ん」


 意識を失っていたアリサから小さな声が聞こえた。


「あれ……ボク、一体何を……」


 ……意識を、取り戻した。


「良かった、目ぇ覚ました!」


「……うわぁッ!?」


 突然驚いた様にアリサが暴れ出す。


「うわ、ちょ! 暴れんな馬鹿!」


「こ、ここここ、こ、これどういう状きょ……うわッ!」


「うおぉぉぉおッ!?」


 やべ! バランス崩したあああああああああああああああッ!


「うあッ!」


「ぐへッ!」


 そして二人して地面に転がった。

 つーか頭打った。マジで打った。凄い勢いで打った。大丈夫俺、脳震盪とかなってない!?


「ったぁぁぁぁ痛い痛い痛い!」


 そしてアリサも頭を抱えてのたうち回って居る。

 あーでも、のたうち回ってるって事は意識はあるって事だ。

 一安心……なのかは良く分からねえけど。


「えーっと、大丈夫か?」


 俺は先に立ちあがり、アリサに対してそう問いかける。

 するとアリサは頭を抑えて涙目になりながら、ゆっくりと体を起こす。


「だ、大丈夫で……ってそうじゃない!」


 アリサはシュバっと凄い勢いで立ち上がり、警戒態勢を取る。

 ……なんかすげえ警戒されてた。


「あ、あなたは何者でこれどういう状況なんですか! ボクをどうするつもりだったんですか! ま、まさか誘拐犯!?」


「いやちょっと待てちげえわ! 心外すぎんぞこの野郎!」


 心配して病院連れてこうとしてたのにそれ酷くないか!?


「じゃあ何故ボクを背負って走ってたのか説明してもらいましょうか!」


「お前がギルドでぶっ倒れて脳震盪起こしてるから、とりあえず近くの病院連れてこうとしてたんだよ!」


 説明しろって言うから普通に説明した。


「え、あ……ごめんなさい。かなり失礼にも程がある疑い方してました。すみません」


 なんか普通に素直に謝られた。

 ……多分意識を失うに至る過程までは記憶があるのだろう。そこから病院へって説明をすると、普通に

納得がいったみたいだ。

 それで……うん、謝ってくれるのはいい。

 いんだけど。


「本当にすみませんでした! 許してください!」


 土下座は止めてくんないかなぁ!?


「ちょ、お前! 止めろって!」


 見てるから! 見られてるから通行人に!


「だってボク! 態々ボクを助けてくれた人を誘拐犯呼ばわりしたんですよ!」


「あーもういいから! いいからお願い立って! 土下座止めて!」


 と、そこで通行人の方からとんでもない言葉が聞こえてきた。


「誘拐犯が……女の子に土下座させてる」


 とんでもない情報だけ持っていかれてるううううううううううううううッ!?


「おい、お前さん……そこでなにやってんだ?」


「女の子相手に何やってんすかアンタ」


 そしてなんかよく分からんけど、誤解して滅茶苦茶ワラワラ人来てるぅ!


「本当にすみませんでした!」


 あーもう最悪だ面倒くせえ!


「そう思ってんなら土下座止めような!? で、アンタらも別に俺誘拐犯とかじゃねえからな! 考えろ!? 誘拐犯だったら女の子こんな公衆の面前で土下座とかさせねえよな!?」


 アリサにも囲ってきた通行人にも叫んで主張する。


「む……確かに」


「コイツギルドの冒険者! 俺もギルドの冒険者! 突然倒れたから同業者のよしみで病院に搬送中! コイツ俺の事知らなくて大混乱で勘違い! OK!?」


 勢いでゴリ押す。


「そ、そうか……おい嬢ちゃん。そういう感じなのか?」


「え、あ、はい! そういう感じです……あの、皆さんもお騒がせしてすみませんでした」


 言いながら今度こそアリサは立ち上がる。

 通行人達もそれで納得したようだ。


「なんだそういう事なのか」


「まったく、紛らわしい事したら駄目っすよ」


 そして集まっていた通行人たちは、各々そんな言葉を残して立ち去っていく。

 そしてその場には、俺とアリサだけが残った。


 ……っぶねえ! なんかあのままヤベエ状況に持っていかれるかもしれなかった。

 多分運が良かった。あれ勘違いのまま最悪な方向に事が進んでもおかしく無かったぞ。

 ……いや、ちょっと待て。

 そもそもそういう状況になりかけただけで、実は相当運が悪いんじゃねえか?

 あの通行人だって、都合の悪い情報だけ抜き取られた訳だし。


 でも運が悪い……俺がか?


 そして自然とアリサに視線を向けた。


 アリサのスキルは『不運』。それもSSランク。


 その影響を俺が受けているのか?


 結果的にうまい事話は纏まったからやはり俺の運はいい方で、つまりは相殺まではされていないのだろうけど。

 それでも俺をああいう状況に持ち込ませた。


 ギルドの連中の多くは俺よりも古株で。それ故に『不運』SSランクの力を身を持って体験してきたのかもしれない。

 ……この状況、アリサを病院へ連れていこうとしていたのが、俺じゃ無かったらどうなっていた?


 ……まあとにかく。


「それで……あの……改めてすみません」


「もう言いって。どんだけ謝んだよ。で、お前もう大丈夫なのか? また頭打ってたけど」


「あ、はい。ボクは大丈夫です……その、あなたは?」


「俺も大丈夫。まあ打ち所は悪く無かったみたいだ」


「あ、ならよか……え、なんで? なんで打ち所悪く無かったんですか!?」


「なに俺喧嘩売られてんの?」


「あ、いや、ちがくて、そういう訳じゃ……」


 どういう訳だよ、と思うがアリサは一拍空けてから言う。


「ボクのスキルは人を不幸にするから……それで打ち所が良かったって、そんな訳がないんです」


 ……ああ、そうか。


 運気が著しく低下するから、打ち所が悪くないとおかしい。ましてや良いなんて事があるわけがない。

 アリサはそう言いたいのだろう。


「というかここに来るまで大丈夫でしたか!? スリにあったり馬車にひかれそうになったりしませんでしたか!? なにか……なにかありましたよね!? すみません!」


 そう言って深々とアリサは頭を下げる。

 確実に何かがあったという事前提で。


 だけど……少なくとも。


「頭上げろよ。別になんもなかったよ、さっきの一悶着以外は」


「……え?」


「特に何事もなく、お前をギルドから此処まで連れてきたっつってんだよ」


 そう、特に何もなかった。

 特になんの良い事も悪い事もなく、病院までの中間地点と言えるこの場所まで俺は辿り着いた。

 それが、さっきの打ち所の件も含めてアリサには不思議でしょうがなかったらしい。


「え……なんで……」


 俺の言葉を聞いて呆然としていた。

 ただそれだけの事実を言っただけでだ。


 コイツは一体……今までどんな生活をしてきたんだ?


 ……まあそんな事を勘繰るよりも、やっておかなければならない事がある。


「俺のスキルは幸運。ランクはSS。だからお前のスキルで運気落とされても、普通の連中の運気を下回る様な事もねえ筈だ。だから無事なんだろうよ」


「幸運……それもSSって。……なるほど、そういう事でしたか。それなら納得が行きます」


 ネタばらしである。

 ネタをバラして、言っておかなければならない事があるんだ。

 早急に言っておかなければならない事が。


「でも一つ大きな欠点があるんだ」


「欠点?」


「俺の幸運スキルはどういう訳か人の運気を吸い取るみたいなんだ。一緒に居る人を不幸にしちまう」


 だから、もう、ここまでだ。


「だからとりあえず意識が戻って立って歩けるなら、さっさと俺から離れた方が良い。お前ただでさえ自分のスキルで酷い目に会ってんだろ……俺といたら今まで以上に酷い目に合うぞ」


 元よりそれを危惧して話しかけようとしなかったんだ。

 もう俺が病院へ連れて行く必要がなくなったのなら、早々とそうするべきだ。

 と、思ったのだがアリサは首を振っている。


「あ、いや……ボクは大丈夫です」


 ……何が?


 脳裏にクエスチョンマークを出してる俺をよそに、一拍空けてから少し緊張した様子でアリサは俺に向かって言う。


「ところで……その……もうお昼とかって食べてます?」


「あ、いや、食ってねえけど……急にどうした」


「その、あなたさえよければ……一緒にご飯、どうですか?」


 え、何? この子大丈夫?

 言ったよね? 俺お前の事不幸にするって言ったよね!?


「あーおい、ちょっと待て。俺は別によろしいけど、お前は普通によろしくねえだろ」


 そう、別に俺はよろしい。

 カレーは食い損ねた。腹は減っている。

 それに……その、まあ……アリサ、普通に無茶苦茶可愛いんだよ。

 そんな子に誘われて一緒にお昼とか、幸せでしかないと思うんだよ。


 でも当のアリサは違うだろう。

 違うはずだろう。


 お前は俺とつるんでよろしい筈がないんだ。


「お前、自分が何言ってるか分かってんのか? お前ただでさえSSランクの不幸持ちなのに、そっからもっと酷くなるんだぞ」


「いいですよ、別に」


 そうはっきりと、アリサは言って笑みを浮かべる。


「初めてなんです。ボクと接していても大丈夫な人と会うのは。だから多少ボクの運気が落ちて危なかったとしても、その、少し……お話とかしたいなーって」


 そしてアリサは上目遣いで聞いてくる。


「駄目……ですかね?」


「……」


 普通に考えたら駄目だと思う。

 アリサ本人も言っている通り、危険なのだ。

 だから残念だけど丁重にお断りするべき……だと思う。


 だけど……なんだろう。たとえそうするべきなのだとしても、断るのは酷な気がする。


 孤独が辛いのは知っているから。

 アリサが今まで受けてきたであろう孤独は、俺よりも遥かに酷い物であろうから。

 だから……気持ちは分かるから。俺はアリサの意思を尊重してやりたいと思った。


「まあ駄目じゃねえよ。いいぜ、どこいく?」


「やった!」


 アリサは本当に嬉そうに笑う。

 ……やっぱり断らなくて良かった。

 改めてそう思う。


 だってそうだろ。


 ……こんな程度の事でそこまで喜ぶような人生を歩んできたんだろコイツは。


 だったら断っちゃ駄目だ。

 こんな事くらいは絶対に断っちゃ駄目なんだ。


「じゃあどこ行くよ。実は俺、王都に来てそんなに長くないから、あんまり店とか知らねえんだ」


「あ、じゃあボクが案内します。そんなに詳しい訳じゃないですけど、それでもおいしいお店知ってるんで」


「じゃあ頼むよ」


「はい!」


 そう言ってアリサはどこか楽しそうに歩き出す。

 だけど数歩で立ち止まり、至極当たり前の問いを俺に投げ掛けた。


「そういえばまだお名前聞いてませんでしたね。改めましてボクはアリサ。あなたは?」


「俺はクルージ。よろしくな、アリサ」


「はい!」


 そうして俺達は病院から進路を飲食店に変え、再び歩き出した。

 とりあえず警戒だけはしながら。

 俺のせいでアリサになにかがあっても、最低限守ってあげられるように。




「……大変だな、お前」


「いや、クルージさんも中々大変な目にあってるじゃないですか」


 飲食店……なんかちょっとお洒落なレストランに足を踏み入れた俺達は、端の席で店長のオススメらしいパスタを食いながら、お互いの事を少し話した。

 アリサはそのスキルの事もあり、色々あって今は独り暮らしらしい。

 その色々が具体的に何かをという事は言わなかったし、俺もあえては聞かなかったが、それでも本当に壮絶な半生を送ってきたのであろうという事は察せてしまう。


 冒険者になった経緯は俺と変わらない。


 一人でもなんとか生きていけるから。

 誰にも迷惑を掛けずにすむから。


 そして俺と同じように一人を貫いていた。


 だけど俺と違うのは、アレックスの様な存在かいなかった事だろう。

 現れようがなかった事だろう。


 自分から声を掛ける事はなく。

 声を掛けられる事もなく。


 ずっと一人だった。

 本当に……今日に至るまで。


「俺なんてお前と比べりゃたいした事ねえよ。一応幸運な訳だし」


「比べる物じゃないですよこんなの。幸せになれない幸運スキルを持っているあなたも十分すぎる位不幸です。不幸仲間です」


「……それなんか嫌だな」


「あーうん。言ったボクが言うのもなんですけど、嫌ですね……ハハハ」


 そう言って二人して苦笑いを浮かべた。

 だけどアリサは良い事を思いついたという風に言う。


「あ、じゃあ幸せになりたい仲間なんてどうですか?」


「語呂悪いな……でもそれならなんかいいな」


「ですよね。それでいきましょう」


 そう言ってアリサは笑う。

 楽しそうに。

 ……終始どこか楽しそうに。

 いや、違うな。嬉しそうにだ。

 話している事はお互いの身の上事情で、それは暗い事である筈なのに。

 そもそも人とまともに会話が成立している事が、本当に嬉しい様に。


 ……一体アリサは人と接する事にどれだ飢えていたのだろう。

 そんな事を考えていると、気が付けばこんな風に考える様になっていた。


 何か俺に、この子にしてやれる事はないだろうか?


 俺よりも遥かに辛い目にあっている目の前の女の子に。

 その境遇に一応の共感ができる者として。

 此処に居ても大丈夫な数少ない人間として。


 幸せになりたい仲間として。


 俺には一体何ができるのだろうか?


 考えたけど、大それた事なんてのはすぐには思いつかなくて。

 だけど今できるちっぽけな事位なら簡単に分かるよ。


「にしてもここの料理凄いおいしいな」


 そう言って俺は笑みを浮かべる。


 ……もう、暗い話はいいだろう。

 折角誰かと話すのだから。誰かと話す事ができたのだから。

 それはきっと明るくて前向きな話の方が良い筈だ。


 どこにでもある様な何気ない会話でも交わすのが、きっと一番良い筈なんだ。

 俺にとっても。

 アリサにとっても。

 きっとその筈である。


「あ、そうですよね!」


「よくこんなうまい店知ってたな」


「昔、よくお父さんに連れてきてもらったんです」


 そう言ってアリサは笑い、


「ああ、なるほどね。センスいいなお前のお父さん」


 そう言って俺も笑う。


「えへへ、いいでしょ」


「だな」


 思わず踏み込みそうだったけど、思わず踏みとどまる。


 何も指摘はしなかった。

 今は独り暮らし。昔よくお父さんが。

 それは間違いなく、踏み込んではいけない話なんだと思うよ。


 だからそれは聞き流した。


 楽しい話をしよう。


「あ、そういえばさ……」


 たわいもない、普通の楽しい話を。




「いや、ここマジでうまかったな」


「ですよね」


「あ、ここの会計俺が出すよ。昨日報酬入ってるし」


「いやいや、ボクが誘ったんだからボクが出しますよ」


「俺が出す」


「いやボクが」


「……」


「……」


「……割り勘にする?」


「……ですね」


 そんな会話をしながらレジへと向かう。

 とりあえず二人でそれぞれお金を出し、会計を済ませた所で店員が小さな箱を出してきた。


「今お会計の際にくじを引いて貰ってるんです。おひとつずつどうぞ」


「ボクこういうの当たり引いたこと無いんですよね」


 苦笑いしながらアリサは言う。

 だろうなとは言わなかった。流石に失礼だ。


「えい」


 それでも一応そんなかわいい掛け声をだしてくじを引く。


「……ッ!?」


 するとアリサが驚愕の表情を浮かべた。


「どうした?」


「あ、あああ……当たってます……」


「マジで?」


「ほ、ほら」


 言われて見てみると五等の文字。

 どうやら普通にハズレも入っているらしい事を考えれば、一応当たりは当たりである。


「……マジかよ」


 流石にそんな言葉が漏れ出した。

 普通ならば、驚くこともない、なんて事ない光景の筈だ。


 だけど引いたのは『不幸』SSランクのアリサだ。

 それも俺の『幸運』スキルのせいで運気がが更に落ちている筈なんだ。


 それでも……それでも何かしらの当たりが引けた。


 俺もアリサもそりゃ驚愕の表情のひとつやふたつ位浮かべる。


 ……いったい、何が起きてるんだ?


「あ、あの……お客様もどうぞ」


「あ、はい」


 俺達の反応に動揺していた店員に促され、俺もクジを引く。

 ……結果はハズレ。

 俺もこの手のクジではハズレなんて引いたことがなかったのだけれど、それでもアリサのスキルで運気が少しいい程度に落ちている事を考えれば納得はできる。

 多少運気が良いくらいなら、ハズレ位は普通に引くだろう。


 でも、アリサは。


 一度も当たりを引いたことのないアリサが当たりを引いた。

 それはどう考えたって異常な事態なんだって思うよ。




「で、何当たったんだ」


「サービス券です。次回ドリンクが一杯無料になります」


「へー良かったじゃん」


「こんなの当てたの初めてです。記念に宝物にします」


「いや使えよ。飲もうぜドリンク」


 そんなやり取りをしながら俺達は店を出た。

 そして店を出てとりあえず歩き出した所で、アリサは不思議そうに言う。


「……しかし妙ですね」


「今のクジの事か?」


「あ、まあそれもそうなんですけと……それだけじゃないんですよ」


 本当に不思議そうにアリサは言う。


「だってボクが目を覚ましてから今まで、あの一件以外に何も起きてないんですよ?」


「……え?」


「馬車に泥を跳ねられるような事もなかったですし、変な人に絡まれもしなかったですし、お店だって臨時休業じゃありませんでした」


「……」


「店員さんが躓いて料理が飛んで来る様な事もなかったですし、ああ、それにクジも当たりましたね……まるで運が良くなった見たいです」


「運が……よく、か」


 確かにそんな風に思えるけど、それは違うだろう。違うはずだ。

 元から悪い筈の運がもっと悪くなっている。本来はそうなる筈なんだ。

 だからそんなアリサを守らないといけないと思っていた。

 俺の所為でより酷い運気になっているアリサを守らないとって、そう思ってたんだ。


 だけど結果的に、本当に何も起きなかったんだ。

 警戒なんて必要ない程。ただ当たり前の様に時間は過ぎて今に至った。


 まるで本当に、アリサの運気が上がったように。


 そして事の異常性は。そんな幸せな異常性は、ずっと不幸と付き合ってきたアリサが一番不思議に思う。

 思うからこそ、何か答えを見付けようと考える。

 そして……何かしら思い当たる節があった様だった。


「あ、もしかして」


「なんか分かったのか?」


「……クルージさんのおかげ、じゃないですか?」


「は? 俺?」


 予想外の回答が返ってきた。


「俺ってどういう事だよ。俺は寧ろお前の運気を下げてる筈なんだって。吸い取るんだよ、運気を」


「……もしかしたらなんですけど、それ……勘違いなんじゃないですか?」


「……え?」


 それこそ、あまりにも予想外の言葉だった。


「か、勘違い? いや、勘違いな訳ねえだろ!?」


 さっきアリサには話の流れで軽くこちらの身の上事情も話してある。

 だから知っている筈だ。

 俺の住んでいた村で起きた事も。

 どう考えたって勘違いではない筈だ。

 それで済まされる事では無い筈だ。


 だけどアリサは言う。


「……でも村が山賊に襲われた時、誰も亡くならなかったんですよね?」


「……え、いや……でも村は滅茶苦茶になったし、大怪我を負った人だって何人もいた!」


「普通死人がでますよ、そんなの」


 アリサは当たり前の事を言う。


「ボクは王都に生まれて王都育ちですから。山賊に襲われた被害なんて話は新聞位でしかみません。だけど……多分誰も死なずに事が終わるなんてのは奇跡ですよ」


「……でも俺が。俺だけが無事だったんだぞ」


「スキルの効果が自分に一番色濃く出るなんて当たり前じゃないですか。ボクだって人の運気を凄く落としますけど、ボク自身は無茶苦茶落ちますし」


 そして一拍空けてからアリサは言う。


「クルージさんが言ってたアレックスって人達も多分そうです。本当はもっと危険でどうしようもない状況に陥っていた所を、クルージさんのスキルで辛うじて皆無事に帰ってこれる程度で収まった。そういう風にも考えられませんか?」


「……」


 考えられるかと言われれば、考えられる訳がない。

 村で不幸な事は何度だってあった。

 アレックス達と一緒にクエストをこなしたのも一回二回の話ではない。

 何度も何度もこなして、結局全てにおいてアレックス達に不幸としか思えないような事が置き続けた。


 その時全てにおいて、俺だけが何事もなかった。


「……いや、そんな都合のいい考え方、できないだろ」


 だから思わずそんな言葉が漏れだした。

 できる訳ないだろうって。

 そんな都合のいい考え方なんてしちゃいけないだろうって。

 そう思ったから。


 だけどアリサは優し気な笑みを浮かべて言う。


「じゃあどうしてボクは今日幸せだったんですか?」


「……ッ!?」 


「確かに今まであった事をクルージさんのおかげでその程度って思うのは難しいかもしれません。色々重なりすぎてますからね」


 だけど、とアリサは言う。


「でもクルージさんの背中で目を覚ましてからのこの短い時間、ボクなんかが幸せだって思えたのだけは間違いじゃないんです」


 そして……そして、言ってくれた。


「あなたは疫病神なんかじゃありません」


「……」


 その言葉を、受け入れていいかどうかは分からない。

 こんな事を受け入れたら。実際俺の周りで不幸な目にあっていた人に、俺は関係ないって無責任な事を言っている様で。背負わなければいけない何かから逃げだしている様な気がして。

 自分がそんなどうしようもない人間に思えてしまって。


 だけど……だけど。駄目だった。


「……ありがとな、アリサ」


 俺はその言葉を受け入れたかった。

 受け入れたくて仕方がなかった。


 きっと俺はずっと、誰かに言ってほしかったんだ。


 俺の周りで起きた不幸は全部俺の所為じゃなかったって。

 だから俺は前を見て胸を張って歩いていいんだって。


 そういう風に生きていいんだって。

 幸せになろうとしてもいいんだって。


 俺は……多分そんな風に、俺という人間を肯定してほしかったんだ。


「……ありがとう」


 だったらもう、そんなのはもう受け入れるしかなくて。

 気が付けば俺は、どこか救われた様な気分になっていたんだ。


 いや、気分なんかじゃない。そんな不確かな物なんかじゃない。


 ただ一言、そう言って貰えただけで……俺は救われていたんだ。


「どういたしまして」


 そう言ってアリサは笑う。


 ……その笑顔を見ながら、改めて考えた。

 先は碌な答えが出せなかった問い。


 何か。なんでもいい。

 目の前の女の子にしてやれる事はないのだろうか?


 俺に前を向いて生きてもいいんだって肯定してくれた女の子に、一体俺は何をしてやれる?


「……なあ、アリサ」


 考えた。

 思いついた。


 それが俺の取れる選択肢として正しいのかどうかは分からないけれど。

 それでも、言ってみた。


「お前さえよければ、俺とパーティーを組まないか?」


 俺なら。お前が肯定してくれた俺ならば。

 少しはその不幸を和らげる事ができる筈だから。


 きっとそのスキル故に苦難の連続だったであろう冒険者としての仕事も、少し位は楽にしてやれる筈だから。


「……」


 それを聞いたアリサは少しの間呆然としていた。

 そしてその後、俺に聞いてくる。


「……いいんですか?」


 少し不安そうに、アリサは言う。


「ボクは……クルージさんを、不幸にしますよ?」


 不幸になる。確かに単純な運気の話をすれば、それは間違いないだろう。

 元より俺は運気のおかげで実力以上の仕事をこなせている。それはアレックス達と仕事をして理解している。

 そんな俺の運気が人並みにまで落ち込めば……呆気なく命を落とす様なちっぽけな存在になり下がるだろう。

 だけどそれが不幸なのかどうかは別の話だ。


「大丈夫だ。俺は不幸になんかならねえよ」


 だってそうだ。

 俺を肯定してくれたアリサが不幸から脱する事ができるのなら、それは俺にとっての幸運なのだから。


「で、どうだ?」


「……」


 そして、長い長い長考の後で、アリサは答える。


「クルージさんさえよければ……お願いします! ずっと誰かとパーティーを組みたかったんです!」


「じゃ、交渉成立だな」


 そう言って俺が笑うと、アリサもまた笑みを浮かべた。


「はい!」


 こうしてSSランクの『幸運』である俺と、SSランクの『不運』のアリサはパーティーを結成したんだ。


「で、どうする。ギルドに戻ります?」


「そうだな。まだ昼だし時間もある。二人で受けられる依頼を探そう」


 そして俺達はギルドへ向けて歩きだした。

 そして歩きだした段階で、ようやく気付いた。


 ……完全に当初の目的を忘れていた。

 ……午前中必死になって探していたパーティーメンバー、勢いで出来てんじゃねえか。





 そして二人で冒険者ギルドにまで戻ると、また嫌な視線を向けられた。

 当然と言えば当然だ。関わったらマズい二人が一緒になって歩いているのだから。

 そうして歩いた先で俺達は、今受けられる依頼を受付嬢に紹介してもらった。

 こういうギルドで働く側の人間は、こちらの事を把握していても特別邪険に扱ったりはしない。その辺プロだなぁと思う。

 そして依頼をこなしに行く為に不足していたアイテムを買いそろえ出発する。


 今日受けた依頼は、つい最近から王都近くの森に生息して繁殖始め、生態系を荒らす魔獣の討伐である。

 とりあえず20体を討伐し、その証拠に倒した魔獣の角を持ちかえれば依頼達成だ。

 依頼のランクはCランク。


 その森まで一時間程掛けて歩き、到着。

 森の前で少しだけ小休憩を取ってから、俺達は森の中へと入っていく。


「で、そういえばアリサ。お前の戦闘スタイルは?」


 森の中を歩きながら聞いてみた。

 今回、中々レアケースなパーティーの結成の仕方をした為、冷静に考えれば互いが互いの冒険者としての実力や戦闘スタイルを知らないでいる。


「ナイフでズバズバーってやっちゃうタイプって言えば分かりますか?」


「アバウトすぎて殆ど分からん」


 だけど前衛という事だけは分かった。


「クルージさんは?」


「刀でザクザクーって感じだ」


「アバウトすぎて全然分かんないんですけど」


「お前が言うなよ」


 まあともあれ、俺達のパーティーに後方支援役など存在しない事は分かった。

 ……後は一緒に戦いながら合わせていくしかないだろう。


「しかし20体討伐でOKって言ってましたけど、一体この森には全部でどれだけ魔獣が居るんですかね?」


「さあな。でも20体減らせばある程度抑えられる様な数なんだろうよ。何百体もいて20体なんて討伐しても焼け石に水だからな」


「あー確かにそうですね。でもそうなってくると、逆にそんなにいないんなら20体探すの難しくないですかね?」


「多分それに関しちゃ大丈夫だ。魔獣は住んでいる所を自分の縄張りにする。で、アイツら基本的に鼻がいいから足を踏み入れた侵入者である人間を潰しに勝手に出てくる」


「なるほど、つまりボク達は魔獣ホイホイって訳ですね」


「その例え嫌だなぁ」


 ともあれ本当にそんな物である。

 だからこそ気を付けなければならない。

 森の奥に足を踏み入れた瞬間から……俺達は奴らにとっての外敵として認識されているのだから。


 そして……足音が聞こえた。


「……ッ! 来るぞ!」


「はい!」


 次の瞬間、木々の間から150センチ近い大きさの狼の様な魔獣が3匹跳び出してくる。


「……ッ」


 大きさだけで言えばアリサよりデカイ。想像以上だ。威圧感が凄い。

 しかも数で上回れている。これは戦いにくいぞ。

 

 ……ましてや今の俺にはいつも俺の身を守っていた運気が一般的な値にまで落ちていたのだから。

 それでも、小さく息を付いてカタナを強く握り、そして……跳びかかってきた魔獣に向けて振りぬいた。

 手に残るのは確かな手応え。耳に届くのは魔獣の断末魔。

 だけど気を抜くな。まだ二体。

 それも二体共アリサの方に行きやがったッ!


「アリサ!」


 瞬時に体制を整え、アリサの方に視線を向ける。

 そして次の瞬間聞こえたのは断末魔だ。


「……すげえ」

 視界の先で、アリサは逆手に持った二本のナイフで二体の魔獣の息の根を止めていた。

 一瞬。息の根を止める直前しか見えなかったが、それでも、自分よりも格上の冒険者である事はすぐに分かった。


 ……コイツ、強いぞ。


 そしてアリサは今まさに魔獣の息の根を止めたナイフを……すげえ勢いでこっちに向けて投げてきた!?


「うわっ!?」


 俺がそんな声を上げる中、アリサが投げたナイフは俺の隣りを通過し……後方から魔獣の悲鳴が聞こえてきた。

 ……足音を殺して、いつの間にか近づかれていたんだ。


「クルージさん!」


「あ、ああ!」


 俺は改めてそちらに振り返り、アリサのナイフで満身創痍になっている魔獣の息の根を止める。


「わ、わりい、助かった、アリ――」


 言いながら振り返る。


「――サさん?」


「なんで急にさん付けで読んでるんですか」


 この僅かな時間に魔獣の死骸が2体増えていた。

 そりゃね、さん付けもしたくなるって。


 ……まってアリサ強すぎじゃない!?

 そもそも俺には新たに魔獣が近づいてきているのも分からなかったわけで……でも多分アリサはそれにも気付いていたみたいで。

 ……もしかするとSランクの依頼を受ける程強かったアレックス達と、同じ位の実力を持っているのかもしれない。


 不幸なんてスキルを持っていなければ。

 実力相応のパーティーに入れれば。

 そういうトップクラスで活躍できるような人間なのかもしれない。


「まあとにかくこれで6体ですね。いえーい」


 そう言ってアリサはハイタッチを求めてくる。

 ……なんかそれに返す程の働きをしていない気がするんだけど、まあ求められたのだからやっておく。


 そして俺達はひとまずの襲撃を乗り切り、お互いの手を合わせた。





「すげえなお前」


「まあアレですよ。ボクの場合スキルのせいで運が無茶苦茶ですから。そんな中で生きていこうって思ったら自然とこうなりました」


「……そっか。でもそれなに、良い意味で捉えていいのか?」


「どっちでもいいですよ。でも良いんじゃないですか? 結果的にこうしてうまく行ってるんですから」


「まあ確かに」


 魔獣の角を6体分切り取りポーチに入れた俺達は、そんな会話をしながら森の奥へと進んでいく。

 確かに普通に生きていても不足の事態は起きたりして、そう考えればアリサの場合は常に不測の事態でもおかしくはなくて。

 冒険者としても。それ以外でも。常に厳しい状況に置かれざるをえないのだとすれば……なんというか、生きる為の経験値の溜まり方が常人の尺度では計れないものになっていてもおかしくはない。


 ……それはとても褒められた物では無いのだろうけど。

 本来は溜まっていてはいけないものなのだろうけど。


 一方俺は逆だ。

 生きていく為に大きな運気の補正が付いた。

 だからこの上なく、生きていく為の経験値が足りていない。


 ……駄目だな、もっと強くならないと。

 じゃないとこの先、アリサの隣りに立っていられない。

 今はまだCランク。運気の補正がなくたってBランクの依頼までは辛うじて喰らいつけるかもしれない。

 だけどアリサはそんな所で立ち止る様な実力じゃない。


 もっと先へ行ける筈だから。

 もっと先に行って、良い生活とかができる筈だから。


 その隣りに立つ者として、こんな程度で立ち止ってなどいられない。


 と、そんな事を考えていると、開けた場所に出た。


「どうします? 細い道で奇襲喰らうよりここで待ち構えます?」


「ま、それもいいかもしれねえな。出てきてから俺達の所に到達するまで時間があるし」


「じゃあとりあえず、中央で待機してますか」


「ああ。魔獣ホイホイの腕の見せ処だ」


「それなんか嫌ですね」


「最初に言ったのお前だからな!?」


 と、そんなやり取りをしながら俺達は開けたその場所の中心で待機する。

 この選択が正しいのかどうかは分からないが、正直木々の間から足音を殺されて奇襲されるよりはこの方がいい。

 開けた場所で奇襲ではないのなら、あの魔獣程度ならある程度纏まって掛かってこられてもどうにかできる……筈だ。

 と、その時アリサが小さな声を上げた。


「……あ」


 なんか凄い意味ありげな言葉を。


「どうしたアリサ」


「これ……20体討伐じゃ終わんないかもしれませんよ」


「……え?」


 突然言いだした意味深な言葉の意味を理解する前に、俺はその答えを嫌でも視界に捉えた。


 四方八方が赤く光った。


 魔獣の眼光だ。


「……これ多分100体討伐コースですよ」


「……ちょっと待て、マジで冗談抜きでそんな感じじゃねえか?」


 視界に映る情報を頼りに考えて、その位の数。いや、それ以上にいる様にも思えた。

 ……だとすればこんなのCランクの依頼じゃねえ。

 一体一体がそこまで強くない魔獣も、そこまで徒党を組まれれば数の暴力で強大な力になる。

 ここまでの規模ならAランク……いや、Sの依頼だったとしてもおかしくはない。


 それを二人。


 しかも実質的にBが今の限界と自負している俺がその片割だ。


 つまりアリサにとってはSランクの依頼をほぼ一人で受けているに等しい状況。

 しかも囲まれている以上、撤退も難しい。


 最悪だ。

 運が悪い。


 多分これは普通の運気の人間が迎える、普通に運の悪い状況だ。

 だけど……アリサは言った。


「これは……ちょっと運が悪いですね」


 この状況をちょっと、と言った。

 だからそんなアリサに思わず聞いてみた。


「もしかして……今までこれ以上に悪い状況ってなんかあった?」


「ありましたよ」


 当たり前の様にアリサは言う。


「Eランクの依頼で薬草を詰みに行ったら色んな偶然が重なって、明らかに生息地の違う、SSランクの討伐依頼に出てくるドラゴンが出てきた事とかありましたね」


「……ッ!?」


 そう言えば聞いた事があった。

 以前強いモンスターが出現しない筈の平原で、SSランクの危険なドラゴンが偶発的に現れる事件があったらしい。

 基本的には遠目から目撃された情報で、討伐隊が結成される前にひとしきり暴れた後に空へと飛び立ちいなくなったらしい。

 世間一般的にその事件は、ドラゴンが気まぐれで帰っていったとされているが、一部の人間はこう言っていた。


 実はあの場に誰かが居て、追い返したんじゃないかと。


「あの時は大変でしたね。流石のボクでも追い返すのがやっとでしたし……流石に死にかけましたし」


「……ッ」


 物的証拠もなく、目撃者もいない。

 そしてアリサの運の悪さを考えれば、そのドラゴンが居た場所にEランクの依頼を受けた冒険者が一名いたという事も闇に埋もれてしまっていたのだろう。

 もしくは……死にかけて戻ってきたのを、ただ一概に被害者の様に扱われてしまったのだろう。


「そんなのと比べたら、寧ろこの程度で済んだのなら不幸中の幸いって奴ですよ、クルージさん」


 そう言ってアリサは構えを取る。

 アリサの言った事が本当ならば、きっとこの戦いも乗り切れるかもしれない。

 不幸にもそんなドラゴンと出くわして、そこからも戦闘中に不幸な事があったであろうにも関わらず生きて帰ってこれたのだから。


 そんなアリサの運気は、今人並みより少し低い位にまでは戻ってきている筈だから。


 とはいえそれでもこの状況が最悪な事には変わりない。

 確実に切り抜けられると言える様な状況ではない事に変わりはない。


 では、そんな中でどうすればこの状況を切り抜けられるか。

 どうすれば対した力のない俺がアリサを。


 Eランクの依頼でSSランクのドラゴンをぶつけられる程に、この世界そのものが殺しに掛かっているとしか思えないアリサを、守ってやれるだろうか。


 答えはとても簡単だ。


「ああ、そうだな。そんなのと比べりゃ不幸中の幸いだよ」


 俺はアリサと背中合わせになる様に立ち、刀を構える。

 そして全神経を魔獣たちへと集中させる。


 この状況でアリサを守る為に俺ができる唯一の事。

 それは俺が死なない事だ。


 なにしろ俺が生きている限り、アリサの運気は落ちないのだから。

 一人でSSランクのドラゴンを追い返した最強の力を、不運というどうしようもない足枷無く振るえるのだから。


「クルージさん」


 アリサは言う。

 静かに、願う様に。


「クルージさんは……いなくならないでくださいよ」


「……ああ、任せとけ」


 俺もまた、静かにアリサの言葉にそう返した。


 そして……戦いの幕が上がる。

 2対100以上の戦いが。


「クルージさん!」


「ああ!」


 俺達は同時にポーチから黄色い石を取りだす。

 此処に来るまでに買っておいたアイテムの一つ。


 閃光石。


 衝撃を与えると強い光を発生させ、対象の目をくらませる強力なアイテム。


 それを正面に向けて全力で魔獣に向けて投げ飛ばした。


 そして俺が腕で目を守っている間に発光。

 次の瞬間には魔獣の悲鳴が響き渡る。

 正面からも。後方からも。

 そして次の瞬間には俺の後ろにいたアリサは動きだしていたのが足音で伝わってきた。


 ……俺も行くぞ。

 死線を……潜れ!


 そして俺もカタナを持って走りだした。


 魔獣は俺達を八方向から囲っている。

 故に閃光石を二つ投げた所で全ての魔獣の動きを止められるわけでは無い。

 だとすればまずは今動く奴を対処する!


「うおおおおおおおおおおッ!」


 自身を鼓舞する為に、そう叫び声を上げた。

 そして刀を振りぬき切り伏せ、魔獣の群れの中心へと躍り出る。

 そして魔術を使ってカタナに風を纏わせる。


 そして放つ、回転切り。


 次の瞬間、周囲から魔獣の断末魔聞こえてきた。

 刀に切り伏せられた者。

 刀から発せられた風の刃に切り捨てられた者。


 そのどちらもAランクやSランクの相手には、運が良く無ければ通用しない。

 だけど……お前ら程度になら届くぞ。


 そして……これでも。幸運という絶大な補正があったとしても、俺はここしばらくAランクやSランクの依頼を経験してきたんだ。

 その激しい攻撃を、目にして来たんだ。


 だから、一度戦闘が始まればもう臆さない。臆してたまるか。


 ただ全力で切り伏せ。

 叩ききり続けろ!

 生き残ってみせろ!


 何の為に。


 俺という存在を肯定してくれた、アリサの為に!


 そして再び跳びかかってきた魔獣を切り伏せた。

 切り伏せ続けた。


 立てなくなるその時まで。





 そう、情けない話かもしれないけれど、俺は途中で立てなくなった。

 何度も何度もアリサの方から飛んで来るナイフに助けられながらも、必死になって戦い続けた。


 だけども腕を噛まれて、強力な突進を喰らって、背中を爪で抉られて、脇腹を噛まれた当たりで膝を突き、辛うじてあと少しなら体を動かせるかもしれないという様な状態になってしまった。

 だけどそうなった頃にはもう既に殆どの魔獣をアリサが無傷で倒していたんだ。


 一応二手に分かれはしたけれど、割くべき頭数を魔獣なりに考えたのだろう。当然俺の方にも多くの魔獣が群がっていたが、多くはアリサの方に向かっていた訳だ。

 故に俺がトドメを刺されるのを阻止して貰った段階で、魔獣の数は残り10を切っていた。


 だからこそ、そこから俺を守りながらの戦いが成立した。

 アリサの息は上がっていたが、それでも圧倒的な力を持つアリサの前に魔獣は一方的に蹂躪され、全ての魔獣を倒しきる。


「終わった……やった……」


 荒い息でアリサはそう言った後、俺に向かって駆け寄ってこようとする。


「クルージさん! 大丈夫ですか!」


 だけどやはり俺のスキルを持ってしても、アリサは運が悪かったらしい。

 一体だけ。一体だけ倒し損ねていた魔獣がいた。

 そしてそれにアリサは気付かない。

 疲れ切って集中力が切れかかっていたのかもしれない。


 そしてアリサのスキルを持ってしても、俺の運気は地に落ちてはいなかったらしい。

 その一体が置き上がった瞬間から、俺の視界に捉える事ができていた。


 俺は手に残っていた刀を、無事だった右手で。残った全ての力を振り絞り投擲する。

 それがうまく満身創痍の魔獣に突き刺さった。


 そして今度こそ、魔獣は倒れる。

 アリサが無傷で戦闘を終えられる。


「……ッ」


 そして今起きた事に驚いているアリサに対して俺は、グーサインを作って言う。


「この通り、大丈夫だよ」


 今のを投げられる位にはというつもりで言ったのだけれど、まあ冷静に考えれば俺はもうどう考えても大丈夫じゃない大怪我を負っている訳で。


「と、とにかく治療を! えーっと、何から……とにかく止血! 止血しないと!」


 全然俺を大丈夫だと思ってくれていなかったアリサは慌ただしく、応急処置の為のアイテムをポーチから取りだす。

 そしてまあ、絶妙にヘタクソな感じで包帯をグルグル巻いてくる。

 なんだろう、これ自分でやった方が良くない?


 でもまあ……その、なんだ。


 それをアリサが自分に使わなくても済んだのなら……きっと、この戦いはこの上なく大勝利なのだろう。

 それに俺がどれだけ貢献できたのかは分からないけれど、それでも。


 まあ、頑張ったと思うよ。


 まあ次からはもうちょっと格好良くやりたいけれど。


「……クルージさん」


 そして俺を包帯でグルグル巻きにしながら、アリサは泣きそうな声で言う。


「……生きててくれてありがとうございます」


「ああ、こっちこそ助かったよ」


 ああ、そうだ、もっと格好良くやらないといけない。

 ちゃんとコイツの隣りに立って肩を並べられる位に強くならないと。


 だってそうだ。

 事ある度に泣かせる訳にはいかねえだろ。


 そしてアリサに俺は言う。


「……なあ、アリサ」


「な、なんですか?」


「やっぱ自分でやっていい?」


 このままやらせておくと、仕上がりがエグイ事になりそうだった。これ碌に体が動かない俺がやった方が絶対にいいぞ。


「い、いえ、ボクがやります!」


「いや、謙遜とかで言ったんじゃなくてだな?」


 ……まあなんにしても、クエストクリアである。




 その後、アリサが全ての魔獣の角を取り袋に詰めた後、少し休んでから王都へと戻る事にした。

 休んでいる感、魔獣が出てこなかったのが幸いだった。もしかすると狩り尽くしたのかもしれない。

 そして休んである程度体力を回復させてから森を出た。


 幸いな事に俺は足をやられてはいなかった。

 だからまあ体力の回復と鎮痛剤。後はアリサの応急処置のおかげで、死ぬほどキツイけどとりあえず歩く事はできた。

 だからまあ、時間は掛かったけど。まあなんとか王都の冒険者ギルドにまで辿りついた。


「あの……なんか森がエライ事になってたんですけど」


「これ魔獣の角です」


 俺達はあの森が明らかにCランクの依頼となる様な状況ではなかった事を説明した。

 結果的にそれは少しの事情説明と物的証拠により受理され、今日の所はとりあえずCランクの報酬を受け取る事にはなるけども、後日競技の末に追加報酬が支払われる形となった。

 そしてその話がまとまった後、受付嬢に言われる。


「とにかくこの話は分かりましたんで、とにかく早くその怪我どうにかしましょう! 今馬車を呼びますので、それ乗って早く病院に行ってください!」


 そして馬車の代金も治療費も冒険者ギルド持ちで、病院に担ぎ込まれる。

 そして。


「これは……一週間程入院が必要だね」


「えぇ……」


 なんか普通に入院する事になった。

 まあ当然といえば当然の怪我をしている訳だし。

 ……というか一週間程入院って、多分それで完治する訳じゃないだろうし。

 ……復帰するまでそこからもう少し時間がかかりそうだ。


 そして病室で、付き添いに来ていたアリサが言う。


「まあゆっくり治してください。今回は入院費はギルドが持ってくれるみたいですし」


「そりゃありがたいな」


 入院費なんてのは馬鹿にならないだろうし、その辺をギルドが持ってくれるならありがたい。


「ボクも毎日お見舞いに来ますよ」


「まあ無理はすんなよ。お前にだって都合とかあるだろうし」


 そしてそれもありがたい事だった。

 たった一週間とはいえ一人でいるのは退屈だろうから。


 そしてそれはアリサも変わらなかったらしい。


「無理にはならないですよ。今他に予定ないですし……あってもクルージさんと一緒にいたいですし」


「……」


 しかし改めてそんな事を言われると、凄い恥ずかしい気分になる。

 そしてなんとなくアリサも同じような気持ちになったらしい。


「あ、ボク何か買ってきますね! あ、そうです、リンゴ! リンゴ買ってきます!」


 そんな事言いながら物凄いスピードで病室から出て行く。

 とりあえずあまり退屈しない入院生活になりそうだ。


「……」


 そして考える。

 アイツは昔ドラゴンと戦って死にかけたって言ってた。

 そうなれば同じ様に病院に担ぎ込まれたのだと思うけれど……その時俺にとってのアリサの様に、お見舞いに来てくれる人とかはいたのだろうか?


 ……おそらくいなかったのだろう。


 いなかったから、今の人に飢えているアリサがいる。


 そう考えるとやっぱり俺は幸せなんだと思う。

 そして……アイツにも幸せになってほしいって思うんだ。




 そして約一週間の入院生活を、退屈せずに終える事ができた。

 その間で件の魔獣討伐の正式な報酬額が決まり、結果Sランクの報酬と同額が支払われる事となった。

 プラスちょっとした慰謝料。あと直接俺にでは無いけど入院費も。


「いやー無事一週間で退院できて良かったですね」


「まあギルドで依頼を受けられる様な状態になるまであと一週間近くは掛かると思うけどな」


「まあその期間はゆっくりしてましょうよ。Sランクの報酬だって入りましたし」


「だな」


 今回の場合、普通のSランクの依頼を受けた時と違って前準備に予算をそこまで割いていなかったりした事や、俺達が二人組な事。そして慰謝料。それらの要素を嚙合わせるとそこそこの金額が手元に残っている訳で、確かにしばらくはゆっくりしていても大丈夫そうだ。


 そしてこの空いた時間を利用してやっておかなければならない事がある。


「で、アリサ。この後昼飯食いに行く話になってたけど、その前に行きたい所あるんだけど行っていいかな? アレだったら一人で行くけど」」


「ん? まあいいですし付いていきますけど……どこ行くんですか?」


「墓参り」




 俺が入院している間、一人の男が俺の病室にやってきた。

 初対面。俺は向こうの事を知らないが、どうやら向こうは俺の事を知っているらしい。


「クルージさんで……間違いないですね」


「ああ、そうだけど……アンタは?」


「あなたが抜けた穴に入った新参、とでも言えばいいでしょうか」


 俺が抜けた穴。

 新参。

 それだけでなんとなく察する事が出来た。


「アレックスの新しい仲間か」


「はい。そうなりますね。アナタをパーティーから外した後、アレックスさんは俺を勧誘してきましてね。あ、これ見舞い品のお菓子です」


「あ、どうも」


 とりあえずそれを受け取ってから、その男に問いかける。


「で、どうした。なんで態々俺の病室に来たんだ?」


「そうですね……あなたにはもうどうでもいい事かもしれませんが……アレックスさん達が亡くなりました」


「……は?」


 予想外の言葉が飛んできて思わずそんな声が出てくる。

 そして男は言葉を続ける。


「今回俺達はSランクの依頼を受けました。そして……まあ、なんていうんですかね。普通に失敗したんです。生き残ったのは俺だけでした」


 そして一拍空けてから、その男は言う。


「それで……アレックスさんが亡くなる間際に、あなたに向けた伝言を預かりまして。今日はそれを伝えに来たんです」


「伝言?」


「悪かった。俺達はお前のおかげで攻略できてたんだって」


「……ッ」


「あなたが人の運気を吸い取ると最初アレックスさん達は言っていました。だけどあなたを抜いてSランクの依頼を受けて気付いた様です。自分達がアナタのスキルのおかげで辛うじてSランクの依頼をクリアできていた事に」


 そして男は言う。


「実際彼らの動きを見て分かりましたよ。余程運が良く無ければSランクの依頼をこなすことなんてできない。現状適正ランクはAランクという様な、そういう人達でした」


 だから、と男は言う。


「あなたは決して疫病神ではなかったという訳です。それもアレックスさんから伝える様に言われました」


 そしてそう言った男は立ち上がりながら言う。


「この前から広まっていた悪評も、そういう事もあり今じゃ殆ど無くなっています。だから今、あなたとパーティを組みたい人はギルド内に大勢いる。どうです? よければ俺とパーティーを組みませんか? 一応俺はこう見えてSランクの依頼をこなす俗に言う上位の冒険者なんです。組めば上、目指せますよ」


「……いや、断るよ」


 俺は静かに男の誘いを断った。


「もう既にパーティーは組んでるし」


「……そうでしたね。その辺もギルドで噂になっていたので知ってます」


 そして男は言う。


「アリサという不幸少女とパーティーを組めるのはあなただけです。そこに他の人間は入りこめない」


 それに、と男は言う。


「引き離してしまうのも酷でしょう」


「……アンタ良い奴だな」


「どうでしょう」


 男は言う。


「あまり良い奴でないから傍観していたんでしょう。あの少女の事も。あなたの事も」


「……」


 まあ、とにかく。そういう訪問があった。




 だから俺は墓参りに来ている。

 アレックス達の墓参りだ。


「どうして墓参りなんてするんですか? 最後は確かにクルージさんの事を認めたのかもしれないですけど、それでもこの人達はクルージさんを無理矢理追いだしたんですよ」


「……ま、それも最終的な話なんだよ。最後はそうだったかもしれないけれど、それだけで物事は見れないからさ」


 俺は一拍明けてから言う。


「お前のおかげで俺のスキルがどういうものか証明できた。だけどな、お前と出会う前は俺も、アレックスを含めた他の連中も皆、この力を真剣に人の運気を吸い取る力だって思ってたんだ」


 そしてアレックス達といた時の事を思い返す。


「それにさ、コイツら本当にいい思いなんて一度もしてないんだよ」


「……」


「そりゃ結果的に俺のスキルで助けていたかもしれない。だけどアイツらの前に映っていたのは不幸そのものだった。体感的には。主観的には。ろくでもない事しか起きていなかったんだ」


 だから、本当は。


「本当はもっと早い段階で追いだされてもおかしく無かったんだ。もっと早い段階から悪評振り撒かれててもおかしくなかったんだ。それでもさ……我慢の限界が来たあの日まで俺をパーティーに入れていてくれたんだよアイツらは。最初の一回二回で俺の能力が運気を吸い取る能力だって思っていた筈なのに……最後の日だってさ、始まる前は少しだけ苦い顔はしてたかもしれないけれど、頑張ろうなって言ってくれたんだ……コイツら死んでいいような悪い奴らじゃなかったんだよ」


 だから、最後はあんな事になっちまったけど……俺はコイツらを弔わないといけない。

 だから……そうしてからじゃないと、俺はちゃんと前を向いて進めない。


「……悪いな、こんな事に付き合わせて」


「いえ、いいんです」


 アリサは一歩後ろからそう言う。

 ……そろそろ本当にこんな事に付き合わせるのも酷か。


 そして俺は最後に墓に向けて心中で言う。


 ……ありがとな、アレックス。お前があの時俺を誘ってくれたから。今の俺が此処にいるんだ。

 そんなお前らに短い時間だけでも力になれたのなら、本当によかったよ。


 ……じゃあ今日はもう行くよ。また来る。


 それだけ行って踵を返した。


「じゃあ行くか、アリサ」


「はい」


 そうして俺達は墓地を後にした。

 願わくば次に来るときも、墓参りとして来れる様にと願いながら。




 そして墓参りを終えた俺達は昼食へと向かう事にした。


「で、どこ行くよ」


「そうですね……なんか目に付いた所に適当に入ってみます?」


「あ、それいいかもな」


 そんな会話をしながら俺達は二人で歩く。

 王都に始めて来た時は。冒険者になりたての頃は、想像もしなかった光景だ。

 そしてどこかできっと、望んでいた筈の光景だ。


 俺はこの、まだ始まったばかりの日々がずっと続けばいいなって思う。

 これはそういう物語。


 俺達が幸せになるための。

 命に代えてもアリサを幸せにする為の物語。

 タイトルの様な雰囲気の作品にはならなかったかもしれませんが、自分なりに追放物を書いてみました。

 一応書いておくと今作、回復魔法の類がない世界観になります。あってもそういうレアスキル持ちにしか使えない感じです。

 回復力を促進する薬とかはありますけども


 連載版始めました!

 この短編を読んで面白かったという人は、連載版も読んで頂けると嬉しいです。

 作者ページかシリーズ一覧から行けますので、よろしくお願いします。


 以下タイトルです。


【連載版】ただキミを幸せにする為の物語(旧題 SSランクの幸運スキルを持つ俺は、パーティーを追放されたのでSSランクの不幸少女と最強のパーティーを組みます。一方俺を追放したパーティーは壊滅した模様)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 生きた感情があって、終始まぁそういう気持ちにもなるよなと読んでいました。 特に元パーティいい奴らだったのに我慢の限界が来てしまったくだり、人間らしさがよく出ていて好きです。 [気になる点]…
[一言] SS巡ってたら見つけたんだけど・・・前のPTからしたらある意味不幸なスキルだよね。幸運を自分の実力と勘違いするような能力だし。どういう冒険をしたか知らないけど、一人だけ生き残るような状況でな…
[一言] 途中で読むのやめました。 幸運スキルって主人公以外は不幸になって主人公が幸運に見えるスキル、かと思いました。なら、パーティーの首になっても仕方ないって読むのやめました。。 不幸を振り撒くス…
2018/09/03 07:44 ( ´∀`)σ)∀`)
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